第六十一話 不可解な行動
「気に入らないな」
黙ってしまった達雄先生と達樹の姿を見て、二人でも簡単には名案が浮かばないのかと幾らか気落ちしながら、二人の考え事を邪魔しないように、俺も何も言わず様子を見ていると達樹がボソッと零した。
「何が、気に入らないんだ」
「樫山専務は、なぜお前の上司に話を持って行ったんだ。たとえ、上司に説得されてお前が結婚を承諾したとしても、お前の両親が結婚に同意しなければそれまでだろう。そこに、何の意味があるんだ」
達樹も俺と同様にそこが気になったのかと思い、佐伯課長から聞いた話をした。
「俺も最初に話を聞かされた時、そこが気になって佐伯課長に尋ねたんだ。そうしたら、樫山専務は体裁を重んじているらしいと言っていた」
「それなら、余計に話がおかしいだろう」
考えてもみなかった台詞が達樹の口から飛び出し、それに釣られて達樹を見入ると達雄先生も達樹に同意した。
「確かに、それだと話の筋が通らないな」
「体裁を気にする奴が、お前の上司というだけで腹心の部下でもなんでもない相手に、自分の娘が妊娠させられた挙句に、その男に捨てられそうだと漏らすのか。普通ならあり得ないだろう」
「よほど信頼できる相手でなければ、話す気にもならないだろうな」
達雄先生と達樹に言われて、初めて自分が見落としていた疑問点に気が付いた俺は、二人に言われたことを混乱しそうになる頭を働かせて考えていた。
「お前の上司がだれかれ構わず、べらべらと吹聴して歩くような人物だとは思わないが、酒に酔った弾みにでも誰かに一言漏らしてみろ。そしたら、話はすぐに人の口から口へと伝わるぞ。そういう類の話は、みんな大好物だからな。それで、あっという間に社内中の噂の的だ」
言われてみれば、確かにそういう危険性はあった。佐伯課長が口を滑らせなくとも俺と話している会話を誰かに聞かれたとしたら、同じ結果を招く可能性は十分に考えられた。
「案外、それが目的かも知れないぞ。そうなったら、尚哉君は逃げ道を塞がれて、身動きが取れなくなってしまうのは間違いのないことだ」
達雄先生の話を聞いているうちにその場面が頭に浮かび、俺は眩暈がしそうになった。
「それは、どうだろうな。佐伯課長が人の噂話が好きでおしゃべり好きだというのなら、その可能性も考えられるだろうが、そうでなければ、いつ口を滑らせるか予測がつかないんじゃないか。その点、佐伯課長はどうなんだ」
「佐伯課長とは何度か一緒に飲んだことはあったが、人の噂話は一度も聞いたことがない」
「そうだろうな。そうでなければ、支社から本社に異動して課長の椅子になど座れなかっただろうからな」
達樹に話を振られて、佐伯課長について俺が話すと、達樹は納得したように頷いていた。
「だが、そうだとすれば益々(ますます)分からないな」
達雄先生が独り言のようにつぶやいた言葉を聞きながら、達樹が座卓の上に置かれたグラスに手を伸ばし、中のビールに口を付けて不味そうに眉間にしわを寄せた。
最初に手を付けたまま放置されていた自分のグラスに目を遣ると、ビールの泡はすっかり消えてしまっていた。




