第二百十二話 涙の意味
今週もよろしくお願いします。
「尚哉さん。私にも分かるように、話してくれないかしら」
期せずして、梨奈の両親と俺は、梨奈と俺たちの子供を守る行動をとっていたのだと告げた俺に、明らかな不安の色を宿し、縋るような視線を向けて梨奈の母親が途切れ途切れだった夫の言葉を補足した。
俺は梨奈の両親の目をしっかりと捉え、意識してゆっくりとした口調で達樹から言われたことをそのまま伝えた。
「それじゃあ、梨奈は……」
俺の話を聞いているうちに、瞳に宿る不安の色が薄れて、反対に瞳の中に戻った光の強さを増した梨奈の両親は、一度お互いの表情を確かめ合うように視線を交わした後、梨奈の父親が口を開いた。
「達雄先生と達樹を信じて、井川医師に梨奈と子供をお任せすれば、きっと不用意な警察からの攻撃をかわして梨奈と子供を守れるはずです」
俺の説明を聞いても完全には拭い去れず僅かに残る不安を纏い問いを重ねた梨奈の父親に、俺は自分の言葉で『大丈夫だ』と請け負った。
「……良かった……」
呟くような梨奈の母親の声が耳に入り梨奈の母親へ目を向けると、右手で作った拳を口元に当て左手で支えるように右手の手首を掴み、俯いた頬を涙が伝っていた。
『カチッ』
と音がして、そちらの方へ顔を巡らせると梨奈の父親が、受け取ったまま封を切らずに自分の前に置いてあったペットボトルの封を切っていた。
蓋を外して片手にペットボトルを持ち、もう片方の手を妻の肩に回して顔の前にペットボトルを持っていった。
「泣くのは、まだ早いんじゃないか。どうせ流すのなら、嬉し涙の方が良いだろう」
「……そうね。本当に、そうだわ」
夫の言葉に梨奈の母親は俯けていた顔を上げ、頬を濡らしていた涙を手の甲で押さえて笑みを浮かべ、差し出されたペットボトルを受け取り口に運んだ。
そっと、俺が差し伸べたハンカチを『借りるわね』と言って手にし、涙を綺麗に拭き取った時には流れる涙は止まっていた。
それを見た梨奈の父親は妻の肩から手を離した、同じように手付かずのまま梨奈の母親の前に置かれていたお茶の入ったペットボトルに手を伸ばし、栓を開けると一息に半分ほど流し込んだ。
ペットボトルから口を離した梨奈の父親が大きく息を吐き出し、何かを思い出したように腕時計に目をやった。
「今ならまだ、窓口に間に合うな」
そう言うと看護師から渡された書類の中から目的のものを抜き取り、『入院の手続きをしてくる』と声を掛け病室から出て行った。
俺の方を見ることもなく足早に病室から出て行く梨奈の父親の目元も赤く染まっていたことに俺は気付いていたが、『お願いします』と一言だけ掛け、ペットボトルの蓋を開けて思いが言葉に換わる前にお茶と一緒に腹の中に収めた。




