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第二百十九話 暁の時

 腕時計で時間を確かめると、朝の五時を回っていた。


一晩中、眠り続ける梨奈の手を握り、寝顔を見ていた俺は井川医師の言葉を思い出す。




『……目覚めるのは、薬の効力の切れる明日の明け方以降となります……』




真冬の夜明けは遅く、窓の外はまだ真っ暗だった。


陽が昇るまでにはもう少し間がありそうだったが、俺は梨奈に声を掛けた。


「梨奈。そろそろ起きる時間だぞ」


それから、梨奈の様子を見守っていたが、梨奈は目覚める気配がなかった。




まだ『その時』ではないのかと思いつつ、右手を梨奈の頬に当て、さらに話し掛けた。


「梨奈。朝だぞ。そろそろ目を覚ましてくれないか」


だが、俺の声掛けに応えたのは、昨日から休むことなく規則正しい音を響かせている梨奈に繋げられた器械だけで、リズムを乱すことなく『ピッ、ピッ』と鳴り続けていた。




目覚める予定の時間になっても一向にその兆しが見えない梨奈に、このまま目覚めないのではないかという考えが頭を過ぎり、俺は自分の中に芽生えそうになった不安を振り払おうと身を乗り出して、梨奈の顔の真上に自分の顔を持っていった。




一晩、時間が経過した梨奈の頬にはうっすらと赤味が差し、紫がかった唇の色も青系統のピンク色に変化していた。


少しずつではあっても梨奈の体調は回復してきていることが、素人の俺にも見て取れた。




梨奈の顔を見ていると、固く閉ざされたその瞳に俺を映してほしいという欲求が沸く。


そして、その唇で俺の名前を紡いでほしいと願う。




吸い寄せられるように、梨奈の唇へそっと唇を重ねる。


唇を離し、少し顔を上げて梨奈の様子を窺う。


反応の見られない梨奈に、もう一度口付ける。




「……ん……」


甘い時を思い起こさせる微かな声が耳に届き、唇を離して梨奈の顔を見ると長い睫毛が揺れていた。




「梨奈。梨奈」


僅かな反応を手繰り寄せようと、俺は繰り返し梨奈の名前を呼ぶ。


睫毛を震わせ、少しだけ持ち上げられた瞼に、梨奈の目覚めを促すためさらに言葉を掛ける。




「梨奈。俺が分かるか」


重そうにゆっくり持ち上がる瞼の隙間から、梨奈の瞳が見えた。




「梨奈。梨奈」


重ねて梨奈の名前を呼ぶと、梨奈はしっかり目を開いた。


だが、長い時間、眠っていた梨奈の瞳はなかなか焦点が合わなかった。




「梨奈。俺が誰か、分かるか」


「……なお、や……」


まるでスローモーションを見ているような目の動きで、俺を認めた梨奈の口から俺の名前が紡がれた。


ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。


来週も宜しくお願いします。

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