第四十三話 真実の嘘
その場に沈黙が下りた。
万が一、美咲の子が俺の子だったとしても、それは美咲が一方的に仕組んだ結果だと証明する証拠を見つけ出すことは、困難を極めるだろう。
だからと言って、樫山専務や美咲との関わりを断ち切るために会社を辞めたとしても、弁護士を目指していることが知れればまとわり付かれる可能性がある。
ずっと、美咲との結婚を拒み続けてきたはずだった。それが、気が付けば樫山専務と美咲の思う壺にはまり込んでしまっていた。
俺はやり切れない思いにグラスを空にし、さらに手酌でビールを注ぎ入れて飲み干した。
そうしなければ、愚痴がとめどなく零れ出てしまいそうだった。
そんな俺に、達樹は何も言わずにクーラーボックスから新しい缶ビールを取り出してそっと差し伸べ、達雄先生は無言を通していた。
「いっそのこと、何もなかったことにするか」
「それは……、無理だろう……」
沈黙を縫うように、静かに重く響くような口調で達樹が解決策を口にした。
達樹の言うとおり、本当に何もなかったことにできるのであれば、俺にとっては願ってもないことだったが、現実には美咲が子供の父親として俺を名指ししているため、そんなことは無理だということは分かり切った話だった。
「何も、あったことをなかったことにしよう、という話ではないんだ」
話を推し進めようとする達樹に目を遣ると、腹に一物あるような笑みを浮かべていた。
達樹は中学校に入ったばかりの頃から悪知恵が働くようになり、そういう時には決まって今と同じような表情をしていたことを思い出した俺は、黙って達樹の考えを聞くことにした。
「おそらく樫山専務の娘にしても、お前に薬を盛って眠らせた上で強引に体をつなげた結果、子供ができました、とは口が裂けても言えないはずだ。だからこそ、お前と愛し合った結果、子供ができたという話をでっち上げたんだ」
そこまで言って、俺の意見を確かめるように俺の目を見てきた達樹に、俺は頷いて話の先を促した。
「これは俺の推論だが、樫山専務の娘はこの先も事実を封印して、でっち上げた真っ赤な嘘を吐き通そうとするだろう。お前は、それを利用すればいい」
「どういうことだ」
美咲が体面を気にして、自分がとった行動を口にはできないだろうということは、俺にも容易に想像が付いた。
だが、それを利用するという意味が分からず、達樹に尋ねた。すると、達樹は笑みを深めて話を続けた。
「樫山専務の娘が、お前と愛し合ったと誰かに話したとする。だが、お前にはその記憶はない。だから、お前はそういうことは一度もなかったと、その話を否定する。実際に、そんなことはなかったのだから、お前は事実を告げたことになり、それは紛れもない真実だ。そして、その上で愛し合ったことはないのだから、子供とは無関係だと主張する」
俺は、予想だにしなかった達樹の話に言葉を失っていた。
「真っ赤な嘘というのは、必ずどこかで無理が生じ、綻びが出る。だが、事実はどこまで行っても変わることがない。だから、聞き手側の印象も違ってくる」
「確かにそうすることは、有効な手段と言えるだろう。そうやって尚哉君がきっぱりと拒否の姿勢を見せれば、産まない選択もできる今なら、樫山専務のお嬢さんもいろいろ考えるはずだからね。でも、尚哉君が大切だと思う相手には、本当のことを話して協力してくれるように頼んだ方がいい。そうでないと、本当のことを知られた時に、尚哉君に対する信頼を損なうことになりかねない」
達樹の話に賛同しながらも俺のことを思い、助言をしてくれた達雄先生に、俺はしっかりとその目を見て『はい』と返事を返した。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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来週も楽しんで読んでもらえるように頑張るつもりですので、楽しみに待っていてもらえればと思います。
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