第2話 悪役令嬢ジークリンデ
原作『帝国物語』におけるオレの推し『ジークリンデ』の立ち位置は主人公である聖女の敵役、いわゆる『悪役令嬢』だ。
オーディン帝国前皇帝の三女である彼女は『第一皇統派』と呼ばれる派閥のトップであり、皇位継承権を持つ皇帝候補でもある。
外見は、赫奕たる紅髪をなびかせた美少女。端正な顔立ちは意志の強さを感じさせ、黄金色の瞳には知性の輝きを宿す。
声には王者たるものの威厳と風格が備わりながら、鈴の音のように透き通ってもいる。
とまあ、原作ではこんな感じの描写なのだが、この世界においても同様の外見を彼女はしている。というか、原作以上にこの世界のジークリンデは綺麗だ。まだ式典の時に遠目で見たことしかないが、それでも息をするのを忘れるほどに美しかった。
だが、オレがジークリンデを推しているのは外見だけが理由ではない。
彼女の考え方、行動、その心の在りようをオレは尊敬している。
作中において、ジークリンデは皇帝を目指していた。帝国の民が安らげる世を創るために。
皇帝となった後の政策もきちんと考えていた。
建国以来の国是である大統一を緩やかに改め、税を軽減。くわえて、侵攻に注がれていたリソースをほかに回すことで国内の財政状況の悪化を食い止める。理想論ではあるが、彼女が皇帝として掲げていた理念に間違いはなかったし、実現可能性も十分にあった。
それだけじゃない。帝都内に私費で治療費を取らない病院を建てたのもジークリンデだし、氾濫の頻発するメナント河の護岸工事を指揮したのもジークリンデだった。
その一方で、彼女は己の功績を振りかざすことも、よくある自己アピールに執着することもなかった。わざわざ現場に降りていくことも、病床の誰かの手を握ることもなかったが、徹底して『皇族』としてできることをやり続けた。質実剛健な彼女らしい頑固なまでの誠実さの現われだ。
このようにジークリンデは、ほかのどの皇子よりも民を思い、帝国全体のことを考えていた。これは原作でも描写されていたことであり、オレ自身も一ファン、一個人としてそう確信している。彼女自身の言葉通り、ジークリンデは『間違ってはいない』。
そんな彼女の正しさと真面目さ、誠実さにオレは尊敬の念を抱いた。原作をプレイしながら誰かに仕えるのなら彼女のような人がいいとなんどもそう思った。
そう、オレは彼女の外見にではなくその統治者としての資質にほれ込んだのだ。
けれど、原作内におけるジークリンデの立ち位置は『悪役令嬢』。どれだけ正しくて、どれだけ努力したとしても報われないし、待ち受けるのは無残な死だ。
なにせ、悪役。物語の構成上、ハッピーエンドはまずありえない。
そんな運命を覆すにはジークリンデを『主人公』にするしかない。そして、原作ゲームである帝国物語における最終目標は『皇帝』。であれば、ジークリンデを皇帝へと押し上げることで彼女は悪役から主役へと昇華し、運命も変わるのではないか。オレはそう考えた。
無論、いばらの道だ。ジークリンデには才があり、オレには原作知識という武器があるが、立ちはだかる問題はそれだけじゃない。
例えば、ジークリンデの致命的なまでのコミュニケーション能力の低さとかがその筆頭だ。
「――おお」
だが、そんな些細なことは、実物のジークリンデを目にした瞬間に吹き飛んだ。
アースリア城内の中庭、一筋の光に照らされて彼女は立っていた。
原作通りの赤いドレスを完璧に着こなし、つかつかと歩く姿はさながらランウェイを支配するスーパーモデルの如し。 事実、オレの眼にはジークリンデ以外のわき役どもは霞んで見えている。
気の強そうな横顔もまた綺麗だ。見た目はこんなにクールビューティーなのに、内心では自分のあり方について常に悩んでいるのがギャップがあってよい。
そんなジークリンデの黄金の瞳が見つめるのは、あ、まずい。
ジークリンデの視線の先にいる金髪の少女こそが原作主人公『フレイン』。先月、『戦神の月』の『託宣の儀』で選ばれた聖女だ。
フレインはオレと同じく今日が初登城。右も左もわからずに困り果てているのは、原作通りの光景だ。
そんな原作主人公に対して、我が主は親切にも皇女殿下自らお声がけになり、困りごとを聞こうとしている。
なんという親切心、王者としての徳と慈悲深さの表れだろうか。我が主ながら褒めたたえたくなるな。
ちなみに、原作でのファーストコンタクトは、ジークリンデが初対面のフレインの顔を1分ほど親の仇のような顔でにらんだ後、
『貴女、場所が違いましてよ』
と発言したっきりまた無言になってしまうというものだ。
結果として、この時ジークリンデの言いたかったことは、
『貴女が噂の聖女ね? 初めての登城では道が分からないでしょう? 貴方が呼ばれている聖堂はこの先にあるわ』
なのだが、読者および主人公には『こんなところに場違いな田舎者がいるわね。さっさと来た場所に帰りなさいな。家畜の匂いが移るじゃない』くらいに受け取られてしまうことになる。
しかも、これだけならまだ悲しいすれ違いで済むのだが、この件を皮切りに聖女に悪印象を持たれたジークリンデは事あるごとに損な役回りを演じる羽目になる。そして最終的には聖女の属する『第二皇統派』の敵として死を迎えることになってしまう。
そんな悲しい結末を変えるには、まずこの出会いを変える必要がある。
「――ジークリンデ様」
なので、イノシシのような勢いで直進するジークリンデの前に割り込む。
案の定、彼女は怪訝そうな顔をするが、構うものか。無礼は承知の上だ。主君のために平然と泥を被れるようでなければ騎士として相応しくない。
さっそく名乗りを上げて――、
「……名乗りなさい」
しまった。改めて向きあった瞬間、あのジークリンデが目の前にいるという事実に感極まってしまっていた。
でも仕方ないと思う。リアルで、しかも至近距離で見るジークリンデはオレの想像の何十倍も美しい瞳をしているんだから。
「は! 本日付きで従者の任を拝命いたしました騎士『キリアン・シグヴァルト』でございます!」
「…………そう」
どうにか気を取り直して名乗ると、ジークリンデは『ああ、貴方が例の』という顔をする。
コミュニケーション能力同様に表情の変化も乏しいのがジークリンデだが、オレほどに彼女を熟知していれば微かな変化から彼女の感情を読み取ることも可能だ。
「騎士とはいえ、無礼ですよ。その、いきなり現れるなんて」
「はい。ご無礼をお許しください。殿下のお姿を目にした瞬間、逸る己を抑えられませんでした」
「…………世辞は無用です」
そんな、お世辞だなんて。心からそう思ってるのに。
「では、シグヴァルト卿。付いてきなさい。私にはせねばならぬことがあるのです」
「御意」
挨拶もそこそこに、ジークリンデはふたたび聖女へと突進を始める。
……こうしてみると美人なうえに背が高いことも相まってなかなか迫力があるな。初対面のフレインがビビるのもよくわかる。オレほどになればジークリンデのワクワクが伝わってきてニヤニヤすることもできるがな。
そうして記念すべきファーストコンタクトが行われる。
「そこの貴女」
「は、はい!?」
金髪の聖女に、赤髪の皇女が話しかける。
おお。オレは原作ファンといってもジークリンデとシミュレーション部分に愛着が偏っているんだが、それでも原作の場面がこうして再現されているとこう、感動を禁じえないな。
と、見ているだけでは原作の二の舞だ。ここはきちんと介入しないと。傍から見ると金色の子猫を威嚇する赤色の大型犬って感じだし。
「貴女、場所が違いましてよ」
「聖堂はこの中庭を突っ切った先にあります。分からなくて困っていたのでしょう?」
そうしてジークリンデの言葉を待ってから助け舟を出す。できるだけ愛想よく微笑んだので、威圧感はないはずだ、たぶん。
「あ、ありがとうございます? で、でも、どうして、そんなことが……」
よし、成功。原作みたいに唖然としていない。
原作の悪印象ブレイクとしてはこれでも十分なんだが、折角なのでオレの推しのいいところを広めておこう。
「気付かれたのは、我が主。ここにおわすジークリンデ殿下です。聖女殿がお困りと見て誰よりも早くお声がけになられたのですよ」
「こ、皇女殿下!? こ、これは、と、とんだご無礼を!」
ジークリンデの素性を知ると慌ててその場に膝をつくフレイン。ジークリンデは驚きに眉をひそめつつも、どこか安堵したように見える。
ジークリンデは自分のコミュニケーション能力の欠如をよく理解している。だから、自分の言葉が相手に過不足なく伝わってくれたのが嬉しいのだ。
「……早く行きなさい。儀式に遅れますよ」
「は、はい! あ、ありがとうございます! 殿下、えと騎士様!」
ジークリンデに促されて駆けていくフレイン。
原作通りの元気いっぱいっぷり。原作ファンとしてはいい思い出になる光景だ。
だが、オレが考えるべきはジークリンデのことのみ。このファーストコンタクトを経てどう反応するのか、楽しみだ。
「……差し出がましいですよ、シグヴァルト卿」
「は。申し訳ありません」
やはり、ちょっと叱られる。従者としての領分をわきまえていない行動ではあったからな、当然だ。
でも、これもジークリンデのため。彼女の未来が明るくなるなら、いくらでも叱られていい。というか、ウェルカムだ。
そのままツカツカと歩き出すジークリンデだが、
「………でも、礼を言います」
歩き始めた瞬間、聞こえるか聞こえないかの音量で彼女がそう呟いた。
「もったいなきお言葉……!」
その言葉を耳にした瞬間、涙があふれだしそうになる。
拝跪することで堪えるが、目じりが燃えるように熱い。
ささいな、本当にささいな一言だが、それがジークリンデのできる最大限だとオレは知っている。
自分が口下手で人見知りだと自覚しながらも、こうして感謝の気持ちを伝えようとしてくれたことがオレには嬉しくて、喜ばしくて、尊くてたまらないのだ。
そうして立ち上がり、絶対にジークリンデを原作通りにはさせない、と改めて決意する。
そのためにはどんな運命とだって戦う。
こんなに優しくて、誠実な女の子が悲劇の結末を迎えるなんて、世界の方が間違っている……!
あとがき
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