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第三十四話 政略結婚

 十時を過ぎても、まだ尚哉は帰って来ていなかった。


“尚哉は、必ず帰って来てくれる。きっと、帰って来る”


尚哉は帰って来るんだと、何度も自分に言い聞かせる。でも、言ったすぐそばから別の考えが頭に浮かぶ。




 尚哉と付き合い始めて二週間くらい経った頃、尚哉からのメールに返信のメールを打っていると、同僚の沙織が話し掛けてきた。


「梨奈にも、とうとう彼氏ができたのかな」




 沙織は私と同じ年齢だったけれど、短大を卒業してすぐに花菱製菓株式会社に入社していたため、職場では二年先輩だった。


私が入社して間もない頃、右も左も良く分からず戸惑っていると、沙織の方から言葉を掛けてくれて嫌な顔も見せずに幾度となく助けてくれた。


そのうちにプライベートな話もするようになって、沙織と私の誕生日が近いことが分かり二人の距離が近くなった。




 沙織に尚哉のことを隠すつもりがなかった私は、問われるままに尚哉とのことを話して聞かせた。


沙織は、私の話を初めは冷やかしたり、からかったりしながら聞いていた。


だけど、話が進んでいくと沙織の表情が曇り始めた。




「梨奈には悪いけれど、私は尚哉さんとのお付き合いには賛成できないな」


「どうして」


話を聞き終えた沙織が予想外の反応を示し、私には理由が分からず聞き返していた。




「梨奈のことを悪く言うつもりはないんだけど……。尚哉さんって、要するに将来有望なエリートなんだよね」


沙織が何を言いたいのか私には見当がつかず、頷くだけで話の続きを待った。




「気を悪くしないでほしいんだけど……。尚哉さんのような人なら、本人の意思に関係なく、周りが放っておかないんじゃないかなあ。中には、尚哉さんの後ろ盾になって、自分の娘を押し付けようとする人もいると思うんだよね。そうなったら、梨奈は資産家のお嬢様というわけでもなく、権力者の娘でもないんでしょ。太刀打ちできると思う」


沙織が言い辛そうにしながら話した内容は、尚哉が政略結婚するかもしれないというものだった。




「そんなこと、現実にあるのかなぁ」


私は心の中で、沙織はテレビのドラマや映画などの物語に影響されすぎなんじゃないかと思いながら軽く反論を試みた。


「実際に尚哉さんがどうするかは分からないけど、尚哉さんのようなエリートなら上を目指すものでしょ。でも、上に行けば行くほど座れる椅子の数は減るよね。そうなったら、自分だけの力じゃ限度ってものがあるだろうし……。そしたら、誰かに引き上げてもらうしかないんじゃないかなあ」




 その時の尚哉と私は、ただ会うだけでも難しく、尚哉との関係がその先どうなるか見通すこともできなかったため、尚哉との将来を想像しようとさえ思えなかった私は、沙織の話を聞き流していた。


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