第二十六話 無骨者
たとえ美咲との結婚話が続いていたとしても、俺にとっては美咲の機嫌よりも取引先の担当者の機嫌を損ねる方が重要な問題であったため、『相手方を待たせるわけにはいかない』と言って、俺は美咲との電話を強引に切ってしまった。
その日の仕事を終えた後、美咲の機嫌をとっておくべきかと一瞬考えたが、そのことを俺が望まない方向へ受け取られては困った事態になりかねないと思い直し、そのまま放置しておくことにした。
それから一週間は美咲から再び電話が入ることもなく、樫山専務も口を閉ざしたまま美咲の話題を口にすることはなかった。
美咲との結婚話は、それほど深刻に受け止める必要はないのかもしれないと俺が思い始めた時、樫山専務から声を掛けられた。
「美咲から聞いたのだが、君は美咲を一週間も待たせたまま、何の音沙汰もないということらしいが……」
「何のことでしょうか」
俺には美咲と何か約束をした心当たりはなく、樫山専務の話についていけず思いのままを言葉にして返した。
「美咲から聞かされた時には半信半疑だったが、どうやら君は本当に女性の扱いは不慣れなようだ。まあ、今回は知らなかったようだから仕方ないが、本来ならば女性の側から連絡が入ったら、男性は食事にでも誘うのがマナーというものだ。分かったら、今日にでも美咲に誘いの電話を入れなさい。いいね」
樫山専務の話から、俺が故意に美咲を無視していたことを美咲との電話で無骨者として対応したことで、それが俺の人となりだと思われているのだと分かった。
俺はこれ以上、美咲のことで煩わされたくないと考え、樫山専務から具体的な指示をされたこの機会に、美咲とは結婚するつもりがないことをはっきり伝えることにした。
「樫山専務のお嬢様は、私には過ぎた女性だということは重々承知しておりますが、私にはもう心に決めた相手がいます。その女性とは、すでに生活も共にしております。ですから、大変申し訳ありませんが、私には樫山専務のご期待に沿うことはできかねます」
俺は樫山専務の誤解を解き、美咲に関心がないことを伝えるために梨奈の存在を明かし、同棲していることも告げて深々と頭を下げた。




