第二十話 イリスの夜
この回からは尚哉の視点になります。
専務室を出た後、美咲が予約してあった老舗のフレンチレストランで美咲と夕食を摂り、その後、分譲高層マンション『イリス』の一室へ向かった。
そこは、美咲と俺のために樫山専務が前もって購入しておいたマンションだった。
今夜から当分の間、俺はそこで美咲と一緒に住むことになっていた。
樫山専務から手渡されていたカードキーで解錠し、部屋の中を一通り見て回り、その洗練された部屋の造りと配置されていた家具の豪華さに、俺は思わず舌打ちをしそうになった。
急遽、用意されたはずの部屋の中は到底にわかに整えたものとは思えず、寝室に一つだけ置かれていたベッドに至っては、市販のキングサイズのものよりも大きく凝った意匠が特注のものだと主張していた。
「どう。素敵でしょう。これなら、夢のような夜を過ごせそうよ」
俺の後について部屋の中を見て回っていた美咲が、寝室の入り口で立ち止まりベッドを目に留めて苦々しく思っていた俺の横を抜け、ベッドまで歩み寄ると縁に腰掛けて話し掛けてきた。
「私には、使う予定はない」
俺を誘うように微笑み、俺に向けて両手を伸ばしてきた美咲に言い置き俺は背を向けた。
そもそも美咲と同居する約束はしたが、同じ部屋で寝起きすることに同意した覚えはなく、ましてやベッドを一緒に使うなど俺には有り得ない話だった。
“本当に俺は、今夜からここで樫山専務の娘と一緒に過ごすのか……”
広いリビングに置かれたソファセットの一人掛けの椅子にどさりと座り込み、目の前の現実を受け入れることを拒む俺の心が現実逃避を仕掛けていた。
「尚哉さん……」
俺を追いかけて来た美咲が後ろから抱きつき、俺の意識を呼び戻した。
俺はそんな美咲を鬱陶しく思い、一人になりたくて入浴することを告げ椅子から立ち上がった。
入浴を済ませてリビングへ戻って来ると、美咲はソファセットの長椅子の真ん中に座って携帯電話を弄っていた。
背もたれの枠組みから肘掛へと続き、さらに猫足までの流れるようなラインを金色に縁取り、真っ白な布が張られた長椅子に脚を組んで座る美咲は、樫山専務が自慢するだけのことはあって良く似合っていた。
不意に、既視感が過ぎった。
“なんだ……”
と思い目を凝らして見てみると、美咲が手に持っていたのはスーツの上着のポケットに仕舞っておいたはずの俺の携帯電話だった。
今月も一話でも多く投稿できるように、頑張るつもりです。
よろしくお願いします。




