前編
「ミコ、アタシさ。バレンタインにカレへもう一度リベンジをしたいと思うんだ」
幼馴染みの発言にわたし……本村命の足が止まった。
義井理彩、十七歳。恋人はいないが、過去に憧れていた男子生徒あり。
しかし、そのカレというのがひどかった。
「本命以外受け取れないよ」の一言とともに突っ返された理彩の手作りチョコ。非紳士的な態度の報いは、理彩をボロボロに泣かせた罰とともに派手に訪れた。その出来事が学校中に広まり、女子生徒たちから一斉に嫌われるようになったのだ。
理彩の中ではとっくにカレの存在は人名録から抹消されたものと思っていたが、まさかまだ思いを寄せていたなんて。
「……やめといたほうがいいと思うよ。カレが理彩ちゃんのチョコを受け取ってくれるなんて思えないもん」
「そ、そっ、そんなのやってみないと分かんないじゃん!」
顔を赤らめ、必要以上に狼狽する理彩。ねえ、そんなにカレのこと好きだったの?
わたしがかなり嫌そうな顔をしていると、理彩は申し訳なさそうに言ってきた。
「それでねっ。ミコにもチョコ作りを手伝って欲しいの。ミコは料理得意だったじゃん! ねえっ、お願いッ、このとーりッ!」
わたしが、理彩ちゃんを傷つけた相手のために、協力……?
イヤだッ! と心から叫びたかった。でも、必死に両手を合わせる幼馴染みを見てしまうと、とてもそんなことは言えなかった。
バレンタインデー前日、わたしはチョコ作りのために理彩ちゃんの家に来ました。
せっかくだから私服も可愛らしくコーディネイトし、フリルの白エプロンも着用。理彩ちゃんは凄く可愛いと絶賛してくれたけど、その笑顔、バレンタインが成功したら次からあのカレシに向けるつもりなんだよね……?
市販のチョコを溶かし、二人でへらを使ってかき混ぜ合う。型に入れて冷やしている間、理彩ちゃんがノートに落書きした完成予想図をわたしに見せてくれる。アザラン(銀色の小さな粒)で縁取りしたり、ミルクチョコレートで文字を書いたりするらしい。文章はどんなのかは教えてもらえなかった。理彩は心から楽しそうに見えたが、どうしてわたしの前でそんなに笑えるの? あの男がそんなにいいの? わからないよ。
「やっぱり、ミコにお願いして正解だったよ。ものすごく手際がよかったもん」
心から褒めてくれてるの? と言ってやりたかった。アイツに捧げるためのチョコを手伝って感謝されても嫌味にしか聞こえないよ。
わたしが手伝ったのはあんな男のためじゃなく、理彩ちゃんのためだったのに。
どうしてこんなに苦しいの?
わたしはこの理不尽な事態によく耐えてきたと思う。だが、次の幼馴染みの言動に……わたしはカチンときた。
チョコが固まっていざデコレーションをするって時のことだった。固まったチョコとチョコペンを取り出してから、理彩は両手を合わせてわたしに言うのだった。
「ミコ、ホントにごめん! ここから先は一人にさせてくれない?」
「どういうこと?」
「えーと、その。文字書いてるところミコに見られたくないって言うか……」
次の瞬間、わたしの意識は白熱し、幼馴染みの頬をしたたかに打ち付けていた。
頬を押さえながら目を白黒させる理彩にわたしは静かに言った。
「そう、なんだ……」
「み、ミコ……?」
「都合の悪い場所だけやらせて、終わったら、わたしのことなんか用済みなんだ!!」
叫ぶと同時に、わたしは幼馴染みの身体を突き飛ばした。キッチンの床に尻餅をついた理彩は信じられないという表情でわたしの顔を見上げている。
何よその顔! 信じられないのはこっちだよッ!
「どうしてわたしがあんな男のために手を貸さなきゃいけないのッ! 理彩ちゃんはそんなにあの男のことが大事なの!? 一生懸命作ったチョコがどうなったか、リサちゃんの一生懸命な気持ちがどれだけ踏みにじられたが、もう忘れたのッ!? 理彩ちゃんがこんなに頭が悪かったなんて知らなかった!!」
わたしの怒りは収まらなかった。むしろヒートアップして、せっかく作ったハート型のチョコを床にたたきつけた。
「いやあっ! ミコ、どうして……ッ!」
理彩の悲鳴が今はとても不愉快に聞こえた。あの男のために泣いているというなら、そんなチョコなどメチャクチャにした方が遙かにましというものだ。
わたしはこれ以上なく、険しい表情で理彩のことを見下ろした。
「別に理彩ちゃんがおバカでも構わないよ? でも、自分だけの都合でわたしを巻き込まないで!!」
「違う、違うの! ミコ、待って、待ってよおっ!」
泣き叫ぶ声が聞こえても、わたしは振り返らなかった。
わたしは幼馴染みをキッチンに置いて、エプロン姿のまま家を飛び出した。