第六十六話 乱高下
電話を切って深く息を吐き出すと、尚哉のパソコンに焦点が合った。
尚哉からのメールは、まるで空が落ちて来たのではないかと思えるくらいの衝撃を私に与えた。その衝撃は、一晩経った今でもまだ私に余波を与え続けていた。
“見ない方が、良かったのかもしれない……”
そう思う一方で、尚哉と話したいと思う自分もいた。
でも、尚哉と会えたとしても何を話せばいいのか分からなかった。
耳の奥で達樹さんの声がした。
『梨奈さんには、事情を知った上でそれを受け止めて、尚哉の帰りを待っていてほしい』
達樹さんは、はっきりと『受け止めてほしい』と言っていた。
尚哉のパソコンをじっと見ていると、メールの内容が思い出された。
尚哉と直接話すこともできない今、あれをどうやって受け止めたらいいのか……
喉がひりひりと痛んだ。今は何も考えたくなかった。
私はローテーブルの真ん中に置いてあった、尚哉のパソコンの電源を切って閉じた。
それから、できるだけ視界に入らないように、自分から距離を開けてローテーブルの端の方へ片付けた。
気を紛らわそうとしてテレビの朝のワイドショーを流し見ていると、携帯電話がメールの着信を告げた。
携帯電話を手に取り、メールの内容を確かめると同僚の沙織からだった。
『おはよう。安西課長がカラオケで歌い過ぎた時よりも、しゃがれた声だったと言っていたけど、大丈夫』
そこに書かれていたものを読んで、もう少し違う例えは思い付かなかったのかと苦笑いが零れた。
でも、そのメールの文面から、そこにはいつもと変わらない職場の朝の風景があったのだと読み取れた。
何も知らないままでいたなら私もその中にいれたはずなのに、自分だけがそこから切り離されてしまったように思え、理不尽さを覚えた。
それを誰かに訴えることもできず、『迷惑を掛けて、ごめんね』とだけ沙織に返した。
すると、間を置かず、沙織から『帰省のお土産、待ってるからね』と返事が帰ってきた。
私は、そこに書かれていた『帰省』の文字を見て『あっ』と声を上げた。
毎年、お正月には両親の待つ地元へ帰っていた私は、今度のお正月も帰るつもりで新幹線のチケットが発売開始になったその日にチケットも購入していた。
でも、それからいろいろなことがあり過ぎて、帰省のことが頭から飛んでしまっていた。
沙織には『了解です』と返したものの、今の自分の状態ではとても両親の下へは帰れそうになかった。
私が帰ることを楽しみに待っている両親には申し訳なく思いながら、沙織にメールを送った後すぐに、帰れないことを伝えるために母に電話を入れた。
「もしもし……」
「えっ。梨奈なの。どうしたの。その声は。具合が悪いの」
たった一言『もしもし』と言っただけだったのに、電話に出た母に矢継ぎ早に質問をされ、気圧された私は『うん』とだけ応えた。
「今から迎えに行くから、用意をして待ってろよ」
少し間を空けて、次に電話口から聞こえた父の声に呆気に取られた私の思考は、そこで停止した。




