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道筋  作者:
3/3

父親が亡くなった話



父親さんが亡くなったときの話。







いつも通りの土曜日の朝。





学校がないので、私はいつもよりゆっくり起き、着替えを済ませ、リビングでニュースを見ていた。


母親が二階へ登っていくのを横目でとらえ、またテレビを見る。






その直後だった。





 





「いやーっ!!パパァ!?パパァ!!」



二階から響く母の悲鳴。



普段母があのように父を呼ぶことはまずなく、すぐに異常事態であることを理解した。


ほぼ反射的に、私は電話に飛び付き119番を押していた。




3、4回程のコール音が途切れ、若い男の声



『はい、こちら消防です』


未だに二階から聞こえてくる母の声を頼りに、状況を想像する。



「父が、父が動かないんです」



思った以上に焦っていたらしく、早口になってしまう。


『救急ですね?』


「はいっ」



その時、飛び込んできた母の声。




「やだぁっ、冷たくなってんじゃん!!」



混乱しているのだろう。


何を言っているのか、あまり理解していなかったのだろう。



でも、その言葉を聞いたとき。



─────もう、ダメだな。


あっさりと

そう思った。





母が駆け降りてきて、私から受話器を奪う。


住所を伝えたあと、隊員から、心臓マッサージなどの蘇生法を試すように指示されたらしい





もう無駄だろ。

なにやっても無理だよ。





口のなかでそう呟き、


救急車を誘導してくると告げ、家を出た。




そのとき住んでいた家には、カーブの途中にある、車1台分しかない細い道を通らなければ行けなかった。


道を見つけられず、通りすぎてしまう人も沢山いた。


道の入り口辺りに立ち、救急車が近付いて来ないかと耳を澄ませていると、姉が駆け寄ってきた。



「お父さんがっ…死んじゃったらどうしよう」



今にも泣き出しそうな声に、慰めをかける気にはならなかった。




「もうダメだよ」



短く、ただ事実だけを伝えると


「そんなこと言わないでよぉっ!」




姉は膝をついて泣き出した。



遠くから、救急車のサイレンが聞こえて、姉の嗚咽と混ざりあっていた。










救急隊員が担架を玄関の前に準備して、父がいる寝室へ入っていったが


担架はすぐに片付けられた



もちろん、父が既に死後硬直を果たした立派な遺体だったからだ。




母と姉が抱き合って泣いている。


二人の弟は、まだ小さく、父の死の意味を知らずに、間近で見る救急車に喜んでいた。


頼れる人はいない

だから


私がしっかりしなければ


生まれた義務感は、悲しみよりも遥かに大きかった。



しかしできることの少ない今、どうすればよいのか迷いながら母の背中を支え、慰めた。


一度、手を振り払われ拒絶の意を示したのは、私が泣かなかったからなのだろうか。




救急隊員は、

去り際に私に声をかけた。


「お母さん達を、よろしくね 支えてあげてね」



私は、ただ、頷いた。



口を開いたら、涙がこぼれそうだったから

無理ですと、弱音をはきそうだったから。





救急隊員に背を向け、俯いた瞬間



涙が一粒滑り落ちた。









救急と入れ替わりに警察が来た。



鑑識の道具は、何度見ても興味深い。


そんなことを思いながら、鑑識が終わるのを待った。



父の隣で寝ていた母は、事情を聞かれたりしていた。



結果は、無呼吸症候群。



イビキをかいているうちに、舌が気道を塞ぎ、そのまま……。



ということだった。




S家の人も来た。


涙を流しながら、父にしがみついていた。



「ほら、お父さんだよ」



と泣きながら、弟や私に死体を触らせる祖母の精神は理解し難かった。



父の遺体は、一階の和室に寝かされた





その日の昼、惣菜などを買ってきて並べたが、皆、なかなか手をつけようとしない。


だから私は真っ先におにぎりを手に取り、かじりついて笑った



「ほらほら皆、今の内に食べとかないと後持たないよ?」



食べ物が入ることを嫌がる胃に無理矢理おにぎりを詰め込む。



そしてまた笑って、母方の祖母に別のおにぎりを渡すと、他の人もやっと食べ始めた。



会話も少しはありあまり暗くならずに済み、少しだけ安心感をもてた。





その夜、布団に入って気を抜くと涙が流れた。


悲しみからか来る涙か、虚しさからかのものか。


悲しみであることを望みながら、せっかくやっとまともに流れ出た涙を止めることはせずにたれ流す。




そして恐怖に苛まれる。



───明日、朝起きて別の誰かが死んでいたら───


次々死ぬなんて、そうそうないことだと理解している。

でも


死はとても身近なものだった。


誰かが死ぬ度に同じ恐怖を味わってきた。


その繰り返しなだけなのに、どうしても他人の死は怖くて怖くてたまらない。


何度神という確証もない存在に他の誰よりも自分を先に殺してくれと祈っただろうか。


しかし、今回はただ歯を食いしばり、自分がしっかりしなければと


祈ることをやめた。




そして膝を抱え、ただ、皆が明日無事に朝を迎えてくれるようにと願った。



朝、誰かが欠けるということはなく、全員が起きてきた。


私が一番早く起きていたことに、皆は驚いていたが、その日から毎日のように一番早く起きるようになった。





葬式では、泣かなかった。


涙が溢れそうになる度、上を見上げ、別のことを考えた。




葬式にわざわざ来てくれたクラス代表の人たにちは冷たい人間と思われたらしく、学校ではとんでもない噂が流れるのだが


それはまた別の話。




葬式の後、父は焼かれ、骨と鉄分等だけになった。


まだ熱い骨を箸で拾い、骨壷へ放り込んだ。




そうして、

父の死は過ぎていった。






父親さん


ちゃんと悼んであげられなくて、ごめん。



本当は、墓前で謝りたいのだが、それは叶わないのだろう。



だから、忘れないようにしようと思う。


私は実の父親の死を悼まなかった最低な娘だ。


最低な父親の、最低な娘。


これからもあなたの話は笑いながら語ろう。


悲しくなんてない、どうでもいいことなのだと騙ろう。



そして、懺悔し続けよう。

赦しのない

忘れないための懺悔を。




私はそれしかできない、ダメな人間だ。




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