第7話 ハートブレイク婚約破棄
婚約破棄といえば悪役令嬢ものやら宮廷劇にはお約束の展開だ。
物語の起点と言い換えてもいい。婚約破棄する側にとっても、婚約破棄される側にとっても、そこから本当の物語が始まるのだ。
例えば主人公の令嬢が婚約破棄をする側だとしよう。
浮気性だったり、DV気質だったり、もしくはイケメンなだけでとんでもない無能だったりする王子様にきっぱりと別れを告げて新しい道へと歩み出すヒロイン。その姿は痛快であり、美しくもある。婚約破棄する側にしてみれば気持ちのいい展開であることは間違いない。
一方、婚約破棄される側にしてみても、新しい物語の始まりだ。その婚約破棄を切っ掛けに没落してしまうのを回避しようとしたり、逆にせいせいしたと違う道へと歩み出すこともできる。
当然、本格シミュレーションゲームにアドベンチャーゲームが悪魔合体している『帝国物語』シリーズにも類似の展開はあるし、かくいうオレもこの展開そのものは嫌いじゃない。
婚姻においてもっとも尊重されるべきは結婚する当人の意志だと思う元現代日本人としての倫理観も持ち合わせている。
その上で、この異世界で、しかも、貴族として言わせてもらうが、現実の婚約破棄はクソだ。
なにがクソかといえば、全部だ。当然近づきたくないし、見るのも、かかわるのも嫌だ。まさしくクソだ。
なぜかって? そりゃめんどくさいからだ。そのめんどうくささは当事者の身分が高ければ高いほどに指数関数的に跳ね上がる。特に貴族同士、それも、片方が皇族ともなればその面倒くささは宇宙開闢級だ。神でさえ解決するのに六日働いて、一日休む必要がある。
貴族という特権階級にとって最も大事なのは金でも領地でもなく『面子』だ。
面子が立たなければ同じ貴族だけではなく治めている民にまで侮られてしまう。そうなれば徴税に商取引、戦に外交、全てに支障をきたす。この、ある種原始的な社会においては『こいつにはなにをしてもいい』と思われることは死を意味し、面子はともすれば個人の命よりも重要となる。
婚約破棄とはその面子に正面から泥を投げつける行為であり、宣戦布告にも等しい。
一般人の婚約とは関わる人数も手間も桁外れな分、それを覆して相手の面目を潰すというのはとんでもない行為であり、決して個人間で済む問題ではないのだ。
まあ、そんなめんどくさいの極みみたいな案件が今まさに持ち込まれてしまったわけなのだが、これでもまだ『五つの災厄』に比べれば大したことはない。
「――ぴぇぇぇぇじーくりんでさまあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
案件を持ち込んだのは今まさに赫剣騎士団の貴賓室でジークリンデに泣きついている少女だ。
黄色のドレスを着て、栗色の髪の毛をした彼女の名は『イリアナ』。『ドルウェナ辺境伯家』のご令嬢にして、ジークリンデの弟『第二皇子バルド』の婚約者であった少女だ。
であった、過去形だ。イリアナはつい一時間前に第二皇子から婚約破棄を宣告されている。
それでジークリンデに泣きついてきたというのがここにいたる経緯なわけだが……、
「……ごめんなさい、イリアナ。弟がそんなバカなことをするなんて…………」
膝に縋りついているイリアナの背中をさすりながら、ジークリンデが言った。
ジークリンデが『バカ』と言い切るのは珍しい。普段の彼女は内心ではどう思っていても皇族としては感情を表に出さないようにしている。それでもそう言ったということはよほど腹に据えかねたのだろう。
第二皇子の行為はそれほどの暴挙だ。三年前の皇帝崩御以来最大の事件といっても過言ではない。
それこそ他人事なら最高のエンターテイメントなんだろうが、当事者だとそうもいかない。
ジークリンデを頼ってきたことからも分かるように、歴史ある大貴族こと『皮はぎ伯』ドルウェナ辺境伯家は我が第一皇統派の重鎮でもある。
つまり、この婚約破棄は第一皇統派の面子に関わる問題であり、派閥間の勢力図にも関わる問題なのだ。
「ひぐっひっ、ぐずっ」
「シグヴァルト卿。お茶の用意を」
スカートのすそをびしょびしょにし続けるイリアナを慰めながら、ジークリンデが指示を出してくる。
すぐにでも政治工作に動きたいところだが、まずはイリアナを落ち着かせるのが優先か。原作と同じ出来事が起きたのなら聞かなくてもいいが、そうとも限らないのは早々にこの話に飽きて部屋から退出したトモエが証明している。
手早く湯を沸かし、先ほどと同じお茶を淹れる。イリアナに渡す方のカップにはミルクと砂糖も足しておいた。
正直、イリアナのことも第二皇子のこともオレはあまり好きではない。というか評価してないが、彼女はジークリンデの友人だ。むげにはできない。
「ふぐ、ひぎ、ご、ごめんあそばせ、す、少し落ち着きました……ひっ」
お茶を出して5分ほどすると、イリアナはようやく泣き止んだ。
改めてだが、貴族らしい整った顔立ちをしている。泣きまくったせいか目元が腫れて、さっきまで鼻水もたらしていたが、それでもかなりの美人だ。
というか、この世界の上流階級には美男美女しかいない。例外は貴族にしては目つきの悪いオレくらいのものだ。
「……イリアナ。なにがあったのかもう一度話してちょうだい」
「は、はい、ぐず、ぐひぃ」
イリアナがこの駐屯地に来てからもう1時間ほどが経つが、泣きじゃくる彼女からどうにか聞き出せたのは『バルド殿下』『婚約破棄』の2単語のみ。その2つと本人の様子からどうにか状況を察して今に至る。
「け、今朝、め、めずらしく殿下からお招きいただいたのです。そ、それでわたくし、い、一番のドレスを着て、時間をかけてお化粧をして、り、離宮に…………う゛う゛う゛」
そこまで話したところで再び泣き出してしまうイリアナ。
彼女の境遇には同情するが、正直ここら辺の話は枝葉だ。どうでもいいとは言わないが、重要じゃない。
もっとも、そういう態度を表に出すわけにはいかないので、深刻な表情だけ浮かべておく。
「そ、それで、離宮の中庭で、で、殿下とお会いしました。そ、そしたら、す、すぐに、殿下から関係を解消したい、こここ、婚約を、は、破棄すると……!」
……なるほど。原作通りの単刀直入っぷりだ。
無論いいことじゃない。実直さや端的さは美徳ではあるが、刃物と同じで使い方次第では凶器にもなりかねない。
というか、さすがのジークリンデも弟の無情さに言葉を失っている。
「理由についてはお聞きになられたのですか?」
なので、代わりにオレが尋ねる。イリアナとは初対面だが、彼女は戸惑いつつも答えてくれた。
「わ、わたくしに何か落ち度があったのかとお聞きしました。で、殿下は『ない』と仰られて、でしたら何故とわたくしがお尋ねしたら、し、『真実の愛を見つけた』と言われて、わ、わたくし、わたくし、それで……」
……真実の愛ねぇ?
なるほど、この世界でも第二皇子殿下はそんなネッシーめいたものを発見されたらしい。
これはあれだな、帝立学術院に報告して表彰してもらうべきだな。賞の名前は『ファンタジーロマンチストおバカ賞』とかで。
おっといかん。皇族相手に不敬が過ぎるな。
……でもまあ、いいだろ、あんなの。歴史には敬意を払うが、ふさわしくない相手を内心でまで敬うのは健康によくない。
とにかくこれで大体の話は分かった。
イリアナは多大なショックを受けているが、何が起きたのかはおおむね理解できた。
ようは原作と同じ出来事が起きたのだ。であれば、対処法はすでに立案済み。
というか、この時を待っていた。面倒ではあるが、この件における我ら第一皇統派の立場は『被害者』だ。せいぜい有効活用させてもらおう。
「……イリアナ。この件は私にまかせて」
「ジークリンデ様……! わ、わたくしは……!」
なおも話をしようとするイリアナに対して首を横に振るジークリンデ。これ以上話をさせるのは酷だ、と判断したのだ。
オレも同意見だ。イリアナは打ちのめされて、疲れ切っている。ことのあらましが大方理解できた以上は本人からの聞き取りはもう必要ない。細かい整合性は一緒にいた従者に確認すればいいしな。
そのままイリアナは泣きつかれたのか、ソファーの上で寝息を立て始める。ふぅむ、意外と神経は太いのかもしれない。
「……かわいそうに」
そんなイリアナの頬をジークリンデは優しい手つきで撫でる。
……尊い。聖女のごとき慈悲深さだ。こういってはなんだが、この世界で最も聖女の称号に相応しいのはジークリンデではないだろうか?
原作でのジークリンデの立ち位置は悪役令嬢にしかすぎない。だから、友人関係を示す相関図は見られても、彼女が実際にどういう風に友人に接しているのかを見るのはこれが初めてだ。
彼女がこんなにも友情に厚く、また優しいとは思ってもみなかった。新たな一面だが、意外ではない。オレの尊敬する第一皇女殿下はそういう人だ。
忠誠心が燃える……! 必ずや彼女の麗しき友情に相応しい戦果を挙げてみせると闘志が滾った。
「……シグヴァルト卿。力を貸しなさい」
「はっ。御意のままに」
ジークリンデの毅然とした表情に、オレもまた騎士としての礼で応える。
なにせ、これからやるのは一種の戦だ。気合も覚悟もあればあるほどよい。
オレたちのなすべきこととは、すなわち『報復』。
必ずや、たわけたことをほざいてジークリンデの友人の面子を潰した第二皇子に報いを与えてやる。ついでに、第二皇統派の勢力を削いで、第一皇統派はパワーアップだ!
あとがき
新作です! 第一章完結まで一か月ほどは毎日更新の予定です!




