そういう事は最終決戦の後にやってくださいっ!
世界征服を企む魔王は、既に追い詰められていた。侵略された土地の大半は、既に勇者たちの活躍により取り戻されている。残すは魔王の居城周辺を残すのみであった。
勇者の宿命は、あと少しで果たされる。
そのために必要となるのは、妖精が鍛えし一振りの聖剣。それさえあれば、無敵とも称される魔王を打ち倒すことができるのだ。
勇者一行は、魔王城からほど近い街で、その完成を待っていた。
「緊張する。ドキドキする。もう少しで、もう少しで魔王との決戦なんだ」
領主の屋敷に部屋を借りる勇者一行の一人、魔法使いのミルゥは、落ち着きなく部屋の中を歩いていた。
緊張を解きほぐすかのようにぶつぶつと独り言を発し、部屋の中を行ったり来たり。
そうした緊張は、彼女の見た目からも起因しているのだろう。
勇者一行、四人の中でも一番幼く、十五歳。魔法学校を首席での卒業は確実としていた才女であり、その実力からスカウトされて旅に同行したのだ。
その時、十三歳。活躍を夢見る少女だった。
それが旅を経て現実を知り、その溢れる才気で乗り越え、ここまでやってきた。並大抵のことでは動じないと自負していたが、全ての成果が形となる手前とあって、その緊張は隠せずにいた。
「うぅ、みんなはどう過ごしているんだろう。スタンドプレーが多くてよく判らないし、……探してみようかな?」
そうして、小柄な体躯をぴょこぴょこと揺らし、部屋を出た。
しかし、三人の部屋を訪ねるも留守だった。外に出たのだろうか。ミルゥもまた、屋敷を出ることに決めた。
「ミルゥちゃん、お出掛けかい? もう夕方だから、遅くならないようにね」
「私はそんなに子供じゃないっ!」
心配そうに話す門番に、ぷりぷりと怒鳴る。そうして、ミルゥは歩幅大きく市街地へと繰り出していった。
石造りの家々が、夕日を受けて赤く染まっている。少し時間を遡れば、白く美しかったのに。ミルゥの怒りはどこへやら、少し微笑んで街を歩く。
「バナナが安いよぉ! 開国王が齎したチョコバナナもあるよぉ!」
いつの間にか、商店街までやってきていた。
この世界はかつて、異国から訪れた勇者が悪政を敷いていた国を正し、様々な知識や文化を伝えたという伝説がある。
チョコバナナもその一つであり、チョコレートと言う存在を齎した開国王を、ミルゥも尊敬してやまなかった。
「チョコバナナ、一本ください」
「はいよ――、って、ミルゥ様かい。チョコスプレー、ちょっとサービスしておくね」
売り子の男性が、内緒だよ。と人差し指を口に当てる。少しだけ申し訳なく思いながらも、代金を払ってありがたく受け取る。
「あの、みんながどこにいるか知りません?」
パクつきながら、行方を聞いてみた。
「その辺をブラブラしているんじゃないですかね。普段からそうですよ。……あ、噂をすれば」
指差す方向に、賢者の姿が見えた。
豊かな銀髪を棚引かせる、とても美しく、博識な人物だ。
ミルゥもその知識の豊かさに尊敬をしていて、魔法以外の知識に疎い彼女の教師役でもある。
彼女のことだから、最終決戦の後のことを緻密に計算をして、新たな世界の発展に尽くすつもりではないか。
ミルゥはそう考え、話を聞こうと後を追った。
広場に出る。噴水から噴き出す水が、夕日に染まって幻想的な姿を見せている。
その傍らのベンチで、戦士が一人黄昏れていた。
筋骨隆々。さっぱりとした短髪に端正なマスク。その不屈の闘志は、幼さから来るミルゥの弱気を鼓舞してくれた。
彼にも話を聞こうか。いや、今は賢者を追いかけたい。歩幅の違いから、徐々に引き離されようとしていた。
慌てて追いかけようとすると、広場から見える高台の展望台に、勇者の姿を見つけた。
彼女とは比較的年の近い、十八歳の若き剣士。魔法の才能もあって、ミルゥは先輩風を吹かせて教えたこともあった。
若々しく、活発さが滲み出る笑顔は見ていて清々しいものを与えてくれ、数々の壁にぶち当たり、思い悩むことがあっても、その笑顔を忘れなかった強さを、ミルゥは密かに尊敬をしていた。
彼は今、何を思うのだろうか。
ふと立ち止まってしまい、気が付くと賢者の後ろ姿は曲がり角を曲がろうとしていた。
はしたないと思いながらも、慌てて駆け出す。
そうして角を曲がると――。
「やだ、ユウトくん、客引き? 珍しー。仕方ないなぁ、お姉さん、誘われちゃう!」
ホストクラブに入っていく賢者が見えた。
「……」
未だ清廉潔白なミルゥは、口をあんぐりと開けてそれを見ていた。
自分には、自分たちには縁が遠いと思っていた世界。魔王が遣わすモンスターを倒し、世界を平和に導く尊き一団。ミルゥは、自分たちを勝手にそう位置づけていた。
その衝撃は、ミルゥに少しの変化を齎した。
てくてくと店舗まで歩みを進め、窓にへばりついて中を見ようとする。が、カーテンに遮られていて中の様子は窺えない。
「こらこら、君は駄目」
ガードマンらしき男に、脇を抱えられて離される。
「いいじゃんっ! なかでどんな事をやっているか気になるじゃんっ!」
「もう少し大人になってからね」
「私の仲間が入っていったのっ! 一緒にお茶をするだけなのっ!」
「はいはい。もう少し大人になってからね」
軽くあしらわれて、曲がり角まで戻ってきた。
べーッ! と舌を出してガードマンを睨みつけると、戦士に言いつけてやろうと駆け出す。
戦士は丁度、腰を上げたところだった。
その足取りは軽く、ミルゥはなかなか追い付けない。商店街の路地へ入り、華やかな装飾が施された店舗に入っていくのが見えた。
その店の窓には、カーテンがない。どんな店なのか覗いてみると――。
「ご主人様、最後の仕上げ、萌え萌えパワーを充填しますよー。そぉれ――」
「もーえもえ、もーえもえっ!」
オムライスを前にして、傍らに立つメイドと一緒に呪文を唱える戦士がいた。
(ハレンチだ、ハレンチな店だっ!)
顔を赤くしながら、ミルゥその行為をじっと見ていた。ミルゥにとって、男性と女性が店内で会話をしているのがハレンチに見えて仕方がなかった。
ミルゥは未だ、清廉潔白なのだから。
「お嬢様、ご帰宅ですか?」
気が付けば、隣にメイドが立っていた。
短いスカート、鎖骨のあたりに布地はない。そんなメイド服を、ミルゥは見たことがなかった。
「あ、あ……」
緊張して、なかなか声が言葉にならない。最終決戦とは、まったく異なるベクトルの緊張だった。
この違いはなんなんだろう。ミルゥの思考は彼方へと飛躍する。
「えっちっ!」
「ええっ!? なんでっ!?」
たまらず逃げ出した。
今はなんだか、勇者の笑顔が見たくて堪らなかった。広場まで戻って、展望台を望む。そこに姿はない。どこに行ったのだろうかと探すと、丁度広場から続く路地に入ろうとする後ろ姿が目に入った。
後を追う。路地に入る。初めての道だった。
そこには何があるのだろうと、少しのドキドキが胸にやってきた。
「おっと、お嬢ちゃん。ここから先はまだ早いよ」
再びのガードマン。
「退いてっ! 仲間がこの先へ行ったのっ! ねぇ、ここには何があるの?」
「……桃色の世界さ。主に、漫画の市場だね」
「漫画? ……私、読んだことない。読んでみたい」
「それなら本屋に案内しよう」
「え、ここにもあるんでしょ?」
「あるけど、ね。……それで、判ってくれないかな?」
ミルゥはよく判らなかった。だから、自分では駄目で、勇者は良い理由を考えてみた。
やがて、一つの結論に達した。ミルゥが取るべき選択は、最早一つしかない。そう感じて、天に向かってこう叫んだのだった。
「そういう事は、最終決戦の後でやってくださいっ!」
生存本能を、彼女はまだ知らない。何故なら清廉潔白だから。




