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悪役貴族に転生した戦略ゲーオタクは推しのヤンデレ悪役令嬢を支えるようです  作者: ビッグベアー


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第6話 ジークリンデの憂鬱

 トモエ・ミナトガワ、あるいは湊川巴みなとがわともえは『帝国物語』の外伝小説『トモエ婿取り血風伝』の主人公だ。

 このタイトルを初めて見た時、『婿取り』と『血風伝』という言葉がくっつくことがあるんだなと妙に感心したのを思い出す。


 と、そんなことは今はいい。肝心なのは作品の内容だ。

 『トモエ婿取り血風伝』はその名の通り、東の果ての『皇国』出身のトモエが九界樹大陸を東奔西走しつつ、婿探しの道中で悪党やら気に入らないやつなりを成敗していく冒険譚だ。

 恋愛劇がメインの要素となっている帝国物語のシナリオとは対称的に、冒険とバトルがメインの作品で、登場人物のほとんどが好戦的かつ野蛮というのが印象的だった。


 そんな野蛮人たちの筆頭であり、頂点が主人公であるトモエだ。

 公式設定で彼女の武力値は100。実際、小説内でも並み居る猛者を金棒の一振りで粉砕している。それに大陸に渡って婿取りをしているのも、自国で悪名、もとい勇名が広まった結果、婿のなり手がいなかったためだ。


 そんなトモエに、オレは婿認定された。

 彼女の怪力を正面から受け止めるという知力が3以上あれば到底やらないような暴挙をやってしまったせいだ。


 ……あの時は相手がトモエだってわかってなかったからなぁ。分かってたら絶対やってない。肩から腕がちぎれなくてよかった。


 しかし、そのおかげというべきか、武力100の女こと『トモエ・ミナトガワ』のスカウトにオレたちは成功した。

 成功した、のだろうか? とりあえず婚姻に関してはいろいろあるので保留という形でわきに置いて、副団長直属の武芸指南役として雇うことができたのだが、こっちの意図が伝わっているかどうかは正直自信がない。


 ほかにも、なぜソールではなくトモエがあの場にいたのかとか、『婿取り血風伝』の時期が原作とずれてないかとかいろいろ疑問は尽きないのだが、こればかりは戦神のみぞ知る、だ。


 ともかくスカウトの翌日、さっそくトモエによる騎士たちへの指導が始まった。効果は、あがっているはずだ。

 その証拠に現在進行形で騎士団員たちが宙を舞っている。トモエの得物である『金砕棒かなさいぼう』が振るわれるたびに、大の大人が三メートルほど打ち上がってそれから地面にたたきつけられていた。


 全員大きなけがをしていないのでそこはさすが武力100といったところか。手加減もばっちりらしい。

 ゲームにおいてはこのやり方で騎士団員の武力もメキメキ伸びるはずなんだが、実際にどうかは正直分からない。まあ、少なくとも受け身は上手くなっているし、よしとしよう。


 ……といっても、これで全部解決した、というわけじゃない。実際、今も問題が起きている。

 その問題は不機嫌そうに訓練場のトモエをにらんでいる。どうやら今朝の我が主ジークリンデのご機嫌は最悪らしい。


 理由は、わからない。ジークリンデを推しているオレにあるまじきことだが、今ばかりは彼女が機嫌を損ねている理由がわからない。


 ああ、なんてことだ。自分の無力さに嫌気がさす。主のことをきちんと理解できない従者なんて置物にも劣るぞ。


「……大丈夫かしら」


 なるほど、訓練の効果について疑念があるから機嫌が悪いのか……?


「受け身は基本ですので。強くなるのはそこからです」


「そういうものかしら……」


 我ながらどうかと思う言い訳だが、ジークリンデは少しは納得したようで表情を緩める。が、すぐにまた眉をひそめてしまった。


 ……騎士団員の中に何人か一撃では吹っ飛ばないものが出てきている? 少しは強くなってきた、と思いたい。


「――っ」


 そんなことを考えていると、ジークリンデが額を抑えるような仕草をした。

 その瞬間、ピンとひらめく。原作にもこの描写があった。


 ジークリンデには頭痛癖がある。

 典型的な片頭痛で命に別条はないが、彼女は長い間この痛みに苦しめられている。特に今日のような曇り空の日は痛みがひどいと原作でも語られていた。


 オレとしたことがこんなことを失念していたとは。トモエのショックのせいで忘れていたなんて言い訳にはならない。

 でも、挽回の余地はある。ジークリンデの頭痛に関しては対処法を用意してある。


「殿下。お茶にしましょう」


「……いいけど、なぜ?」


「そこはご信用くださいとしか」


 怪訝そうなジークリンデを置いて台所へと向かう。

 ジークリンデが口にする者に関して人に任せるわけにはいかない。お茶の淹れ方については故郷でメイドのオリヴィエに特訓してもらったからばっちりだ。


 手順通りにハーブのお茶を淹れて、温かいうちにジークリンデのところに運ぶ。医者も温かい方が効果があると言っていたしな。


「どうぞ。砂糖はどうしますか?」


「いらないわ。変わったお茶ね、香りがいつもと違う」


「はい。オレの故郷のお茶です。おそらくお気に召すかと」


 オレが用意したのはオレの領地で栽培されている『スラバ』と呼ばれる薬草を煎じたお茶だ。

 地元の医者曰くこのお茶には体温を上げて、頭痛を和らげる効果がある。だから、ジークリンデの従者になると決まる前から仕入れておいたのだ。仮に選ばれなくても選ばれたやつに押し付けるつもりだったが、こうして自分の手で振舞えたのは僥倖といえる。


 もっとも、このことを口にはしない。恩着せがましくするのは主義に反するし、なによりジークリンデのためならば報われなかろうが、感謝されなかろうがどんなことでもやってあげたい。


「……おいしい」


 少し警戒してからティーカップに口をつけるジークリンデ。彼女の表情が少しほころんだのを見て、オレも安心する。


 なんであれ、ジークリンデが気に入ってくれるのならそれが一番だ。頭痛も少し良くなったようで表情が緩んだしな。


「……貴方の故郷の茶葉といいましたね?」


「はい。味が好みでして持参しました」


「…………そうですか」


 ……しまった。どうやらこっちの真意に気付いたらしい。さすがはジークリンデ。お茶の効果とタイミングでそこまで読んだのか。


 そのことを実証するように顔をそむけたジークリンデの右耳が真っ赤になっている。めちゃくちゃ照れている。かわいい。

 本当はオレに健康状態まで知られていることに警戒心を持ってくれてもいいんだが、今はいいだろう。かわいいし、見てたいし。


 ちなみに、原作におけるジークリンデの『知力』と『政治』の数値は80と75。決して悪い数値ではないし、十分に活躍もできるのだが、隠しスキルともいえる『口下手』が常に悪さをしていた。

 だが、オレであれば彼女の真意を理解することできる。主の不足を補うのは従者の役目。やってみせるさ。


「……貴方の故郷ですが、どんな場所なのですか?」


「大した場所ではありませんよ。大した産業もない片田舎です。歴史と広さが自慢ですが、逆に言えば、それしかないのですよ」


「……景色はどうなのです? 私は、帝都の外をあまり見たことはないのですが……」


「景色、ですか」


 考えるふりをしてジークリンデの様子を探る。相変わらずそっぽを向いて耳が赤い。

 というか、今日は彼女にしてはだいぶおしゃべりだ。気恥ずかしを誤魔化すためというのもあるんだろうが、興味を持ってもらえる程度にはオレも信頼を勝ち取れたのだと思いたい。


「まあ、退屈な光景ですよ。麦畑に、山の緑。川は穏やかで澄んでますが……」


 実際、原作ゲームでもこの世界でもオレこと、キリアン・シグヴァルトの治める領地には大したものはない。

 単なる片田舎。ジークリンデに説明した通り広いわりに大した産業も観光地もない場所だ。


 思い入れが、ないわけじゃない。

 成人するまでの、つまり、15歳までの9年間を過ごしたわけだし。


 思い出もそれなりにある。どうやって強くなるかとか、従者になったらどうしていくかとかそんな事ばっかり考えていた気もするけど。


「美しい、のでしょうね、きっと」


「……そうですね。嫌いな景色でないのは確かです」


「おかしな言い方ですね」


 そんな言葉の後に、ほんの微かにだが「フフ」という笑い声が耳朶を揺らす。

 笑った……? あのジークリンデが、オレの言葉で……?


 な、なんてことだ……!

 げ、原作のキャラクターは基本的に立ち絵で表示されているが、ジークリンデは笑顔の表情差分が用意されていない。


 だから、前世でも今世でもジークリンデの笑顔を見るのはこれが正真正銘の初めてだ。

 いつかは必ず見たいと思っていたけれども、それをこんなに早く見れてしまうなんて完全に予想外だ。


 ありがたく、嬉しいことだし、もう報われてしまった。いいのか、オレ。こんなに簡単に褒美をもらってしまって。


 いや、それにしてもすごく綺麗で、息を呑むほどの可憐さだった。この笑顔にはどんな宝石よりも得難い価値がある。


 感動だ。オレはこのために二度目の生を受けた、そう確信できるほどに。


「……そういえば、どうする気なんですか?」


 感動冷めやらぬうちにジークリンデが言った。

 曖昧な問いだが、意味は理解できる。ジークリンデの視線は騎士たち相手に無双しているトモエに向いていた。


 つまり、トモエに関する質問と見ていい。そして、トモエ関連でオレが答えられることはそう多くない。


「とりあえず、彼女と婚姻を結ぶ気はありません。ああ、いえ、彼女の問題ではなく自分の問題です」


 すなわち、オレとトモエの関係性をどうするのか。トモエは完全にオレの妻を自称しているが、オレとしては彼女と結婚するつもりはない。少なくとも今のところは。

 分からないのはどうしてジークリンデがそんなことに関心を持つのかだが、従者としては主の問いに答えないというわけにはいかない。


「……問題、ですか」


「はい。自分はジークリンデ様の従者として任を仰せつかったばかりの身。今はその役目を果たすこと以外は考えていませんし、それ以外の望みもありません。ですので、保留です。不誠実とは思いますが、あれほどの猛者を逃す手はありませんので」


 そもそもとして、オレとトモエでは釣り合いが取れない。

 オレの相手としてトモエが相応しくないのではなくて、トモエの相手としてオレは相応しくない。物語上での立ち位置は言うまでもなく、能力値を比較すれば一目瞭然だ。


 ある意味ではエビで鯛を釣り上げてしまったようなものだ。

 であれば、これを逃す手はない。本来、オレの婚姻程度でトモエをつなぎとめられるのならそれに越したことはないのだが……、


 今はまだ早い。

 トモエが第一皇統派に来る絶対条件としてオレの身柄を求めるなら話は別だが、そうでない以上、オレの婚姻というカードはできるかぎり温存しておきたい。


 オレ自身のパーソナリティはどうあれオレの今の立場はジークリンデの従者であり、赫剣騎士団の副団長であり、第一皇統派の一員だ。

 であれば、オレの婚姻にはほかの使い道があるかもしれない。


 貴族同士の結婚には必ず政治的な意図があるもの。他派閥との同盟か、あるいは派閥内での地盤固めか。なんにせよ、有用に使える可能性がまだある以上は温存するに越したことはない。


 もっとも、オレの風聞を考えればあまり期待はできないのだが……それでもこの先第一皇統派が強くなれば可能性はいくらでも出てくる。オレの貞操程度で派閥を救えるのなら本望だ。


「…………許します」


 オレの答えに、ジークリンデは少し考えこんでから頷いてくれる。誠実さを重んじる彼女にしてみればオレのトモエへのはっきりしない態度は許しがたいことだろうが、それでも騎士団全体のことを考えて了承してくれたのだ。


 さすがはジークリンデ。これぞまさしく王者の器。オレの尊敬の念は強くなるばかりだ。

 しかし、先ほどよりも耳が赤くなっているが、もしかして、お茶が効果を発揮しすぎているのか……?


「――キリアン!」


 そう心配していると、件の人物に名を呼ばれる。

 トモエだ。背後にはうちの騎士団員たちが死屍累々、なるほど、もはや全員立ち上がる気力も尽きたらしい。


「紙人形を何度蹴散らしても何の甲斐もない。貴方がトモエの相手をして。夫の務め」


 訓練場の中心に陣取った彼女は金棒でオレをびしっと指し示している。

 ……このまま放っておくわけにもいかないか。正直、模擬戦とはいえ彼女の相手をするのはめちゃくちゃしんどくていやだが、オレ以外にできる者もいないのでやらざるをえない。それに、オレが彼女の相手をするというのも婚姻を保留にしつつ騎士団にトモエを迎え入れるための条件の一つだ。


 ジークリンデも行けとアイコンタクトを送ってくる。主の命令であればいたしかたなし、だな。


「……試合は構わんが、その呼び方はやめてくれ。まだ君と婚約したつもりはない」


「そっちがどう言おうとこっちは決めている。『西の地に

 出会いあり』という託宣の通り、西の地でトモエを受け止められる貴方と会えた。であれば、婚姻しかない」


 こっちの話を全く聞く気のないトモエ。だが、彼女は原作からしてこういう人柄キャラなので文句は原作の制作陣に言うしかない。


「――いざ」


 金砕棒を高く構えるトモエ。それだけで周囲の空気が重くなったと錯覚するような圧だ。


 ……こりゃ真面目にやらないと死ぬな。


「よし、来い!」


 覚悟を決めて大盾を構える。

 重心を落としての防御態勢。数えきれないほど繰り返した反復練習はもはや思考も介さずにオレの身体を動かしてくれる。


 脳裏に思い浮かべるのは武芸の師の一人の言葉。『ひとたび受けると決めたなら大波、大風なんのその』、その教え通りにオレの身体は不動の山となる。


「――参る!」


 そうして全力の一撃をトモエが放つ。100キロ近い金砕棒の先端が霞むほどの速度だ。

 次の瞬間、隕石が衝突したのかと思うほどの衝撃が大盾から伝わる。両の足が地面にめり込み、土煙が上がるが膝は折れなかった。


「見事! 愉快! 小気味いい!」


 案の定、テンションアゲアゲのトモエ。

 この口ぶりからすると彼女が今まで相手してきた武芸者はみんなきちんと彼女の危険性を理解して攻撃を回避していたらしい。


 トモエのことだ。必ず追撃が来る。まだ数撃なら受け止められるが、そうなったらオレより盾の方がもつかどうかが心配だ。


 ――しかし、一秒経っても追撃が来ない。なにかあったのかと、少しだけ盾を傾けるとそこには苦々しい表情を浮かべたトモエの顔があった。


「水入り。客が来てる」


「客?」


 トモエに言われて彼女の見ている方向へ視線を向ける。


 そこにいたのは、黄色のドレスを着た女性。腰を抜かして地面にへたり込んでいる。どうやらあの激突の瞬間に居合わせてしまったようだ。


 てか、泣いてる? しかも、ギャン泣き? なんで?

 ……あの幸薄い割には気の強そうな顔は…………あ、そうか、とうとう来たのか、地獄の婚約破棄の季節が……!


あとがき

新作です! 第一章完結まで一か月ほどは毎日更新の予定です!

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