第五十九話 五分五分
「それで、これからどうするか、具体的に何か考えていることはあるのか」
佐伯課長が口調を改めて話題を元に戻し、これからのことについて聞いてきた。
俺は、佐伯課長の話を聞いてから気になっていたことを尋ねた。
「それなのですが、樫山専務は本気で美咲さんの子供の父親は、私だと思っているのでしょうか」
「それは……。どうだろうな。新井の今の話だと、これまでに樫山専務の娘と結婚の約束をする余地はなかったようだし、そのことは樫山専務も分かっていたことだろう。それなのに、樫山専務の娘は妊娠して、子供の父親は新井だと言っている。そこに矛盾は感じているはずだとは思うが、新井の他に子供の父親だと思い当たる人物がいなければ……。五分五分といったところかも知れないな」
「そうですか……」
推測を交えながら、樫山専務が美咲の子供の父親は俺だと思っている確立は五割だと佐伯課長から言われ、俺は溜息が漏れた。
確率が五割というのは、数字だけを見れば可能性としては高いとは言えない。
しかし、美咲が本当に子供を産もうとしているのなら、樫山専務はその五割の確率をもって、俺に子供の父親としての責任を押し付けるために美咲との結婚を簡単には諦めないだろう。
“いったい、いつまで拒み続ければいいのか……”
「もう一杯、どうだ」
先の見えない状況に気持ちが沈み込みそうになった時、佐伯課長の声が耳に入った。
佐伯課長を見ると、いつの間にか空になっていたジョッキを右手に持ち、軽く揺すって見せた。
『いただきます』と応え、まだ少し焼酎が残っていたジョッキを俺が空ける間に、佐伯課長は座卓の上のベルを鳴らして店員を呼び、お代わりを注文していた。
「一緒に暮らしている彼女は、今回のことは知っているのか」
新たに届けられたジョッキの中身を一口飲み、佐伯課長が話し掛けてきた。
「彼女には、何も話していないんです」
変な形で梨奈の耳に話が届く前に、俺の口から事情を説明しておいた方がいいのではないかと思いつつも、話す決心などつきそうもなかった。
「両親には、どうなんだ。話したのか」
「いいえ。余計な心配を掛けたくなかったので、まだ何も……」
俺は、両親にも何も話していなかった。美咲が子供を産むとはっきりするまでは、余計な心配をさせたくないと思い話すつもりはなかった。
「なあ、新井。俺が新井の説得を失敗したと知った樫山専務は、次にどう出ると思う」
佐伯課長が俺の視線を捕らえ、投げ掛けた問いの答えはすぐに俺の頭の中に浮かんだ。
「酷なことを言うようだが、樫山専務が本気で自分の娘と新井の結婚を望むなら、次は新井の両親に話を持っていくか、彼女に新井と別れるように圧力を掛けるか、あるいはその両方か……。可能性は十分にあるんじゃないか」
俺の頭の中に浮かんだ答えを、佐伯課長が言葉にして発した。
“現実に、そんなことが起こったら……”
と考えた途端、頭の中が真っ白になり、俺は何も応えることができなかった。
「新井の気持ちも分からなくないが、ここまできたら、ちゃんと話しておいた方がいいのではないか」
俺は、『考えておきます』と応えるだけでやっとだった。
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