第9話 あ、言っちゃった
結果からいえば、ジークリンデはオレの献策を入れなかった。
これに関して言えば、オレはまったく気にしていない。
というか、ジークリンデに仕える前、この策について考えている段階で、きっとジークリンデはそうするだろうなとオレは確信していた。
その前提でこの策をジークリンデに勧めたし、却下されてもいいと思っていた。だから、無理に説得しようとしたり、食い下がったりもしなかった。
ジークリンデにはジークリンデの王道がある。その王道を実現させてこそ、真の忠節というものだ。
そういうわけで、ジークリンデは『報復』ではなく『修復』を選んだ。関係性の修復、つまり、第二皇子に今回の婚約破棄をなかったことにさせるという道を。
「断られるのが分かっていて献策してた?」
話し合いを終えて、中庭に出ると開口一番、トモエが言った。声には非難するような、あるいはどこか感心しているようなそんな響きがあった。
見抜かれていたか。まあ、今回は露骨だったしな。オレの腹芸はまだまだってところか。
「ジークリンデ様は慈悲深いお方だ。オレや君とは違い、敵に回ったからといって身内をすぐに切り捨てられる方じゃない。可能性があるうちは、八方よしとしたいのさ」
実際、この婚約破棄をなかったことにできるのなら、それもそれで悪くない。
かねてからの計画通りに第二皇子とイリアナの婚姻が成立すれば、第一皇統派は第二皇統派という同盟相手を得られる。
……まあ、その同盟にどれほどの効力があるかには正直疑問符が付くが、そこはこの際いいだろう。何も得られるものがないよりはマシだ。
「今回の婚約破棄はまだ内々の話だ。公式に発表されたわけじゃないし、噂も広まっていない。今なら十分に『なかったこと』にできる」
「だから、直接脅しに行くの? まあ、そっちのが好みだけど」
「そういうこと。間に合わなければそれでもいい。今度こそ報復するまでの話だからな。当然、どちらにも対応できるようにしてある。あとは各所に書状を出すだけだ」
これに関してはジークリンデも了承済みだ。
万が一第二皇子が翻意しなかった場合は報復行為を実行する。 タイミングが遅れることもあり最大の戦果は望めないが、それでも原作よりははるかにマシだ。
「……解せない」
そこまで話したところで、トモエがこちらを見つめていることに気付く。
もう少しで解けそうなのにどうしても答えの出ない問題を解いているような、そんな顔だった。
「なにか、不明なところがあったか?」
「いえ、解せないのはあなた」
妙なことを言い出すトモエ。
オレが解せない……? なぜだ? 至極単純にジークリンデのために動いているつもりなんだが……、
「あなたは武勇に秀で、知略にも長けている。実戦の経験もある」
「……そんなことも分かるのか?」
「微かな血の匂い。ああ、別に匂うわけじゃない。でも、分かる。戦場に立ったものには消せない残り香が付く」
そういうものなのか。思いがけず自分の匂いを確かめるが、トモエの言うような匂いはしない。
だが、彼女の言う通り、オレはすでに初陣を済ませている。つまり、実際の戦の場に出てこの手で敵を殺した。
自ら望んでのことだ。
オレには原作知識というアドバンテージがあり、前世今世で戦略戦術の勉強もしていたが、それはあくまで机上の空論。本物の戦でどのように使えるかを確かめておきたかった。
まあ、オレの経験したのは大規模な貴族同士の戦ではなく傭兵崩れの山賊の討伐という小戦ではあったのだが……いい経験にはなった。
特に、どれだけ事前に策を建ててもすべて想定通りに行くことはありえない、と経験として知れた。
「であれば、仕官先はどうとでもなったはず」
「まあ、うん、誘いはあったな」
確かに騎士学校を卒業した時点で、方々から誘いはあった。
こっちの派閥に来ないかとか、外征軍に志願しないかとか、ぜひ婿に来ないかとか。面白どころでは、貴族の位を捨てて一緒に商家を立ち上げようというものもあった。
だが、全部断った。
オレの忠誠はジークリンデにのみ捧げるもの。この道を選んだことに一切の後悔はない。そのためには半年間、ジークリンデからのおよびがかかるまで帝都で無聊を慰めるのも苦ではなかった。
けれど、その動機について人に説明するのは難しい。前世から推しだったのでなんて言った日には、頭がおかしくなったと思われて屋敷の奥に幽閉されかねない。
というわけで、ここはオレの知る原作でのエピソードをトモエに話すとしよう。
この話を知ればトモエも少しはジークリンデの王としての器を理解できるはずだ。
「帝都の端に、ある療養所があってな。そこではどんな病人、怪我人も平等に受け入れてるんだ。たとえ助かる見込みのないものでも受け入れて、痛みを和らげる」
近くのベンチに腰掛けて話始めると、トモエも隣に座る。
互いの心音さえも聞こえそうな至近距離。トモエは興味深そうにオレをのぞき込んでくる。
……やっぱりすげえ美人だ。心拍数が上がるのが分かるが、オレはジークリンデの従者だ。この程度のハニートラップ……耐えてみせるとも……!
「……その療養所をあの姫が作った?」
「そうだ」
「…………薬の無駄、じゃない?」
容赦ないうえに端的な理解だ。
けれど、それはこの時代の、この世界においては当然の反応だ。
むしろ、この世界においてはジークリンデこそが最大の異端。彼女の優しさは他の貴族からは異様にさえ見えるだろう。
「ああ、無駄だ。だが、傷つき病んだものの最期がせめて安らかであれと願うことは、善いことだとオレは思う。例えそれが帝国の習俗にそぐわずとも」
統一帝国はその始まりからして戦士を尊ぶ戦士文化の国だ。
そのため戦場で死したものは尊ばれるが、ほかの死に方に対しては驚くほどに非情で、貴族の中には戦死以外の死を恥と考えているものさえいる。
ジークリンデはそんな文化とも戦っている。病であれ、傷であれ、それに抗い生きることもまた戦いであると彼女は考えているのだ。
こうした異端ともいえる思想を抱いたのには、ジークリンデの母親である『クリームヒルト妃』が関係している。
見識深く気丈だった母親が流行病で亡くなり、その葬式の喪主を幼いジークリンデは務めた。
参列者のほとんどいないあまりにも寂しい葬儀。その経験が彼女の道を定めた。
「…………いいことだとは思うけど、偽善だ。君主は片手で情けを施し、片手で鞭を振るうものでは?」
「ああ。そうだ。彼女も皇族である限りその因果からは逃れられない。でもな、あの療養所を彼女が建てたことをほとんどの者が知らないんだ。貴族だけじゃなくて、そこで世話になっている者たちも誰のおかげかも知らずに治療を受けてる」
「………………は?」
トモエの顔には理解不能と書かれている。
まあ、当然の反応だ。オレも原作でこのことを知った時には同じように驚いた。
「なぜ? 理解できない。せっかく善いことをしたのなら喧伝すべき。名声が欲しくないの?」
予想通りのトモエの反応に、思わず笑みがこぼれる。
オレもそう思った。自分の善行は大声で宣伝し、他人の悪行はさらに大声で広めるのが君主の、いや、人の本能というものだ。
でも、ジークリンデは違う。彼女は自分の善行を広めたりはしていない。
なぜか。彼女は傷ついたものに恩を着せたくなかった。ましてや、彼らの救いを己の手柄にするようなことはできなかったのだ。
「ああ。バカだろ? 賢く実をとればいいのに、彼女には誠実であることの方が大事なんだ」
そうだ、バカだ。皇族としても、貴族としても善行は大いに喧伝すべきだ。
でも、ジークリンデは利益のために、あるいは、何らかの目的のために誰かを救う、それ自体が『善行』に対する不誠実な行為だと考えた。
まじめに過ぎるし、あまりに不器用だ。皇帝を目指すものとしては不適格といってもいい。
「だからこそ、オレは彼女を押し上げたい。いや、彼女のような人こそ皇帝になるべきだ」
でも、そんな真面目過ぎるジークリンデの在り方に、オレは憧れた。なにに付けても打算的になってしまう自分では決して届かない生きざまだと。
その余熱が今も、オレの心臓を動かしている。
「…………なるほど。その顔で理解できた、着ける薬がないとはこのことか」
「どういうことだ?」
「思わぬ強敵がいたということ。でも、本妻は譲らない」
今度はこっちが困惑する番だ。
トモエの横顔に浮かぶのは闘志と、あとは微かな嫉妬か……? 親指の爪を噛んで悔しそうにしていた。
「…………どういうことだ?」
なぜだ、ここはオレの熱いジークリンデ語りに感銘を受けて、では自分もジークリンデ殿下に仕えようとか言い出すところじゃないのか……? オレの本妻がどうとかそんな話してたか……?
「でも、いいことも知れた。貴方は『武士だ。少し色惚けてはいるけど、武士は武士。わたしは運がいいらしい」
そうしてトモエはオレの顔を見て静かにほほ笑む。
月の下の彼女は妖しいまでの魅力を帯びていて、一瞬我を忘れてしまう。もし、今この瞬間に婚姻を申し込まれていたら、オレはきっと一も二もなく頷いていた。
けれど、すぐに正気を取り戻す。トモエが視線を月に動かしたおかげだ。でなければ、オレはいつまでも呆けた顔で彼女に魅入っていただろう。
◇
翌日の朝早く、オレとジークリンデ、トモエの三人は第二皇子バルドの住まう『アルヴ離宮』へと出発した。
帝都は無駄に広い。おかげ帝都の東端にあるアルヴ離宮に到着するまでに半日近くを要してしまった。
500年間で拡張に拡張を重ねたうえに、区画整理もまともにされておらず道がぐちゃぐちゃなせいだ。内戦以外で攻め込まれた経験もなく、行政も停滞しているからこういうことになる。
「……シグヴァルト卿」
そんなことを考えていると、対面のジークリンデに声を掛けられる。
移動中の馬車の車内だ。もう2時間ほどでこぼこ道に揺られていた。
ジークリンデはオレ以外にもそうと分かるほどの緊張の面持ちだ。
珍しい。基本的に何事にも動じない彼女だが、今回ばかりは緊張が最高潮に達している。
トモエも同行しているが、彼女は狭苦しいとうめいて御者の席に移動していた。
「殿下、まずは深呼吸を。必ずうまくいきます」
「……そうですね」
オレがそう励ますと、ジークリンデは不安を押し殺すように窓の外に視線をやる。そこには締め切ったカーテンしかないが、深呼吸を一度か二度すると少しばかり落ち着いたようだった。
無理もない。言葉で誰かを説得するなんてジークリンデの苦手中の苦手。彼女にしてみれば水中で呼吸をしろと言われているようなものだ。
でも――、
「大丈夫です。オレも、トモエもいます。援護と追い打ちはお任せを」
その無茶を実現するためにオレがいる。従者としてジークリンデの不足を補うのは当然のことだ。
「……頼りにしています」
すると、窓の方を向いたまま、掠れるような小さな声で彼女が言った。
……頼りにしている。あのジークリンデが、この|キリアン・シグヴァルト《オレ》を……?
…………やばい、泣きそう。てか、泣く。
「な、なにごと!?」
オレの顔を横目で見たジークリンデが驚いてしまう。
しまった、こんなところを見られてしまうなんて従者失格だ。
「た、体調でも、悪いの……?」
「い、いえ、大丈夫です。すこし、気持ちが昂っただけです」
我ながら意味不明な言い訳だ。
けれども、ジークリンデは「……そう」と言ったきり黙ってしまう。彼女としてはこれ以上追及する意味はないと判断したのだろう。
何だか口下手な彼女の性格を利用しているようで罪悪感が沸くが、こればかりは仕方ない。
貴女に頼られて感動してしまいました、と本人に言ってもドン引きされるだけだし、その理由を説明したら今度は正気を疑われてしまうだけだしな。
「……到着したようですね」
しばらくして馬車が止まる。ジークリンデは一呼吸してから席から立ち上がった。
オレは先に馬車から出てジークリンデをエスコートする。彼女の手を取って馬車から降ろし、改めて、第二皇子の住まう『アルヴ離宮』を見上げた。
原作通りの神殿めいた『帝国式』の宮殿。
見掛け倒しの第二皇統派らしく外見こそ壮麗だが、歩哨も立っていないし、壁も見栄え重視で低い。
……これなら奇襲を仕掛ければ、手持ちの兵力でも一時間で落とせるな。いや、トモエもいるしもっと早いか。
まあ第二皇子に人質としての価値はそこまでないから、ここを占領するのは象徴的な意味合いしかない。どうせ襲撃するなら、第二皇統派の商人たちの商館の方がいい。金もため込んでるだろうし、ほかの派閥も商人が収奪される分には文句も付けてこない。そう考えると一挙両得で……、
といかん。ついつい物騒な作戦立案にふけってしまった。
これは趣味の一つなので、ここで現実逃避したということはオレもオレで緊張しているらしい。
階段を昇って離宮の中へ。
廊下は清潔で花瓶の花もきちんと手入れされているし、絵画も歴史があって高価なものばかりだ。
本来なら、姉であり第一皇女であるジークリンデが来た時点で使用人総出の出迎えをすべきだが、今回はお忍びなのでそれはない。
そうして離宮の最深部で第二皇子は待ち受けていた。
「――姉上」
深刻そのものといった表情を浮かべ、真剣ぶった声を発したのは第二皇子バルドだ。
原作通りの赤髪混じりのブロンド。顔の造形はジークリンデと同じで端正というほかないが、見ているとだんだんと腹が立ってくる。黄金の瞳もジークリンデと同じだが、なまじ似ているのが許せない。
ここは皇族専用の談話室だ。最高級の絨毯の上に置かれた最高級のソファーにバルドは座っており、部屋の隅に控えた護衛が二名いる。
トモエの位置はオレとジークリンデの背後。武器はさすがに取り上げられているが、何か起きれば次の瞬間に彼女は素手でこの場にいる全員の首をねじ切れる。
「……バルド」
ジークリンデは敵地でも堂々としている。
第二皇子を正面から見据え、彼を圧倒しつつ、悠然と構えている。さすがだ。
……こういう時、口数が少ないのは有利だな。内心の緊張を相手に悟らせずに済む。
「あ、姉上。わざわざのお運び、恐悦の――」
「――バルド」
それに無駄を嫌うがゆえの単刀直入な物言いも効果的だ。特に後ろ暗いことがあり、できるかぎり話を誤魔化したい相手には。
「……用向きは理解しているはず。イリアナの件よ」
「…………ええ、はい、わかっています」
案の定、イリアナの名前を出した瞬間、あのお気楽第二皇が気まずそうに視線を逸らす。ざまあみろ、色惚け野郎が。
「説明して」
「あ、え、は、はい、イリアナ嬢の事ですか……」
ジークリンデに詰められて、第二皇子はしどろもどろだ。
もともと第二皇子は『箱入り皇子』とあだ名をつけられるくらいには温室育ちで、誰かに責められたことはもちろん、こんな尋問めいた真似をされたこともない。
「そ、その、わ、私は彼女との、婚約を破棄しました。あ、姉上には申し訳ないと思っていますが……」
「謝る相手を間違えている」
「あ、へ? え?」
情けねえ。
真の愛がどうとかほざいて婚約破棄までしたくせにいざそのことを追及されるとこのざまだ。
別にオレは色恋沙汰のすべてを否定しているわけじゃない。人間の本能に根差したこれらの感情は時に強い動機になるし、絶望から立ち上がる力にもなる。
それこそ、恋愛は自身どころか、組織や国家でさえ破滅させることさえある。
だが、この第二皇子にはそんな覚悟もない。原作主人公である『聖女フレイン』に一目ぼれした勢いで、とんでもないことをやらかして、その自覚さえない。
「理由を聞いているの。答えなさい」
「は、はい。ぼ、僕は、いえ、私は真実の愛を見つけたのです。かの、ゲフィオン公のように……!」
くそみたいに間抜けな発言を誇らしげに言い放つバルド。
ゲフィオン公とは神聖帝国の歴代皇帝の一人だ。この皇帝は特段の武功もなく、偉大な建築を残したわけでもないが、貴族だけではなく平民にまで名が知られている。
若くして他国の姫と駆け落ちし、皇帝位を放棄したためだ。ゆえに異名は『恋わずらいのゲフィオン』あるいは『素足の皇帝』。後者に関しては彼が帝都を去る時に私財をすべて放棄、靴さえ持たずに旅立ったことに起因している。
……オレにしてみれば、ほかにいくらでも方法があったのに勢いで責任を放棄したバカなんだが、民の間や夢見がちな一部貴族の間では真の愛に生きた皇帝としてそれなりに人気がある。
ああ、なるほど、それで憧れちゃったわけか。真実の愛に生きれば自分も人気者になれるって? ああ、この軽薄な馬鹿なら考えそうだ。
でもな、ゲフィオンは退位するにあたりきちんと後継者を指名していたし、ほかのすべての権利を放棄すると明記した書簡を残していた。
そんな程度のこともこいつは知らないんだろうなぁ。
本当バカ。原作でもそうだったけどマジでバカ。原作の皇子たちはみんなそれぞれ魅力があったんだが、こいつだけはまったくもって理解できない。
「……よくわかりませんが」
「と、ともかく、私は真実の愛に生きると決めたのです! あ、姉上といえど、この愛を止められません!」
「……それが理由になると?」
ほら、ジークリンデでさえ困惑してる。なのに、こいつときたら自分がどれくらい眠いことを言っているのかまるで理解できちゃいない。
「そ、そうです! 私は愛に生きるのです!」
「――なに言ってんだ、このバカ」
あ、やばい、つい口から出ちまった。第二皇子への内心の怒りが無意識に堆積して、脳を介さずに脊髄から飛び出した。
全員の視線が一斉にオレへと向く。ま、まずいな……どうしよう……?
あとがき
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