第四十九話 パンドラの箱
この回の内容には、後半部分に飲食には向かない内容が含まれています。
お食事中の方は、ご注意ください。
次の日、達樹さんも一緒に真衣と三人で会う約束をした私は、定時で仕事を終えて真衣のお気に入りのショコラを買い、約束の時間まで適当に時間を潰した後、真衣が借りているワンルームマンションを訪ねた。
真衣に手土産のショコラを渡して部屋の中に入ると、達樹さんがもう来ていた。
毛足の長いラグの上に置かれた、脚の短いテーブルの一角に座っていた達樹さんの正面に腰を下ろして挨拶を済ませると、真衣もショコラと一緒に小皿とコーヒーの入ったカップをトレーに載せて持って来た。
そのまま達樹さんの隣に座り、『話は食べてからにしよ』と言いながら、コーヒーとショコラを配り始めた。
ショコラを食べ終わったところで、達樹さんが口火を切った。
「実を言うと、梨奈さんからの連絡が来るのを待っていたんだ」
達樹さんの言葉に驚いて達樹さんの顔を見ると、達樹さんは真剣な眼差しを私に向けていた。
「尚哉は今、厄介な問題に巻き込まれていて、俺も尚哉の顧問弁護士として、問題を一日も早く解決できるように頑張っているところなんだ」
何か問題が起こっているのだろうとは思っていたけれど、それが弁護士を必要とするほどの問題だと知らされ、私は落ち着かない気分になり躊躇いがちに口を開いた。
「いったい……、何が……、あったんですか……」
「本当なら尚哉の口から直接、梨奈さんに話せれば良かったんだろうが、内容が内容だけにどうしても話せなかったらしい。でも、うちにも帰れなくなって、梨奈さんと連絡を取り合うこともできなくなって、漸く何があったのか梨奈さんに告げる決心をして、自宅に置きっぱなしにしているあいつのパソコンにメールを送ったと言っていた」
「パソコンに、ですか……」
尚哉のパソコンが、うちに置いたままになっていることは気が付いていた。けれど、そこに尚哉がメールを送っているとは思わず、手を触れることもなくそのまま放置していた。
「正直に言うと、尚哉からメールを送った後に、そのことを梨奈さんに伝えてほしいと頼まれたんだ。でも俺は、尚哉と会うことも叶わず、連絡も取り合えない状況で俺から言うのではなく、梨奈さんの方から梨奈さんの意思で聞いてほしいと思って、尚哉にもそう言ってあったんだ」
達樹さんの話を聞いて心もとない思いが沸き、真衣に視線を移すと真衣も戸惑っているような表情を浮かべて達樹さんを見ていた。
「メールには、これまでのことを全て書いてあると言っていた。だから、見る見ないの判断は梨奈さんに任せるよ。ただ、俺の希望としては、梨奈さんには事情を知った上で、それを受け止めて尚哉の帰りを待っていてほしいと思っている」
それは、決して開けてはいけない『パンドラの箱』だったのかも知れない……
達樹さんと話した後、急いでうちに戻った私は、尚哉のパソコンを起動してメールを読み始めた。
これ以上、何も知らないままでいることに耐えられなくなっていた私には、メールの存在を知って読まないという選択肢はなかった。
ただ、達樹さんと話して、どんな内容であっても大丈夫なように心構えはしていたはずだった。だけど、そこに書かれていたことはあまりにも衝撃的過ぎた。
ギリシア神ゼウスがあらゆる悪と災いを封じ込めたというパンドラの箱。
目の前のパソコンの画面に表示されているメールは、私にとってのそれだったのだろうか……
メールを読み終えると同時に強い吐き気に襲われた私は、トイレに駆け込み胃の中の物を全て吐き出した。
それでも、吐き気は治まらず、何度も胃液までも吐き出し、吐き気が治まった時には疲れ果てて寝室までがとても遠く感じられ、リビングのソファに倒れ込み、そのまま意識を手放した。




