『こどく』
どこか地球から遠くはなれた宇宙船団の1室。
ごく一般的な一家がテレビを見つめていた。いや、この一家だけではなく同じ時刻に同じ内容を見ていた人は何兆といるだろう。おそらく宇宙船団の乗組員全員が見ていたのではないだろうか。
「今、人類最古の友であり最長の隣人『犬』が絶滅しようとしています」
テレビの中の人は犬がどんな生物なのかを仕切りに解説していた。
「ねぇパパー、『犬』って何ー?」
膝に抱えた子供はテレビを見ながら父親にそう問いかけた。
「大昔には沢山いて人類のペットとしてずーっと一緒にいたんだよ」
あまり詳しくない答えだがこの時代の人としてはしょうがない。なにせ人間以外の種族の生物はここ千年以上の長い船旅についてこれなかったのだ、犬と人類以外はもう100年以上前に絶滅している。
牛や豚と言った家畜も人工肉に取って代わられて長い、少なくとも「天然」の味を知る人が居ない程度には。
「ふーん」
子供はどこか上の空でテレビをじっと見つめていた。
「ねー『犬』って独りぼっちなのー?」
「そうだね、彼は一人ぼっちなんだ。友達はいても家族はいないんだよ」
父親の答えに満足したのか子供はまたテレビを見つめ始めた。
すると、大変なことに気がついた。とばかりに子供は再び父親に問いかけてきた。
「ねえねえ、じゃあ人間も独りぼっちになるの!?」
父親は言葉に詰まった、考えたこともなかったからだ。しかし、言われてみればそうだろう、『犬』が死ねばもう他に人以外の生物はいない。この広大な宇宙の中でたった1種族となるのだ。これを「独りぼっち」と言わないでなんと言うのだ。
「そう……だね。独りぼっちになっちゃうね」
だが父親は子供の手前 でも、と言い一言付け足した。
「友達はいなくても家族はいるよ」
そう言うと父親は子供を抱く力を少し強めた。
暫くするとテレビの様子が慌ただしくなりだした。
「今、『犬』の呼吸と脈が弱くなってきています。後5分もしない内に死んでしまうでしょうとのことです」
テレビのリポーターは真剣そうな表情で伝えてきた。
寝そうになっていた子供はまるで遅刻しそうな時間に目が覚めた、と言わんばかりに素早く起き上がった。
「死んじゃうの!?」
子供はテレビに釘付けとなり他のことはどうでもいいとばかりに一心不乱にテレビを見続けた。
数分後。
テレビの向こうで『犬』の目が閉じた。しかし、開くことはなかった。
「今、『犬』が死にました」
いつもは余計なことも喋ると評判のリポーターが今日だけは言葉数が少なかった。
「遂に、私達はこの広い宇宙で孤独な旅人となってしまったのです。皆さん『犬』に、いえ。最も親しかった友人に黙祷を捧げましょう」
そう言うとリポーターは目を閉じ冥福を祈り、リポーターに釣られるように宇宙船団乗組員全員が黙祷を捧げた。
次の瞬間。全人類は見渡す限り白く、また人によって埋め尽くされた空間に居た。
何が起きたのかも分からず、数秒呆けていると、上空に人が浮かんでいるのを誰かが発見した。
「お、おい!誰かが浮かんでるぞ!」
誰が言ったかは分からないが釣られて周りにいた人たちは全員上を見上げた。
古代ローマに出てくるような白い布を羽織っただけの人が空に浮かんでいた。
「いやーどうもどうも!」
見た目からは似つかないほど軽い声が驚くほど遠くまで響いた。
「おめでとう!人類!ようやく最後の1種族だ!これで憎たらしいアイツをぎゃふんと言わせてやれる!」
こどく
孤独
仲間や身寄りがなく、ひとりぼっちであること。
蟲毒
器の中に多数の虫を入れて互いに食い合わせ、最後に生き残った最も生命力の強い一匹を用いて呪いをすること。