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後編

 その日の就寝直前まで、わたしは理彩と一度も連絡を取らなかった。

 この時にはわたしもさすがに申し訳ない気持ちになっていた。いくらなんでも大人げなさ過ぎたし、せっかく作ったチョコがひどくもったいないような気がした。

(だけど、今さら謝りに行くのもなあ……)

 ちょうどその時、携帯電話が鳴った。自分からかける勇気はなく、喧嘩しておきながら、幼馴染みからの着信は期待してベッドの中に置いたものである。

 毛布をもぞもぞと動かしながら携帯電話を手にとって通話に出る。案の定、理彩ちゃんの声だ。

「ううっ、ミコぉ……ぐすっ」

 理彩の声は今まで聞いたことないくらい絶望に沈んでいた。

「り、理彩ちゃん、だいじょうぶ?」

「ずっ……ううん、今すぐ死んじゃいたい……」

 それは困る。わたしは自分のしたことを必死に謝り、それが許されると、理彩はこんなことを言い出した。

「ミコ……相談したいことがあるの」

「なあに?」

「友達がバレンタインのことで聞きたいことがあって、ミコの意見も欲しかったの」

 呆れた。今は他人のバレンタイン事情に構っているはずじゃないでしょ。

 でも、せっかくだから答えてあげよう。

「どういう内容?」

「その子は同じ女の子にチョコを上げるつもりだったらしい」

「へえ、そうなんだ」

 わたしは目を丸くしてたと思う。

「おかしいと思うか?」

「……ううん」

 わたしだって、リサちゃんからチョコ、ほ、欲しいもん……。

 思わず顔が熱くなると、リサはこんなことを言ってきた。

「その友達は相手の子には内緒にしたくて、でも一人で美味しいのを作れる自信がなく、いや、むしろその相手と一緒にチョコを作りたい一身で、手伝ってと頼んだって。相手の子宛てとバレないように、わざわざ適当な男のために、なんて誤魔化してね」

 わたしは息が詰まりそうになった。心臓が早鐘を打ち、パジャマの上から汗が滲み出るのを実感する。

 身体のほてりを抑えつつ、わたしは理彩の話の続きを聞いた。

「友達の相手の子はね。あんな男のためにチョコを作りたくないってキレれてさ。そのまま……喧嘩したっきりなんだって。……ホント、そいつったらバカだよね。こんな目に遭うくらいなら最初から正直に言えばよかったのに。でも……でも女の子に本命チョコなんて頭おかしいって思われるっていうそいつの気持ちもわかるんだ」

 理彩の声は泣き出す寸前であった。

「できれば今、答えが欲しいんだ。そいつ、すごく苦しそうで……今にも大泣きしそうなようすだったから……。早く教えてくれないと……っ、心が張り裂けそうで、ぐちゃぐちゃになりそうでっ……!! もう、どうにもならないんだよ……ッ」

 わたしの心も、きっと理彩ちゃんと同じくらいぐちゃぐちゃになってたと思う。

 理彩ちゃんはわたしにチョコをあげたいのを隠すために、わざわざ昔のカレの名前まで持ち出して。

 きっと、チョコに文字を入れようとしたときにわたしを遠ざけたのも、わたしの名前を入れようとしていることを知られたくなかったのだろう。

 理彩ちゃんはわたしのことを蔑ろになんかしてなかったんだ。それどころか、わたしのことを誰よりも好きでいてくれた。

 それなのに、わたしは。

「理彩ちゃん……っ!」

 ……気づいたら、わたしは横になりながらぼろぼろと涙をこぼしていた。幼馴染みの言葉はあまりにもやさしくて、あたたかくて、わたしの心は、あっという間にトロトロに溶かされてしまったのだ。

 わたしのためのチョコって知ってたら、あんなことしなかったのに! 理彩ちゃんの思いを踏みにじるようなことなんかしなかったのに……!

 電話越しからの泣きじゃくりの声がわたしの嗚咽と重なる。しばらくして。

「……それでミコ。どう、返事は?」

 すがるような幼馴染みの声にわたしは我に返った。答えなきゃ。

「自分の心に正直でいっても大丈夫。その人の気持ち……相手に伝わってるはずだから」

「はず……?」

 不安げに問い返す理彩の声にわたしは必死に言い直した。

「伝わってる! 絶対伝わってるから!」

「ホントに?」

「ホントに、ホントに」

 わたしは必死で訴えたが、次のリサちゃんの言葉にはビックリした。

「だったら、証拠見せてよ。アタシにさ」

「えっ?」

「伝わってるっていう証拠、今すぐアタシに見せて。とにかく、お願いだから、すぐに来て。アタシ、すごくさびしいよお……」

 彼女の切ない声を聞くと、とても就寝前とか夜間外出禁止とかなんて言ってられなかった。

 韋駄天の早さで身支度を整えると、驚く母親に向かってわたしは「泊まってくる!」とだけ叫んで夜の街へと駆け出した。


 理彩の家まで着いたわたしは、はやる気持ちを抑えきれないまま呼び鈴を何度も鳴らした。理彩の両親は滅多に家に帰らないから、ご近所以外に迷惑をかけることはないはずだった。

 案の定、扉を開けてくれたのは理彩で、玄関に入った瞬間、勢いよくわたしの身体を抱きしめて泣き叫んだ。

「うわあぁぁあん! ごめん、ミコ、ごめんなさいっ……」

「謝らないで、理彩ちゃん。そんなに泣かれるとわたしも……うっ」

 ここまでだった。わたしの理性の塀も瞬く間に決壊して、幼馴染みの胸に顔をうずめて泣きじゃくった。

「うっ、ぐずっ、謝りたいのはわたしのほうだよぉ。理彩ちゃんがわたしのために作ったチョコを、こんなにメチャクチャにしちゃうなんて……っ」

「ううん。ちゃんと言わなかったアタシが悪いんだ。……ねえ、ミコ」

「ん、なあに?」

「アタシって、バカだよね」

 いきなりの発言に、わたしは目を見開いて理彩の顔を見た。

「いきなりどうしたの?」

 理彩の瞳は新たな涙で潤んでいた。

「アタシはミコのことが大好きだったんだから、最初から小細工せずに素直にそのことを打ち明けてればよかったんだ。でも、そんなこと言ったら、ミコはドン引き……はしないか。ミコは優しいもんね。だけど、たぶんいつもの関係は崩れたと思うんだ。ミコはよそよそしくなって、アタシも気まずくて距離をおいて……そんなイヤーな状態が永遠に続きそうな気がして……すっごく怖かったんだ」

 わたしは黙って理彩の独白を聞いていたが、やがて身体の中に笑いの衝動がこみ上がってきた。

「そうだね……確かに、理彩ちゃんはおバカさんかもしれない」

 笑顔で言われて、理彩は傷ついたようだ。

「ミコ……。自覚はあるのはわかってるけど笑顔で言うのはやめてよ。さすがにヘコむ」

「だって、そんなことでわたしに嫌われると思ってるんだもん。何年幼馴染みをやってると思ってるの?」

「えーと、十年以上?」

「そうだよ。その十年以上の間、わたしは理彩ちゃんと一緒にいて楽しかったんだから、こんなことで離れたりはしないよ。むしろ、理彩ちゃんがこんなにわたしのことを思ってくれて嬉しいの」

 それからわたしは理彩ちゃんの首に腕を回して耳元で囁いた。

「だいすきだよ……理彩ちゃん」

「うっ!? ミコ? う、うわっ、うわわわ、え、えーっと……」

 理彩はすっかりパニクっているようである。ちらりと顔を見ると、これ以上ないくらいに顔を赤くさせて口をぱくぱくさせている。

 そのようすがおかしくて、わたしはさらに笑い出したくなったが、あることを思い出して表情を引き締めた。

「それで理彩ちゃん、チョコは結局どうなったの?」

 理彩は答えてくれた。わたしがチョコを床にぶちまけた後、綺麗なところだけをボウルに集めて冷やしたという。冷蔵庫を開けて確認したところ、ハート型のものは無理だとしても、チョコトリュフならたくさん作ることはできそうである。

「今日はもう遅いから、明日、一緒にチョコトリュフを作ろうね」

「ミコ、今夜は一緒に寝てよ。今から帰るのも遅すぎるしさ。パジャマ貸すし」

「いちおう泊まるつもりで、パジャマは持ってきたんだけどね。でもせっかくだから着てみようかな」

「そうこなくっちゃ! それにしても久しぶりだよね、お泊まり会なんて。いつぶりだっけ?」

「小学校五年生だよ。理彩ちゃんがわたしの家まで駆け込んだんじゃない」

「ああ、そーだっけ」

 懐かしむように理彩が言う。

「そうだよ。お気に入りのシュシュを家に置き忘れて、取りに行ったでしょ」

「よく覚えてるねえ、そんなこと」

「理彩ちゃんのことだもん。ちゃんと覚えてるよ」

「へへへ……なんか、照れくさいな」

 それから、わたしたちは寝支度を整えてから同じベッドに入った。

 お互い頭まで毛布を被り、手を繋いでお互いの体温を感じながら、わたしは気になったことを尋ねた。

「そうだ。理彩ちゃん、質問いいかな?」

「ふぁあ……。なあに?」

 大あくびを噛ます理彩。かなり眠そうだ。だけど、これだけ知りたい。

「理彩ちゃんは、あのチョコに何て書くつもりだったの?」

 毛布の中の暗がりで返ってきたのは、フフッという幼馴染みの微笑み。

「教えなーい」

「ええっ、ひどいよ~。気になって眠れないじゃないっ」

「言わないもーん。書こうとしたこと、ミコに先に言われちゃったし❤」

 数秒後、心当たりを見つけたわたしは頭が沸騰しそうになり、理彩の笑い声はますます高くなっていくのだった。


- HAPPY VALENTINE DAY -


―おまけ チョコトリュフを食べながら―


「そう言えば、理彩ちゃん」

「んー?」

「わたしにバレないように誤魔化したのはわかったけどさ。どうしてその相手が元カレの名前だったの?」

「あー、えー、それ。どうしても言わなきゃダメ?」

「ダメ」

「えーっとぉ……」

「じー…………」

「だ、だってアタシ、知り合いの男子の名前、一人も知らないんだし!」

「そ、そうなの?」

「本当は、あいつの名前なんか使いたくなかったよ。でも、他に誤魔化しに使えそうな名前も知らなかったし……。まさか、あんなにミコが怒るとは思わなかったよ」

「むぅ。怒るに決まってるでしょ。理彩ちゃんを傷つけた相手だもん」

「まあ、いいじゃん。過去のことでしょ」

「よくないよ。それにしても、理彩ちゃんはあれから異性の話し相手を全然作らなくなったね」

「だって、アタシはミコとさえ仲良くなれれば、それでいいし……」

「え、えええええ~っ!?」

「えへへ、だいすきだよ。ミコ❤」


-おしまい-

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