第四十四話 大切な人
今週もよろしくお願いします。
達樹の提案した美咲の嘘を利用するという話を基に、これからのことについて話を煮詰め、今は美咲の出方を見るということで相談を終えて『ベルフラワー』の自宅へ帰ると、梨奈はもう休んでいた。
一緒に暮らし始めた頃、梨奈は俺の帰りが遅くなっても起きて待っていたのだが、梨奈も正社員としてフルタイムで働いていたため、俺から頼んで帰りが遅くなる時は先に休んでもらうようにした。
初めは渋っていた梨奈だったが、それで疲れて体調を崩されても俺は看病のために簡単に仕事を休むこともできず、何より俺との生活が梨奈にとってマイナスになることは避けたかった。
そのことを梨奈に伝えると、それからは俺の帰りが遅い日は先に休んでいるようになったのだが、代わりに遅く帰って来る俺のために夜食を用意し、労いの言葉を含んだメッセージを添えておいてくれるようになった。
疲れて帰って来た俺にとって、梨奈の心遣いは癒しでもあり楽しみでもあった。
その日も途中で達樹と飲んで遅くなると伝えてあったため、いつものようにメッセージを添えた夜食が用意されていた。
書かれていたメッセージに目を通し寝室に行くと、梨奈は規則正しい寝息を立てて眠っていた。
俺はベッドの端に腰を下ろし、梨奈の寝顔を見ながら達雄先生に言われたことを思い出していた。
『大切な人には、本当のことを告げた方がいい』
俺もその通りだろうと思う。そして、梨奈は俺にとって間違いようがないほどに大切な、大切な存在だった。
眠っている梨奈の顔を見つめ、俺が全てを正直に告げた時、その穏やかな顔が苦痛にゆがめられる様子を思い浮かべ胸が痛んだ。
“それでも、話さなければいけないんだ”
と自分に言い聞かせてみたものの、それを拒もうとするもう一人の自分が俺の中にいた。
美咲との間に起こった忌まわしい出来事までなら、梨奈も初めは衝撃を受け動揺するだろうが、梨奈が納得するまで話し合えばそれは俺が望んだ結果ではないと分かってくれるだろう。
しかし、そこに子供の存在が加わったら……
子供の存在を知った梨奈はどう思い、何を考え、どんな行動をとろうとするのか……
俺には、まるで読めなかった。
もしも、梨奈が子供のことを一番に考え、俺と別れることを選んだとしたら、俺はこの先ずっと梨奈のいない時間を過ごし続けることになる。そう考えただけで心が悲鳴を上げていた。
“駄目だっ。そんなこと、絶対に認められない”
「……尚哉……」
僅かに問うように俺の名前を呼ぶ梨奈の声に、梨奈の顔を見ると寝ぼけ眼で俺を見ていた。
「ただいま」
顔を近づけて帰って来たことを知らせ、梨奈の唇に口付けを落とした。
「お酒臭い……」
眉間にしわを寄せて、抗議の声を上げる梨奈が可愛く思え、俺はさらに深い口付けを施した。
「お帰りなさい。尚哉」
唇を離した俺に、微笑みながら出迎えの言葉を掛けてくれた梨奈に愛おしさが込み上げ、俺はまた唇を合わせながら
“失うわけにはいかない。絶対に”
と強く思っていた。




