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第四十五話 小箱の思い

 シャワーを浴びて来ると梨奈に告げ、寝室から出てドアを閉めた。その途端、美咲の言葉が頭の中によみがえった。


『あなたの子よ。尚哉さん』


“違う。でたらめを言うなっ”


瞬時に美咲の言葉を打ち消そうと、頭の中で反論した。しかし、美咲の言葉が次から次へと繰り返されていく。




『自然の成り行きでしょ』


“そんなもの、あるはずがないだろう”


『あなたの子よ。尚哉さん』


“違うと言っている”


『結婚式は、早めにしましょう』


“うるさいっ。黙れ”


言葉が勝手に口から飛び出し、『子供と俺は関係ない』と叫びそうになった時、『クシャッ』と音がした。




 熱くなっていた頭に冷水を浴びせかけられたようなその音に、呆然として自分の左手を見るときつく握り込まれていた。


解きほぐすように少しずつ指の力を抜いていき、折り曲げていた指を広げて手の中にあったものを見つめた。


クシャクシャによじれてしまっていたそれは、梨奈が夜食に添えてあったメッセージを書き込んでいたメモ用紙だった。




破れないように注意しながら広げたメモ用紙には、すっかりしわが寄り元の綺麗だった姿が損なわれてしまっていた。


不意に、しわだらけのメモ用紙に梨奈を失った自分の姿が重なり

“梨奈がいなくなってしまったら、俺は何のために生きていくのだろう……”

という思いにとらわれ、もう何も言えなくなってしまっていた。




 それでも、樫山専務が用意したマンション『イリス』へ行くことが決まっていた日の前夜、俺は梨奈に何もかも話した上で俺が帰るまで待っていてほしいと頼むつもりだった。


しかし、梨奈の顔を見てしまったら言葉を上手く紡ぎ出すことができなくなり、何一つ話せず、待っていてほしいとも言えないままマンション『イリス』へ行くことになってしまった。




今日、十二月二十五日は俺と梨奈にとって大事な記念日だった。二人で一緒に過ごし、クリスマスケーキに二本のろうそくを立て、二人が付き合い始めてから丸二年経ったお祝いをしようと約束をしていた。


そして俺は、予定が狂い今年の夏にできなかった梨奈へのプロポーズを、今日の記念日に合わせてした後、小箱の中に収められている指輪を渡そうと梨奈には内緒で計画を立てていた。


だが、それも不測の事態が起こりできなくなってしまい、梨奈との約束も破ってしまった。




 もう一度、自宅の窓に視線を移す。


梨奈に会いたかった。会って抱き締めて、もう二度と離れたくなかった。


しかし、今はまだ、そうするわけにはいかなかった。それでも、せめて小箱の中の指輪だけでも梨奈に届け、俺が愛しているのは梨奈だけだと伝えたいと思った。




道路を渡り『ベルフラワー』の建物の玄関を通り抜け、メールボックスが並んでいる場所へ向かい、俺たちの部屋のメールボックスの扉を開けてその中に小箱を置いた。


それから、二年前の昨日と同じように名刺を取り出して裏面に『愛する梨奈へ』とつづり、そっと小箱の上に載せた。


そして、元通りに扉を閉め、立ち去り難い思いを振り切り、俺は建物の外へ出てそのまま歩き出した。


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