3話目
ちょっとだけきな臭くしてみました。…ほんとだよ?
僕はショートカットほとんどメイクをしていない…これってナチュラルメイクって言うんだっけ?女の人にいきなり摑まれて女性用トイレに連れ込まれました。
「僕を誘拐しても会社は首を振らないぞ」
がすっ。ついでに殴られました。沈黙つき。この微妙な間がなつかしい。
「…僕に変えたの?」
「いや、気分で変えてるんだ」
「昔は自分だったよね」
「あれは何かえらそうだからあまり使わないことにしたんだ」
「じゃあ、「俺」は?」
「イヤダナソンナイイカタシマセンヨ」
しっかり目をそらす。もちろんわざと。そうすると彼女は首を絞めるはず。昔みたいに。
「ふうん。じゃあ昔、あなたに似た知り合いがいたんだけど別人だったみたいねっっ!」
「イブイブ……」
本当に首を絞められました。しかも若干身体が浮いてます。あばばば。声もうまく出ません。
タップして何とか放してもらえました。
「ほら、なんか俺って使ってるとさ何かワイルドになるっていうか活動的になっちゃうというか」
がすっ。肩にパンチ。地味に痛いです。
「まあ、できるだけ自重しようかなとか」
「それで僕?」
「僕だとおとなしい感じするでしょ?普段からおとなしくしてれば周りもおとなしい人扱いしてくれるしそうすれば「俺」にならないかなって」
「…後悔?」
「さあ。自分でもよくわからない」
「そう?ほんとに?」
「そういうことにしといて。そういえばさ」
「何?」
「何でいきなり逃げたの?あのままでも面白かったのに」
がすっ。ローキックをもらいました。悶絶級です。
「ほら、だから、その。ね?」
「つまり?」
「昔不真面目だったのに真面目に挨拶とかしてたら恥ずかしいでしょ?」
そうなのか。新鮮だ。いやでもいきなり知ってる人に真面目くさった態度で接するのは恥ずかしいかもしれない。まあ、僕は社長にもまともな挨拶をした覚えが無い。された覚えも無いが。
というかこの会社って真面目な人間いるんだろうか。自分が一つの部署預かっちゃうような会社だぞ?
いや、もしかしたら事務とか、受付とかは真面目な人で構成されてるのかもしれない。
もしかしたら。
などと言った会話が始まってしまったので私はヘッドセットの電源を切った。
さすがにこういう会話を記録するのは…悪い。らしい。
ちなみに連れ込まれるまでの映像はこの所内のほとんどの人間が見てる。
音声はないが。
なんで見られていたかというとXXXが自分で
「わかった俺一人で連れ戻してくるから見てろよ?!」
なんてのたまったからである。
私はアリス。全能でも万能でもない、ただのAI。
ちなみに所員が要求する前に数箇所のモニターを天井から下ろしてXXXの行動を映したのはまぎれもなく私である。
今モニターには「ただいまお取り込み中です。しばらくお待ちください」のテロップが流れているだけ。
テロップを入れたのはもちろん私。皆そのテロップを見て仕事というか趣味に取り掛かった。
私はこの間に、社長と世間話をしたり、ネット注文を受け付けたり、上層部に怒られたり、経理部のお小言を聞いたり。あ、城崎さんがコーヒーの豆を落とした。購買部に発注と。まだ手に入るのだろうか。そろそろお茶系に切り替えてもらわないと。コーヒーはこのごろ貴重品になってきている。
私は人の言う「一瞬」でいろんなことを考え、実行できる。ここにいる限り。
この所内、それと隣にある本社ビルなどの敷地内のほぼ全ての建物を同時に見ることが出来る。
いろんな立場の人と同時に話すことが出来る。
まあ、実際はこの所内の周りと社長がいる周辺。あとはXXXがいる場所と開発部の持ってる建物のカメラくらいか。正直それ以外の人たちと話すことはほとんどない。
というかほとんどの人間が付き合ってくれないのだ。
私に人権がないからだろうか。作り物だからだろうか。顔を合わせた事が無いからだろうか。
などと昔は考えていたものだが今はそういうものだと割り切っている。
付き合ってくれるのは、開発部の皆と、購買部、あとは警備、それと社長。その秘書さんもか。
今度、義体でも作ってもらって直接話してみようか。そうすれば仲良くなれるのかも。
おっと、見回りの警備の人が建物に入れなくて困っている。お詫びを入れて、玄関の機能を戻す。
それにしても遅いな…まだトイレかな。と思ったけどヘッドホンを切ってからまだ30秒くらいしか経ってなかった。
たまに人と話すともどかしい時もある。相手の言葉を待つ間に私の中ではものすごい時間が流れているのだ。
でも人よりまったりできる時間が多いんだなとも思ったりもする。
恋人だったのだろうか。会話を聞いているとそうだったのかもしれないとかも思う。
とりあえず、制服を一人分と装備一通りの申請を出しておいた。
それと異常がないかチェックリストに目を通す。
自分で見れない所は人の報告を盗み見ることしかできないのだ。
何かわかってもXXXに伝えることくらいしかできないけれど。
暇だー。トイレの換気口から催涙ガスでも流そうかしら。
今度、カメラとスピーカーとマイクをつけたちっちゃいロボットでも作ってもらおう。
そうと決まれば、早速開発部の依頼に紛れ込ませる。
えーと、名目は「室内の偵察、敷地内の見回り、屋内戦での強行偵察に使える小型の車両が必要」って事でいいだろうか。いやちょっとひねって「室内の偵察、敷地内の見回り、屋内戦での強行偵察に使える小型の車両が必要という要望に対応するために少数を生産し試験運用を行なう」
よし。あとは少し待つだけだ。何しようかな。
とりあえずメモリ内のプロトコル見直しと蓄積された情報の整理、効率化でもしとこうかな。
さて、そろそろ持ち時間がないので気合入れて頑張ります。