第13話 弟子入りしたいと言われても
第二皇子バルドによるドルウェナ辺境伯家の娘イレインとの婚約破棄とそれに付随して起こる第一皇統派最初の試練をオレとジークリンデは無事乗り切った。
はずだった。
事実、オレの説教(物理込み)とジークリンデの慈悲深い説得のおかげで婚約破棄は撤回。厄介な性格……もとい、武人らしい一本気な性格のドルウェナ辺境伯にことが露呈する前に全てが丸く収まった。
これで原作主人公こと聖女フレインは後ろ盾を一つ失ってしまったわけだが、彼女には他にいくらでも可能性がある。問題はない。
もっとも第一皇統派を襲う試練はまだまだ盛りだくさんだし、内部での課題も多い。勝って兜の緒を締めるではないが、これからが真の試練だ。
それを乗り切るためにもまずはジークリンデにはゆっくり休んでもらおう。このアホこと第二皇子バルドが訪ねてきたのはそう考えて、ティータイムを始めたその時のことだった。
「はい?」
挨拶もそこそこに第二皇子が言い放った一言を改めて聞き直す。
いや、聞き取れてはいたんだが、あまりにも理解不能な文言だったため、聞き間違いであってほしいと強く願う。
「僕を師として鍛えてほしいんだ! シグヴァルト卿! いや、義兄上!」
……聞き間違いじゃなかった。
オレに、弟子入り? この第二皇子が? なんで? どういう理屈?
って、勝手に席に着くなよ! いくら皇族でも招かれてない茶会に同席する権利はないぞ!
「困惑しているようだな、義兄上。いや、無理もない。だが、安心してほしい。今回は勢いで決めたわけじゃない! ちゃんと考えて、その上で決めたことなんだ!」
キラキラしたおめめで理由じゃなくてやる気をアピールしてくる第二皇子。というか、今回はってことは例の婚約破棄に関しては自分が勢いだけで行動してたと認めたぞ、こいつ。
いや、考えてる分、今回の方が質が悪いかもしれない。というか、絶対に嫌だ。スケジュール的にも、心情的にも、第二皇子の師匠役なんてごめんこうむる。
「あー、第二皇子殿下?」
「なんだろう、義兄上、ああ、それと、こういう場では殿下ではなくバルドと呼び捨ててくれて構わない。兄弟なのだからな」
……にこやかな笑みがまた癪に障る。またぶん殴るぞ、この野郎。
と、いかんいかん。相手は皇族だ。断るにしてもちゃんと理由を聞いてからだ。聞いたところで答えは断固として『ノー』なんだが、一応筋は通さないと。
「ああ、そうか。何故兄弟なのかというとだな。東方の地では尊敬し、慕う年長者のことを『兄』と呼ぶのだと風の噂で聞いたんだ。そうであれば、我が師となってくれるシグヴァルト卿のことは兄と呼ぶべきだと思ったんだ。なかなかかっこいいと思うんだが、どうだろう?」
いや、知らねえよそんな文化。あったとしてもそれ三国志とかの時代の話だろ!
ああ、いや、そうか、この世界の文明はまだまだ近代に差し掛かったくらいだから、あながち遠くもないのか……? いや、千年間のタイムラグは遠いだろ!
って、そんなこと言っている場合じゃない。
「いえ、殿下。まずは、理由をお聞かせ願いたいのですが。なぜ、自分のような若輩者に弟子入りなどとお考えになられたのか、まるで分らないのです」
「……理由か。義兄上も酷なことを言われる。だが、恥を乗り越えよと仰せなら、弟として従うまで。いや、これこそ、義兄上から僕への最初の試練……?」
なにいってんだ、こいつ。
オレはただ理由を聞いているだけなのに、なぜか超解釈してる。言葉の意味を裏読みするのは大事だが、無からありもしない意図を作り出されるのは一種の恐怖体験だ。
あれか……? オレがぶん殴ったせいか? そのせいでもともとかわいそうな数字しかない第二皇子の知力をさらに下げてしまったのか……?
「……僕は、あの時、自分が正しいと信じて疑わなかった。今思えば若く未熟だった」
おい、二日前のことだぞ。過去にするな過去に。
ほら、ジークリンデも「大丈夫かしらこの子」って目で言っている。一度ちゃんと検査した方がいいんじゃないか? 聞いてる? 第二皇子の従者? 少し離れたところで見守ってないで、お前んところの主人どうにかしてくれよ、頼む。
「けれど、そんな僕の蒙昧を義兄上とジークリンデ姉上が啓いてくれた。重たい拳と鋭い言葉が、僕に皇子としての責任と貴族としての義務を思い出させてくれたんだ……!」
…………そう、なのか。
そんなつもりはあったといえばあったような、なかったといえばなかったような……あったことにしとくか。ちょうど都合よく受け入れてくれているわけだし。
とはいえ、オレは第二皇子をぶん殴り、説教をしただけで別に褒められるようなことはしていない。
第二皇子が改心したというのなら、その手柄はきちんと言葉で道理を説いたジークリンデにこそある。
あ、そうだ、これでいこう。オレハナニモシテナイヨ路線だ。
「そうおっしゃられるのでしたら、殿下はジークリンデ様にこそ感謝なされるべきです。加えて、殿下のことを慈悲深くお許しになられたイリアナ嬢にも。それと比べては自分などなにもしてないようなものです」
「いや、無論、2人にも感謝している! だが、それだけではないんだ! 義兄上!」
……そうですか。
感謝してるならもう帰ってくれません? ジークリンデ様に帝都で評判のクッキー振舞いたいんで。貴方の分は用意してないので……、
「義兄上は僕の愚かさだけではなく弱さにも気付かせてくれた……! 手加減した自分に手も足も出ない弱者が一体何が守れるのだ! 強くなれ! と拳で伝えてくれた……!」
………えぇ。
たしかに、そんなことは言ったけども。言ったけどもそれはあくまでアンタに対して当然の指摘をしただけというか、原作からたまりにたまっていた文句を言語化しただけというか……それをどうしてこんなプラスの意味で咀嚼してんだ……?
わ、わけがわからん。たすけて、ジークリンデ。
「……ふふっ」
助けを求めてジークリンデの方に視線を向けると、口元にかすかな笑みを浮かべている。
は、儚くて尊い……! 守りたい、この微笑み……!
って待て、いかん。ジークリンデは弟の成長? が嬉しいのだろうが、だからといって第二皇子の指南役なんて引き受ける気はない。
第一その暇が……ない! ないったらない!
「義兄上はこうも言ってくれた、身近にいるイリアナを侮辱し、姉上を傷つけるような弱い僕には、あの美しい方の隣に立つ資格はない、と! まったくその通りだ!」
さらに一人で盛り上がっていく第二皇子。
……こうなると止めるにはもう殴るしかないが、今は無理だ。ちくしょうめ。
「だから、僕は強くなると決めたんだ! 今更聖女殿に懸想するわけじゃないが、弱いままの僕ではいれない! 第二皇子として、戦神の血を継ぐものとして恥ずかしくない己になりたいんだ……! 愛を追うのは、そのあとだ……!」
「……でしたら、弟子入りなさるのは別に自分でなくてもいいのでは? 第二皇統派にも立派な武人や貴族はいらっしゃるでしょう?」
言っていることは一応まともなのでオレ以外が苦労するように誘導する。
第二皇子がオレを指名している理由は、まあ、なんとなくは理解できる。あれだ、鳥が卵からかえって初めて見たものを親と思い込むのと同じで、初めて自分を殴ったオレをこう、なんか師匠的なものと思い込んでいるんだろう。
だが、そんな初見殺しのトラップみたいなものにはまり込んでたまるか。オレはジークリンデのために働きたいんであって、第二皇子がどうなろうが知ったこっちゃない。
「ただ鍛えてもらうだけならそれでもいいかもしれない。だが、義兄上。よくもわるくも僕は皇族。皇族に対してあれほど遠慮なく、容赦なく指導してくれる師がどれほどいるだろうか……!」
……第二皇子がマゾヒストだとは知らなかった。これもオレのせいなのか……? 怒りに任せてやりすぎたのか……?
い、いや、落ち着け、オレ。
確かにどうせ鍛えるなら厳しく鍛えてもらうのも手ではある。もっとも、厳しければいいというわけじゃなくてあくまで自分にはどんな指導法があっているのか確かめてから選ぶのがベストだ。
かくいうオレも自分に合った鍛え方を選ぶのにはだいぶ苦労を――って違う。そんなのは今はいい。
ともかく、第二皇子の要望としては皇族であることに忖度せず厳しく鍛えてくれればそれでいいわけだ。だったら、それこそオレじゃなくていい。
「では、自分が紹介状をいくつかしたためましょう。学生時代に鍛えてくれた講師の中には帝都にお住いの方もいますので」
正直、オレの人脈を第二皇子に提供するのは乗り気がしないが、ここで第二皇子に貸しを作り、イリアナとの婚姻以外に繋がりを作っておくのは悪い手じゃない。
問題は誰を紹介するかだが……いかんな、オレを鍛えてくれた人たち、変人ばっかだ。第二皇子がもつとは思えないが、まあ、別にいいか。
「そ、それでは、ダメなんだ! それに、習いたのは武芸だけではなく義兄上の考え方や立ち居振る舞いも僕は学びたいんだ!」
「でしたら、そちらも紹介いたしましょう」
「い、いや、それには及ばない! 義兄上に師事したいんだ、僕は!」
「なぜです?」
「それは、やはり、僕としてはだな、義兄上のような信頼できる方に鍛えてもらいたいというかなんというか……」
なるほど。そこら辺は感情的な問題なわけか。しかも、本人もオレでなければならない理由を言語化できていないときた。
であれば、どうとでもなる。口八丁で押し切ってしまえば、あとは文句も言ってこないだろう。
「ともかく、何人か紹介するのでまずはお会いになってみてください。自分には、大事な役目がありますので」
暗にオレは忙しいと伝えるが、第二皇子は「でも、しかし、だけど」とか呪文のようにうめている。
「…………シグヴァルト卿」
「は、はい、ジークリンデ様」
思考が堂々巡りになっていると、ジークリンデが話しかけてくれる。
いつも通りの麗しい声に、思考がはっきりしていく。
同時に、ジークリンデがこのタイミングでオレを呼んだ意味にも気付いてしまう。
オレがジークリンデの従者であり、つねに彼女を理解しようと努めているからこそこの一言で分かってしまった。
で、でも、それはずるい……! 今回ばかりは抗わせてもらう……!
「シグヴァルト卿。貴方は休みなく働いています」
「い、いえ、休みはきちんととっています。そ、それに、これくらいのことは従者としては当然で……」
「……週に一度くらいならば、肩の荷を下ろすのも悪くないのでしょう」
だ、ダメだ。か、勝てない……!
だって、ジークリンデの瞳が『弟の世話をお願いできませんか……?』と訴えかけてきている。しかも、忙しいなら自分の世話を休んでその日に少しでも相手してやってほしいとまで伝えてきている……!
家族思いのジークリンデらしい行いだ。自分の時間を割いて弟が成長するならそれもまたよしと優しさゆえに決めておられる……!
こ、これでは忙しいとオレが言い張れば言い張るほどジークリンデを困らせてしまう。
それは、それはできない。ああ、くそ、なんてことだ……! ジークリンデのために時間を使いたいのに、そうすることが彼女を苦しめてしまう! 忠を尽くそうとしているのに、それが不忠になってしまうなんて……!
な、なるしかないのか? この第二皇子の師匠に? このオレが? 第二皇子のこと嫌いなのに?
…………いや、ダメだ。こんな考え方では忠を尽くせない。思考を転換させるんだ、オレ。
「……シグヴァルト卿。無理であるのなら、他に何か――」
考え込むオレに、ジークリンデが心配そうな声色でそう言ってくれるが、答えは出た。
ようは、考え方と覚悟の問題なのだ。
「…………いえ、ジークリンデ様のお望みならば、このキリアン・シグヴァルト、バルド殿下の指南を務めさせていただきます」
オレが苦悶の末に答えを出すと、第二皇子が「おお!」と歓声を上げて、ジークリンデは安心したように胸をなでおろす。緊張解けて眉根が下がったのがかわいい。それでいてオレに無理を強いたのではとまだ心配している目元が麗しい。
手間だけを考えれば第二皇子に武芸やら軍略を教えるのは無駄でしかない上に、敵に塩を送るだけだ。
だが、政治的には第一皇統派と第二皇統派の団結をアピールするパフォーマンスにはなる。両派閥のトップが直接的に親しくしているとなれば他の派閥として手が出しにくいし、第二皇子の信頼を得ておけば妙な裏工作も深刻化する前に察知できる。
……けっこう重要な役割だ。外部の者には当然任せられないし、他に適任者もいない以上、オレがやるしかない。
それに、ジークリンデが喜ぶのならその一点だけでもやる価値はある。
まあ、長続きもしないだろ。オレが第二皇子に教えられることはそう多くないしな。元の能力値では第二皇子の方が高いし。
「ただし、殿下。講義は週に一度ではなく10日に1度です。場所はこの離宮で、ジークリンデ様にも可能な限り立ち合っていただきます」
ついでにスケジュールもこっちで調整させてもらう。
一週間に一度は無理だが、10日に一度ならどうにかなんとかなる。ちょうどそのくらい空いたら飽きてくれそうだしな。
「承知した! あと、殿下ではなくバルドと呼んでくれ! 義兄上!」
「……では、バルド様。まず、その呼び方をやめていただきたい。気色悪いので」
「きしょくわるっ!?」
正式に師匠になったので、さっそく武侠めいた呼び方をやめてもらう。オレには三兄弟を率いて漢王朝を復興するような器も、暇もない。
それに、妹はもういる。勝手に弟なんて作ったらあいつのことだ、帝都に押しかけてきてオレの私室に居座りかねない。
……しかし、あれだな。やっぱりなにもかもが思った通りに進むほどこの世は都合よくできてないってことか。
…………まあ、それはそれでシミュレーションマニアとしてはやりがいがあるから困ったもんだ。
◇
『第一皇女ジークリンデの日記から抜粋』
今日、弟のバルドが奇妙なことを言いだした。なんでもわたしの騎士に弟子入りしたいのだそうだ。
正直言って、意味はよく分からない。たぶん先日の婚約破棄の一件でのシグヴァルト卿の振る舞いに何か感じ入ることがあったのだろう。
よいことだ。弟の成長は帝国のためになる。それに弟と相争わずに済むならわたしはその方がいい。その方がいいに決まっている。
だから、弟子入りの件は後押ししておいた。わたしの騎士との時間が減るのは少し残念……いえ、不便だけど、これも弟のためだ。
そういえば婚約破棄事件では驚くべきことがたくさんあった。
そもそも事件そのものにも驚いたけれど、やはり、一番の驚きはシグヴァルト卿と弟との決闘だろう。
…………今思えば、あれは無謀だった。
不敬罪を犯した以上、死罪もありうる。あの時は咄嗟に庇うことができたけれど、あれが公衆の面前だったらわたしの騎士を守りきれたかわからない。
でも、そんなことはシグヴァルト卿もよく分かっていたはず。
彼は凶戦士なんて呼ばれているけど、その実、すごく理性的で知性的な人物だ。洞察力という点ではわたしの知るもっとも賢い友人にも勝るかも。いずれ、彼女とわたしの騎士を引き合わせたいものだ。
と、話がそれてしまった。
シグヴァルト卿は野蛮人ではない。不敬罪の事はもちろん、決闘とはいえ皇族に暴力を振るうなんてことがどんな結果を招きかねないかなんてことはよくわかっている。
その上で彼は決闘に臨み、勝利した。すべてはわたしの名誉と尊厳のために。
…………まるでおとぎ話の騎士みたいだ。主に忠を尽くし、その名誉を守り、時には命さえも惜しまない。シグヴァルト卿はそんな騎士なのだ。
それだけじゃなくて、彼は、シグヴァルト卿は、わたしをわかってくれている、と思う。
頭が痛いときは頭痛に効くお茶を出してくれるし、言葉足らずのわたしをいつでも補って、勇気づけてくれる。それに、彼が隣にいると、すごく安心するというか、心が温かくなるというか……、
……ともかく、わたしは、理想の騎士を見つけた。なんて幸運なのだろう。皇祖曰く『忠ある一人の騎士は、千万の金銀に勝る宝である』。まったくその通りだ。
…………でも、完璧な騎士にも注文がないわけじゃない。
とくに、女性関係。あのトモエという異民族の女性。彼女が強いことに疑う余地はないし、人材としての有用性もわかっているけど、我が騎士と本当に婚姻するつもりなんだろうか……?
いや、我が騎士の婚姻に口を出す権利はわたしにはないのだけれど、でも、やっぱり、その賛成か反対かでいえば――、
(ここで日記の頁が破り取られている。第一皇女はここまで書いたところで恥ずかしくなったと思われる)
あとがき
新作です! 第一章完結まで一か月ほどは毎日更新の予定です!
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