第四十一話 証拠
この回の内容には、軽い性的内容のものが含まれています。
苦手な方はご注意ください。
達樹の話に思わず
『そんな馬鹿な話があってたまるかっ』
と怒鳴りそうになった俺は、グラスに満たされたビールを流し込み言葉と共に飲み込んだ。
「なあ、尚哉。これは興味本位とかじゃなくて、大事なことだから敢えて聞くんだが……」
達樹にしては珍しく言いよどんだような言い方で話しかけられ、俺は手に持っていたグラスを座卓の上に返して達樹を見た。すると、達樹はその瞳に鋭い光を宿し、俺から目を逸らすことなく言葉を紡ぎ出した。
「実際のところ、どうなんだ。樫山専務の娘の中に放った感覚はあったのか」
美咲の中に射精した覚えはあるのかと達樹に問われた俺は、瞬時にその重要性を悟った。
身に覚えがあるとすれば、俺が美咲の子の父親である可能性が高くなる。
思い出すことを拒もうとする自分の心に
『これは、必要なことなんだ』
と言い聞かせ、八月十四日の夜のことを詳細に思い出そうとしたのだが、俺が目覚めた時には既に美咲は事に及んでいた。
果たして、それが始めて間もないことだったのか、あるいは一度終えた後だったのか、俺には判断がつかなかった。
うちへ帰り、シャワーを浴びた時もはっきりしない頭で感じたことは、身体に残る美咲の感触の気持ち悪さだけだった。
あまりの気持ち悪さにそれを消し去りたいということに意識が集中し、自分がどうだったかまでは、よく回らない頭で考える余裕などなかった。
「正直、その辺りのことは、はっきりしないんだ。飲まされた薬の影響も残っていて……。でも、俺は自分を信じたい……」
「そうか……。そうだな」
そういうことはないと断言できない自分が悔しかった。言い訳するための言葉は頭に浮かんでいたが、それを口にすると自分が余計に惨めになりそうで俺は口を閉ざした。
「証拠があればな……」
達樹がポツリとつぶやいた言葉に、俺はハッとした。
あの時、俺は美咲の拘束から逃れた後、まっすぐ自宅へ帰りシャワーを浴びて、身体に残されていた痕跡を洗い流してしまっていた。
「あの時、まっすぐうちへ帰らず、病院へ行っていれば……」
自分の犯した過ちに気が付いた俺は、それをそのまま言葉にして零していた。
「それは……、どうだろうな」
「たとえ、病院へ行っていたとしても分かるのは、尚哉君の体に睡眠薬の類が取り込まれていたこととその成分ぐらいで、それを自分で飲んだのか、それとも誰かに飲まされたのかまでは分からなかっただろうな」
「殴られたり縛られたりしていれば、痣になって残っていたかもしれないが、そういうことはなかったんだろう」
「……ああ……」
俺の反省の言葉に達樹が疑問を投げ掛け、達雄先生が反論の余地もない答えを返した。それを補足するような達樹の問い掛けに、確かに殴られたり縛られたりした痣は見当たらなかった俺は、肯定の返事をするしかなかった。
「それにな、調べれば直前に性交渉があったことは分かっただろうが、それで体に傷が付いたとしても、それはお前の方ではなく、強引に事に及んだ樫山専務の娘の方だっただろうしな」
俺は被害を受けた側のはずなのに、それを証明する証拠を見つけ出すことの困難さに、気持ちがどこまでも沈み込んでいきそうだった。




