第4話 結局、最後は腕力なんだよね
ジークリンデの運命を変えるのは容易じゃない。
まずジークリンデが生き延びるには『皇帝』になるしかない。それ以外の原作にある可能性ではジークリンデが報われない死を迎えてしまうのは前世で確認済みだ。
そして、皇帝になるには他の有力な皇位継承者を全て蹴散らして冠をいただくほかない。
その点で言えば、ジークリンデは先代皇帝の長女だ。皇位継承権という意味では、一見有利にも思えるが、彼女が皇帝になるには打ち倒すべき障壁がいくつもある。
その中でも不可避の災厄とも言うべき出来事が五つある。
直近では約半年後に発生する『帝国宰相暗殺未遂事件』。これを乗り越えることができなければ、皇帝に即位するなど夢のまた夢だ。
だが、第一の災厄を切り抜けるには今の第一皇統派にはある大事な力が欠けている。
すなわち、武力。第一の災厄だけではなくこれから先の血路を開くには圧倒的な武力が必要だ。
これを補うには2つの方法しかない。
1つは既存の戦力を鍛えなおすこと。もう1つは――、
「――し、シグヴァルト卿。き、貴公の強さはよくわかった。だ、だから、これくらいで容赦してもらえないだろうか?」
そんなことを考えていると、目の前の騎士が息も絶え絶えに許しを請うてくる。
ジークリンデとの出会いから二日後の昼、『赫剣騎士団』の兵舎でのことだ。
赫剣騎士団はジークリンデを領袖とする第一皇統派お抱えの騎士団だ。いざという時の暴力装置と言い換えてもいい。
構成員は第一皇統派の貴族の子弟で、その総勢は500名ほど。規模としては帝都に駐屯する騎士団の中では第二位に位置する。構成員の出自や装備の質という観点では一番といってもいいだろう。
だが、戦いにおいて出自が物を言うなら官軍が負けて下剋上が起きるなんて事態は起きないし、装備だけが強くても使いこなせなければ意味がない。
オレの知る限り、ゲームにおいても、現実においても戦の勝敗の左右するのは兵の練度だ。
それを確かめるためにこうして駐屯所に来たわけだが……、
「ぐぉぉぉぉ……! 背中がぁ……!」
「は、腹が……!」
「あ、頭がガンガンする……!」
御覧の通りの死屍累々である。
ピカピカの甲冑を纏った騎士たちがそれぞれ負傷箇所を抑えてうずくまっている。全員軽トラックに轢かれたようなありさまだ。
…………下手人はオレだ。
正直、やりすぎたとは思っているが、反省はしていない。オレ程度の一撃でこうなってるこいつらにもかなりの非がある。
オレはジークリンデの従者だが、『赫剣騎士団』の一員、それも騎士団の副団長でもある。なので、こうして従者としての公務のない日は顔を出すことにしたのだが、それが発端になった。
というか、駐屯地に到着した瞬間、先輩の騎士団員3人に絡まれた。『おうおう新入り。てめえ皇女様の従者だからって調子に乗ってんじゃねえか?』みたいな感じだ。もう少し言葉は丁寧だったが、意味はおおむねこの通りなので問題ない。
オレとしては想定内のことではある。
なので、対応も決めていた。売られた喧嘩は買う。
そうすれば原作では『弱い』としか言いようのなかった騎士団の実際の実力を確かめることができるし、叩きのめせればこれからのコミュニケーションもスムーズにいく、そんな風に考えての行動だった。
具体的には大盾を構えて攻撃を受け止めた後、一人一人ノックアウトしていった。
「……弱い。弱すぎる」
思わず、本音が口をついて出る。もう明らかに向かってくる元気もないようなので、右手に構えていた大盾を降ろす。
「ひっ!?」
大盾が奏でる鈍い音に、騎士たちが短く悲鳴を上げる。
どうやらこいつでの殴打がトラウマになったらしい。得意武器で来いって言いだしたのは自分たちの癖にあまりにもクソ雑魚だ。
だいたい、オレの鍛えに鍛えた武力が50くらいだとして、この感触だとこいつらの武力一人あたり20以下だぞ……? こんなざまでよく精鋭の騎士面ができたな。
しかし、嘆いてばかりもいられない。この弱小騎士団をどうにかするのもオレの仕事だ。
少しは楽をさせろ! という気持ちがないでもないが、赫剣騎士団が見掛け倒しなのは原作ゲームの時点からそうだったので方策はすでに建ててある。
だが、その策をとるには騎士団長の許可がいる。すなわち、我が主ジークリンデ殿下の許可が。
「――シグヴァルト卿」
と、渡りに船な声が背後から聞こえる。振り返ると、呆れたような顔でこちらを見つめるジークリンデの姿があった。
どうやら我が主は貴重な休日だというのに自分の率いる騎士団の様子を見に来ていたらしい。
しかし、相も変わらず美しい音色の声だ。原作が女性向けではなく男性ゲームだったなら間違いなくASMRが発売されバカ売れしていたことだろう。オレも聞くたびに背筋が伸びて、士気が120パーセントになる。
「お見苦しいところをお見せしました、殿下」
「で、殿下!」
オレが拝跪すると、背後の騎士たちもあわててそれにならう。
一応、皇族へ敬意を払う程度の知能を持ち合わせていたことを今は喜ぼう。
「……そうですね」
「し、失礼しました!」
オレとは違いジークリンデの一言にビビりあがる騎士たち。オレには『あまりはしゃぎすぎないように』位の意味で聞こえているが、こいつらにはそうでもないだろう。
口下手なのは変わらないが、これはこれで皇族としての威厳が出るので間違いではない。権力者というのは慕われているのと同じくらいには怖がられてないといけないしな。
「……もう下がりなさい。わたしは従者と話があります」
「ぎょ、御意!」
あわてて退散していく先輩方。ジークリンデの登場もあって彼らのオレへの戦意は完全に折れた。これからは騎士団内でイニシアチブをとるのにもそう苦労はしないはずだ。
「………見込み通りであったことは評価します。ですが、わたしの従者ならば品格を気にしてもらわねば困ります」
「はい、殿下」
2人きりになったところでジークリンデに少し叱られてしまう。
まあ、オレとしては彼女が相手であれば叱られるのも苦ではないし、褒めてくれてもいるのでプラスしかない。
「…………それで、どう思いましたか?」
そうして、十分にほかの騎士たちが離れたところで本題に入る。
主語のない問いだが、彼女が何を聞きたいのかオレには分かっている。
そも、『凶戦士』なんて呼ばれているオレをジークリンデが従者に選んだのは自分の騎士団の欠点を彼女が理解しているからだ。
「弱すぎます。あれで中堅どころだというのならこの騎士団にはジークリンデ様の先槍は務まりません」
ジークリンデは性格上過度な尊重や装飾は好まない、当然、おためごかしは不要だ。
なので、率直にオレの感じたことを答える。
「……そうですか」
予想通りの答えに眉根を寄せるジークリンデ。本当はため息の一つも吐きたいだろうにさすがの自制心。皇女としての教育が骨にまで刻まれているのだ。
そういうところも、推せる。忠誠心がはちきれそうだ。
「……それで、その、貴方の考えは?」
質問の内容も彼女らしい真面目なもの。つまりは、『これから赫剣騎士団を鍛えなおすにはどうすればいいか』をジークリンデは聞いている。
そして、それはオレがここ12年ずっと考えていたことでもある。
答えは用意してある。問題は、この答えをジークリンデが受けて入れてくれるかどうか。ここからはオレの説得の手腕の見せ所だ。
「殿下。人を雇わねばなりません。それも、貴族ではないものを」
オレの提案に、ジークリンデが目を見開く。
この世界ではそうそうありえない民間からの登用。ジークリンデの抵抗感、戸惑いはよくわかるが、ここは呑み込んでもらわないとならない。
なぜなら帝都に野生の『武力100』がうろついているのは、今この時だけ! これを逃すことは絶対にできない!
◇
この世界の原作ともいえる『帝国物語』はいわゆる乙女ゲーだが、シミュレーションRPGとしての側面も備えている。
これはプレイした後に知ったことだが、なんでも最初は本格シミュレーションゲームとして製作されていたらしい。だがそれだけではパンチが足りないということで、乙女ゲーとしての要素が継ぎ足された。
そんな違法建築めいた経緯で完成した『帝国物語』だが、もとがもとだったこともあって登場人物全てにいわゆる能力値が設定されている。
能力値の項目は五つ。
軍を率いた際の統制能力、指揮能力を表す『統率』。
すでに何度も言及している個人としての戦闘能力を指す『武力』。
権謀術数における頭の良さ、策謀の巧みさの指標である『知力』。
政への適正、調整能力などを意味する『政治』。
最後が人間としての好かれやすさ、人望の厚さめある『魅力』。
これら五つの能力値の数字が『帝国物語』におけるキャラクターの優秀さを表している。
例えばキリアンの場合は5つの数字全てを足しても100に届かないが、あるキャラは総合値が495になったりする。つまり、ほぼすべての能力値が限界値である100に近いということだ。
『帝国物語』において『能力値100』というのは最強の証、有能の証明だ。もしほかの能力値が軒並み一桁だったとしても一つでも100の能力値があるのなら一線級の即戦力になる。組織の要になると言い換えてもいい。
というわけで、オレがこれからスカウトするのは『武力100』の最強の戦士だ。
ただし見た目は冬眠明けの熊のようで、性格はがさつという言葉が褒め言葉に思えるほどに終わっている。人気投票ではオレこと『キリアン・シグヴァルト』の一つ上、つまり、ドンケツから二番目という悲惨さだが、背に腹は代えられない。
彼の名は『ソール』。遥か東の地の民の血を継ぐ傭兵であり、帝国物語ファンの間では『ファンタジー呂布』と呼ばれている男だ。
「その傭兵ですが、信用できるのですか?」
アースリア城を馬車で出立してからしばらくして、黙り込んでいたジークリンデが口を開いた。
お忍びなので皇族用の馬車ではなく普通の馬車に乗っているので少しばかり揺れる。
ジークリンデがこのスカウトに同行するなんて予定にはなかったのだが、押し切られた。
『団長として騎士団の加入者を面接するのは当然のこと』というのは理屈が通っていたし、なにより、従者としては主の命令を拒否するのは難しい時もある。
……なんだか自分の弱点がよくわかった気がする。
どうにもジークリンデに弱い。彼女が悲しんだりすると思うとどうしても決意が鈍る。
…………これは要克服だな。臣下たるもの時には心を鬼にして主に諫言せねばならない時もある。
………………まあ、今回は相手が相手だ。金次第で裏切るような奴だが、逆を言えば金さえ払っておけば手元においておくことができる。
無論、信頼できない相手であることに変わりはないが、もともとそんな相手が多くなるような生き方はしていない。
それに、仮にどこかのタイミングで他所に移られたとしてもその時までに目的を達せられていれば問題はないし、能力値の高いものを雇うメリットは個人としての能力だけじゃない。
ゲームにおいては能力値の高いもの、それも数値がカンストしたものを兵士の教育係に任命すると練度向上にボーナスが得られた。
それと同じことをこの世界でも期待したい。少なくともオレが鍛えるよりはソール相手に訓練した方が騎士たちの伸びも早いだろう。
「しかし、殿下がこの案を認めくださるとは思いませんでした。もう少し苦労するものかと」
「……皇族直属の騎士団とは配下の貴族から構成されるもの、その考えを曲げたわけではありません」
伝統を重んじるジークリンデらしい答えではある。
それに、この『帝国物語』の世界において貴族という階級は『爵位持つもの』であるということだけを意味しない。
『戦神の恩寵を先祖より受け継いだもの』。それが帝国における貴族の定義の一つであり、戦神の恩寵とは貴族の超人めいた身体能力のことを意味している。
そう、この世界における貴族とはただの封建領主や社会階級ではなく人間とは異なる超人種のことを指しているのだ。
なので、原作における最弱キャラともいえるキリアンでさえ普通の成人男性の1,5倍程度の身体能力はあった。
ここら辺の設定はジークリンデや主人公であるフレインも含めた女性陣が戦場に出ていることの理由付けでもある。というか、この世界においては女性の方が恩寵が強い場合が多い。
というわけで、貴族の騎士団にほかの階級の者を招き入れることは滅多にない。恩寵のない兵士を騎士団に組み入れても足並みがそろわずに逆効果にしかならないしな。
もっとも、恩寵を持つものイコール貴族とは限らないのがこの世界の妙なわけだが。
「申し上げた通り、市井にも貴族と同じ『恩寵』を持つものがいます。貴族の落胤であったり、異なる大陸から来たものであったり、出自は様々ですが、優秀なものが多いのもまた事実なのです」
オレの告げる言葉に、ジークリンデは納得がいっているような、それでいて信じ切れていないような曖昧な表情を浮かべている。
無理もないことだ。オレは原作知識として、そして、十二年間での実体験として事実だと理解しているが、ジークリンデはこの帝都から外に出たことすらない。
世間知らずといってもいい。なので、ここで実体験として貴族以外の猛者を知ってもらうのもいいだろう。
気になるのは、ジークリンデとソールの相性が最悪ってことだが、そこはオレが間に立てばすむ話ではある。気苦労は増えるが、受け入れるしかあるまい。
「そろそろ付きますね。中まで付いていらっしゃるならこれを」
「……こんなものをわたしにまとえと?」
「はい。殿下は少々目立ちすぎますので」
目的地であるガラの悪い酒場が見えてきたので用意していたフード付きのマントをジークリンデに渡す。オレの言い分に反論の余地なしと判断して彼女はそれを受け取ると、頭から被った。
……うん、実に可愛い。フードの下からのぞくどこか不満げな表情が本当に可愛らしくて、推せる。
と、いかん。重要なのは偽装効果の方だが……まあ、特徴的な赤い髪は隠れているから大丈夫だろう。
ジークリンデをエスコートしつつ、こっそりと酒場の入口へ。
木製のドアを開けて中へ入ると、そこではすでに騒動が始まっていた。
「――すげええええ!」
「これで十二人抜きだぞ! バケモンだぜ、バケモン!」
「頼むぜ! アンタの十五人抜きに賭けてんだ!」
察するに店の奥で行われているのは飲み比べか、あるいは腕相撲の掛け勝負ってところか。
あ、ちょうどいま大の男が勢いよく地面に吹き飛ばされたな。どうやら腕相撲の方らしい。
「そうだ、ねえちゃん! やっちまえ!」
「女とは思えねえぜ! とんでもねえ怪力だ!」
「これで貴族じゃねえってんだから! どうなってんだろうな!?」
ねえちゃん? 女……?
酔っ払いの見物人たちをかき分けていくと奇妙な単語が聞こえてくる。
原作におけるソールはむくつけき髭男だ。乙女ゲームにあるまじき毛量と筋肉を誇っていた。
それを女と見間違うなんてことはまずありえない。であれば……どういうことだ?
真相を確かめるべく野次馬をかき分けて前へと進む。酒臭い人垣の先にいたのは――、
「――はい?」
黒髪ロングの、和風美少女……?
ジークリンデに負けず劣らずの美女が、牡丹のような優雅さでそこに座っていた。
あとがき
新作です! 第一章完結まで一か月ほどは毎日更新の予定です!




