第二十二話 携帯電話
「大企業の専務のお嬢様が、その辺の三流以下の女がやることの真似事をするとは、恐れ入る」
我に返った俺は、美咲を見下すように皮肉を口にした。
プライドの高い美咲は、眉を吊り上げ怒りをあらわにしたが、すぐに余裕の表情を取り繕い語り掛けてきた。
「あなたがどう言おうと、あなたの役に立って必要なのは、私だと認めたのでしょう。ここに居るのが何よりの証拠よ。そうでしょう」
「私にとって誰が必要なのかは、私自身が判断すべきことだ。他人に決め付けられたり押し付けられたりした相手では、私が本当に望む相手とは言えない」
美咲の主張を真っ向から否定したものの、何が何でも俺に自分との結婚を承諾させたい美咲には俺の言葉は響かなかった。
「ここに居る間は、梨奈とかいう女と会うことはもちろん、連絡を取り合うことも許さないわ。陰に隠れてしようとしても無駄よ。明日にでも携帯会社に連絡をして、あなたの通話と通信の記録を提供してくれるように言うわ。たとえ、記録を消去しても隠し通せないわよ」
言うだけ言うと美咲は椅子から立ち上がり、リビングから廊下に続く俺の背後にあるドアへ向かって歩き出した。
俺は一歩でも動き出すと押さえ込んでいた怒りが噴出しそうで、その場から動くことができなかった。
「言うのを忘れていたけれど、彼女からの電話もメールも着信拒否の設定にしておいたわ。だから、いくら待っても連絡は来ないわ」
優しい口調で美咲に告げられた内容に、俺が反射的に振り返った時には美咲の姿はドアの向こうに消えていた。
持って行き場のない燃え立つ怒りに、握り潰しそうなほどきつく握っていた携帯電話が目に入り、美咲が座っていた場所に向かって投げ付けた。
樫山専務と美咲には常識は通用しない。そのことは、この数ヶ月の間の出来事で身に染みてよく分かっていた。
だからこそ期間限定とはいえ、梨奈に危害が及ばないように嫌々ながらも美咲との同居だけには同意した。
しかし、美咲が『許さない』と断言した以上、梨奈と連絡を取り合っていることが樫山専務や美咲に知られたら、写真を消去するどころの騒ぎではなくなることが目に見えていた。
俺は酷い疲れを感じ、近くにあった一人掛けの椅子にのろのろと腰掛けた。
このまま樫山専務や美咲の思惑通りに事を運ばれないようにするためには、これからどうするべきか考えないといけないと思いながらも、同居一日目にして早くも心が折れそうだった。




