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第六十二話 晴れた霧

 三人がそれぞれに考えながら話していたため、グラスの中のビールは忘れ去られてすっかり旨味が抜けてしまっていた。


苦味だけが残されたビールを飲み干し、新たに注いだビールで口直しをして、俺は達雄先生や達樹の言ったことを頭の中で整理しながら、樫山専務が両親や梨奈に接触する可能性について考えていた。




「それにしても、気に食わないな」


佐伯課長と話した時と状況が変わったように思えて、これからどうなるのかと思い悩み、自分の思考にふけっていた俺の意識が達樹の声で呼び戻された。


「全くもって、何を考えているのか、さっぱり分からないな」


樫山専務に対する非難交じりの達樹の言葉に達雄先生が同調した後、また何かを考える素振りを見せた。


二人だけに通じ合っているような会話に、俺は言葉を差し挟まない方がいいと判断して口を閉じていた。




「樫山専務にとっては、娘が産む子なら父親が誰であれ、自分と血のつながった孫ということになるだろ」


自分の考えをなぞるように話し始めた達樹の言葉に、達雄先生が頷いて話の続きを促した。


「その孫を不憫ふびんに思って、両親が揃った環境を整えてやりたいと思ったとすれば、まっすぐに尚哉の両親のところへ話を持って行くんじゃないのか」


「普通なら、そうだろうな」


達樹の話に相槌を打った達雄先生の言葉に、俺も心の中で

“そうなるんだろうな”

と同意して頷いた。




「そうでなくても、大学を出たばかりで満足に働いたこともない娘に、一人で子供を産んで育てる苦労をさせたくないと思ったとしても、尚哉の両親の下へ足を運ぶものなんじゃないのか」


「そうだな……」




達樹の話に、難しい顔をして返事を返した達雄先生に構わず、達樹はさらに話を続けた。


「だが、樫山専務は尚哉とは赤の他人の上司に話を持って行った……。きっと、そこに何か……」


突然、話すことを止めてしまった達樹はこぶしを口元に当てて、話し掛けることがはばかられるほどに真剣な表情で考えを巡らせている様子が見て取れた。




「そうか。そういうことか……」


少しの間の後、合点がてんがいったように独り言をつぶやいた達樹は、不敵な笑みを浮かべグラスの中のビールをあおった。




「何か分かったのか」


「どうやら樫山専務という奴は、食えない相手のようだな」


座卓の上に空になったグラスを置いた達樹に、俺が問い掛けると前置きをして語り出した。


「樫山専務の目的は、自分の娘とお前を入籍させること、そのものにあったんだ。今の法律では、子供の父親が誰であれ、婚姻関係にある男女の間に生まれた子供は、本当の父親は誰かと問われることもなく、自動的にその男の実子として扱われる。だから、佐伯課長に対しても入籍だけでも早くするようにと話したんだろう」


「そんな、馬鹿な……」


達樹が何を言おうとしているのか、瞬時に理解した俺は、続く言葉を発することができなかった。


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