第一話 前兆
初めての投稿になります。よろしくお願いします。
「梨奈……」
遅い夕食を摂った後、キッチンで後片付けをしながら明日の朝食の下準備をしていたら、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
耳に馴染んだ心地良い呼び方に顔を上げると、尚哉がキッチンから続くリビングに置いてあるソファの前に立っていた。
すっかり寝支度を整えた尚哉の姿を見て
“もう、寝るのかな……”
と思い、次に続く『おやすみ』の言葉を待った。
「少し、いいか……」
「うん。何」
私の予想とは違った尚哉の言葉に
“何か、忘れていることがあったかな……”
と考えながら返事をした。
少しの間、尚哉は私と目を合わせ、それから口籠るように視線を逸らし短く息を吐くと諦めるように口を開いた。
「……いや、今度でいい。おやすみ」
「尚哉……」
私の返事を待たずにリビングの隣の寝室へ歩き出した尚哉に声を掛けたけれど、尚哉はそのまま寝室へ入って行ってしまった。
翌朝、出勤する尚哉を玄関で見送っていると、靴を履き終えた尚哉がいつものように向き直り右手を伸ばして私の頭に触れ唇を重ねた。
でも、その後がいつもの朝とは違っていた。
唇が離れ、『いってらっしゃい』と言おうとした私の言葉を遮り、尚哉は私を胸に抱き込んでそのまま締め付けるように腕に力を込めた。
「愛している。どんなことがあっても……」
耳元で囁かれた尚哉の言葉に昨夜の尚哉の様子が重なり、私の中で急激に不安が沸き起こった。
「私も……。私も尚哉だけを、愛してる」
私は得体の知れない不安を追い払うように、尚哉を抱き締め返して思いを言葉にした。
けれど、悪い予感は当たり、その日から尚哉は帰って来なくなった。