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第三十三話 引越し

 奏でられていたメロディが鳴り止み、からくり時計の開いていた小窓が『パタン』と閉じられた。


私は視線を部屋の中に戻し、改めて部屋の中をゆっくりと見回した。




 不動産屋さんの従業員に初めてこの部屋に案内された時には、何も置かれていない空っぽの部屋だった。


賃貸契約を済ませた後、尚哉と二人でもう一度この部屋の様子を確かめに来た時も、やっぱり空っぽなままだった。


“これから、ここで尚哉と一緒に住むんだ……”


そう思いながら何もない部屋を見渡していると、嬉しく思いながらも現実感がなくて不思議な気持ちがした。




「よしっ。ベッドを買いに行こう」


一緒に部屋の中を見ていた尚哉からの突然の提案に

“なぜ、ベッドなの……”

と、思考が停止した私は、尚哉に促されるままにデパートの家具売り場に出向いた。




 なんだか良く分からないながら、尚哉と一緒に展示してあったベッドを見たのだけれど、尚哉は難しい顔をして考え込んでいた。


そんな尚哉に家具売り場の店員が話し掛け、私はようやく事情を理解した。




長身の尚哉に合うサイズのベッドはなかなか見つからず、ダブルサイズでは長さが足りないため、キングサイズのものを展示している所に来てみたものの、展示品では長さが少し不足していたらしい。


話を聞いた店員にどのくらいの長さが必要か計るため、展示してあったキングサイズのベッドに横になってほしいと言われた尚哉がその通りにすると、確かにかかとからつま先にかけてベッドのマットレスからはみ出していた。


背の高い尚哉のつま先がチョコチョコと動く様子がおかしくて、思わずクスクスと笑ってしまった私に、少しねたように『笑うなよ』と言った尚哉が可愛く見えて余計に笑えた。




結局、ベッドは展示してあったダブルサイズのものと同じタイプで、キングサイズのものを取り寄せてもらうことにした。




 それから二週間後、マンション『ベルフラワー』の、まだ何も揃っていない私たちの新居にベッドが届けられた。


きちんと組み立ててもらい、一緒に注文した寝具も受け取ってその場で尚哉に報告のメールを入れた。


すると、尚哉から

『今日から、そこに住む』

という返事が返ってきて私を驚かせた。




うちへは寝るために帰るだけだからベッドがあれば十分だ、というのが尚哉の言い分だったけれど、本当にそんなことをさせるわけにはいかず、私は慌てて自分のアパートへ取って返し、生活するために必要な最低限のものを用意して、ベッドの存在感がありすぎる私たちの新居で食事の準備を整え尚哉の帰りを待った。


帰って来た尚哉は、びっくりしながらもとても喜んでくれ、その日から私たちはマンション『ベルフラワー』の新居で一緒に住み始めた。




 一ヵ月後、生活する分には困らない程度に物が揃ったところで、達樹さんと真衣を呼んで引越しの報告の食事会を開き、その時のことを二人に話して聞かせると達樹さんが尚哉に呆れていた。


「お前なあ、幾らなんでも焦りすぎだろ。相手が梨奈さんでなかったら、恐れをなして別れ話に発展してたぞ」


「梨奈でなければ、一緒に住もうとは思わないから大丈夫だ」


「ごちそうさま」


「もう、真衣ったら……」


 ………




 思い出に浸っていると、壁に掛けられたからくり時計の小窓が開く音が聞こえ、さっきとは違うメロディが流れて十時を告げた。


私はソファの上でひざを抱え、その上に顔を伏せた。


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