召喚された王子の話 壱 (何も始まっていないプロローグ、これを食事に例えるなら前菜以前にテーブルに向かうところだよね)
上記の予定が、全然進まなかったので取りあえず壱話だけ投稿。続きは書けたら同様に短編形式で投稿します。初投稿です。
荘厳な姿を湖面に映す白亜の王城の片隅に純白の神殿がある。
作りは質素ながらも重厚であり、みずみずしい回りの樹木と合わせ、清廉な空気を纏っている。
そんな神殿の中央には天から射す陽光に照らされた円形の幾何学模様が描かれ、その周りを取り囲む様に白い独特の服装を纏った人々が幾人も立っている。
一際目立つ髭を腰まで伸ばした老人がそこに歩み寄ると、場の空気は一気に緊張に包まれた。その老人の手には半透明ながらも光り輝く書物があり、それを捧げ持つ様に頭上に掲げる。
それが合図であったようだ。
白の長衣を纏った人々が次々とその手を頭上に掲げる。
老人が厳かに何やら唱え始めると、更にその場の空気は緊迫したものに変わる。
老人の声に合わせて金の螺旋が陽光から溶け出る様に溢れだし、美しい紋様を紡いでいく。
それに合わせて長衣を纏った人々は脚はその場に、上半身だけを動かしながら老人に追従して声を出す。
今度は地にある幾何学文様から銀の光がこぼれ始める。
その様子を陽光の当たる場所の外から厳しい顔をして眺める人々がいた。
いつもなら参拝客の為に規則正しく配置されている長椅子はすべて壁際に押しやられ、大理石の床がむき出しになっている。そこに立つ二十代だと思われる赤髪の青年は少し顔を青ざめさせながらもその美しくも恐ろしい儀式を見守っていた。服装はシルクが使われた上質なもので、頭に頂く冠も重厚な金細工だ。時折光によって反射する青年の冠に付けられた大小様々な宝石を時々まぶしそうに見やりながら、青年の横に控えていた男は生唾を飲み込んだ。ここの空気は重い。男はそれでも歴史に残るような剣のの使い手であり、実際に戦場をも体験した兵であるが、今のこの神殿に充満する空気は唯人には重すぎる。
必死になって祝詞を紡ぐ神官たちの顔色も青を通り越しても最早死人のように白い。ただ、聖伝の書を捧げ持つ大神官だけはなんとか顔色を変えずに済んでいるようだ。
早く終わってくれと、自らが始めたのにそのように願うその場にいる人々の願いを聞き入れる様に、儀式は最終段階へと移行していく。
金の螺旋は上空にて床に刻まれた幾何学模様と同じ形をとり、床からこぼれた銀の光は細い蔦の様に二つの紋様の間を這う。まるで鳥かごのようにその場が形成されると老人は祝詞をやめ、静かにその手にある聖伝の書をその光り輝く籠へ差し出した。同時に神官たちも上空に掲げていた手を前へ突き出す。その籠に何かを捧げる様に。
やがてその場を爆発的な光が包み込み、人々が眩しさに目を覆い、顔を背けていると清涼な音がこだまする。硝子のような水のような、清らかな音色と光の収束を感じて人々が顔を上げればその場には一つの変化があった。
今まで奇跡が行使されていた場に一人の青年がポツンと、目を丸くしながら立っていた。
成功だ、と誰かが呟くと、その声は騒めきを通り越して爆音となって神殿内で響く。
人々は口々に成功だと騒めき、叫び、歓喜に満ち溢れた表情で隣人と肩を叩きあう。
奇跡の行使者たる白い長衣を纏った神官たちは精も根も尽き果てた様にその場に倒れこみ、騎士に丁寧に担がれていく。その顔は死人のように青白かったが、何かをやり遂げた達成感に満ち溢れていた。
一人だけ倒れなかった老年の大神官も脚をふら付かせ、年若い見習いであり、付き人である青年に支えられていた。
人々の顔は喜びに紅潮し、興奮止まない様子で、赤髪の王冠を戴く青年はほっとしたように息を吐き出していた。
そう、みながみな、何かが終わったような達成感と成功した興奮でざわめき、浮かれていたのだ。ただ一人を除いて。
美しい幾何学模様の召喚陣の上で状況が呑み込めないようにぽかんとした顔をしている少年をのぞいて。
「……は?」
歓声の中で少年の小さなつぶやきはかき消された。