第二十五話 唐突な電話
美咲を紹介されてから一ヶ月ほどは、平和な時間が過ぎていった。
ゴルフ場からの帰り道、俺が青田の話題を振ったことで樫山専務は口を噤み、それ以上のことは何も言わなかった。
それからは、会社で顔を合わせても美咲のことを口にすることもなく、俺は美咲との結婚話は流れたものとして記憶の隅に追いやった。
ところが、七月に入りもうすぐ梅雨明けしようかという頃、突然、美咲本人から俺の携帯電話に電話が入った。
美咲の話の内容は世間話の類で、仕事中の俺を相手に話す必要性を感じられないものだった。
しかし、相手は樫山専務のお嬢様ということで俺は戸惑いながらも邪険に扱うわけにもいかず、当たり障りのない返事をして美咲に付き合っていた。
唐突に、美咲が電話の向こう側で『くすり』と笑った。
「見た目も悪くはなく、お父様の話では仕事もできるということだったけれど、女性の扱いには慣れていないみたいね」
美咲の台詞で俺の戸惑いは解消された。
美咲は世間話をしながら俺が美咲を誘うように仕向け、俺から誘い文句を引き出そうとしていたのだ。
ゴルフ場で紹介された美咲は、確かに美人と言えただろう。
しかし、俺の心は梨奈を思う気持ちだけで溢れ出しそうになるほど満杯で、他の女性に興味を惹かれる余裕はなかった。
さらに、自分の上役の娘と個人的な関わりを持つことは、面倒事を背負い込むことと同義でもあった。
だが、それらにも増して一ヶ月以上経ってから連絡を寄越した美咲の真意を図りかね、俺は無骨者として美咲の言葉に乗ることにした。
「用件が、それだけでしたら……」
俺が美咲の期待を裏切り電話を終えようと告げた途端、美咲の雰囲気が冷たいものに変わったことが電話越しに感じられた。
ちょうどその時、離れた席に座っていた同僚が俺の担当している取引先から電話が入っていると知らせ、俺は空いていた方の手を軽く挙げて『分かった』と応じた。
「すみませんが、取引先から電話が入ったようですので……」
「尚哉さん。あなたは、お父様が私をあなたに紹介した意味を理解していないのではないの。もっと良く考えるべきだわ」
俺の言葉に被せるようにして美咲が言った言葉で、俺の中では終わったはずの美咲との結婚問題がまだ続いているのだと教えられた。




