第12話 教育的指導(拳)
神聖統一帝国第13代皇帝ゲフィオン・アウグスタ・オーディンソン。
別名『恋煩い帝』、もしくは『はだしの皇帝』とも呼ばれる彼は皇帝位に就きながら、若くして自ら帝位を放棄した。帝国1000年の歴史において彼以外に自らの意志で帝位を手放した者は一人としていない。
手放した理由は彼が帝国と停戦中だったとある国の姫と恋に落ちたことにあるのだが、当時の帝国では皇帝の正妃となるのは皇族の姫君でなければならないと法で定められていたから、その姫との婚姻は許されなかった。
三親等以内での婚姻の強制。より近しい人間と子をなすことで皇族の血に宿る戦神の加護がより強くなるのだと当時の人々は信じていたのだ。
それでも側室という形であれば皇族以外からも女性をめとることは許されていたし、他国の姫が従属の証として帝室に嫁いでくるというのはよくあることだ。
だが、とことん件の姫にほれ込んでいたゲフィオン公はそれでは満足しなかった。姫に誠実でありたいなどとほざき……もとい主張して、彼女を正妃にできないのなら帝位を放棄するという無責任なことまで言い出した。
まあ、ここまでならそれこそただの恋煩い。身分を問わずそういうやつは一世代に一人はいる。
ゲフィオン公が他のものと違ったのは帝位を放棄するという妄言を実行に移した点だ。
ある日、覚悟を決めた彼は帝位を放棄しすべてを弟に相続する旨の書面をしたためた。この書状はゲフィオン公の従者によって公になり、今も帝国図書館に保管されている。
ともかく、その書状の通りに一切の財産を放棄したゲフィオン公は隣国に亡命。望み通り意中の姫と結ばれた。
そうして二人は末永く幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。
さて、ここまでが帝国民なら誰でも知る『ゲフィオン公の駆け落ち』の顛末だが……実はこの話にはあまりメジャーではない続編がある。
そのタイトルはずばり――、
「バルド殿下。『ゲフィオン公の横死』についてご存じですか?」
失神KOからどうにか立ち上がった第二皇子に、オレはそう追い打ちを立てる。
肝心の第二皇子の反応はというと相変わらずのアホ面。どうやら答えは『知らない』らしい。オレの殴りつけた頬は無様に腫れており、少しスッキリする。
しかし、あれだけ愛に生きたゲフィオン公のようにとか言っておきながらその顛末を知らないとはな。さすがのアホっぷりだ、第二皇子。
一方、ジークリンデは当然知っているのでオレを止めるべきか、あるいはこのまま続けさせるかについて悩んでいる。畏れ多くも彼女の内心を代弁すると『いい薬にはなると思うけど、ショックが強すぎるんじゃないかしら……?』と言った感じだろう。
だが、これに関してはあえて彼女の意向はくみ取らない。
バカは死ななきゃ治らないというが、このバカ皇子には劇薬くらい飲ませないと事態を理解できない。
「確かに『ゲフィオン公の駆け落ち』に関しては皆の知るところです。演劇の題材になっていますしね。ですが、その先については殿下がそうであられるように、意外なほど知られていないのです。その理由が、お分かりになられますか?」
なので、そのまま問いを続ける。
我ながら意地が悪いと思うが、必要なのだから仕方ない。
……まあ、今回の場合は趣味も多分に含まれているが。
「い、いや、わからない……」
「簡単ですよ。帝位を捨てられた後のゲフィオン公の末路が悲惨なのものであったがために、皆積極的に語りたがらなかったのです」
「……え?」
分かりやすく驚きの表情を浮かべる第二皇子。
皇子でありながらここまでポーカーフェイスのできないやつもそうはいない。ジークリンデとは別の意味でまったくもって権力闘争に向いていない。
というかだな。タイトルが『ゲフィオン公の横死』になってんだから察せられるだろ。
横死の意味は無残な死だぞ? まあでもあれか、第二皇子にそんなことを期待しても無駄だな。それができないから第二皇子(蔑称)なわけだし。
「ゲフィオン公は帝位を捨てた後、愛する姫のいる当時の隣国『オルテア王国』へと向かいました。帝国国内に留まるのは危険すぎますし、当然の判断ではあります。ですが、それでも甘かった」
「……甘い?」
「オルテアは帝国に近すぎたのですよ、殿下。当時の帝国も今と変わりません。国是たる大陸統一のためには隣国へ侵攻せねばなりませんが、オルテアはその途上にありました」
「ま、待て、そ、そんな話聞いたことないぞ! か、仮にも皇族が婿入りしている国に帝国が攻め入るはずがない!」
「ええ。帝位を捨てても皇族は皇族ですが、それが問題なのです。ゲフィオン公本人には皇位継承権がなくとも、その子や孫には継承権が発生しえます。実際にそういう前例はあります」
オレが視線を送ると、ジークリンデが頷く。
前例の代表としては『流血帝』の名で知られるエイリオン三世があげられる。先代の皇帝と外国の妃の間に生まれた彼は皇位継承者としては低い順位だったが、自分以外の皇位継承者を皆殺しにして帝位についた。
無論、殺したのは皇位継承者当人だけじゃない。帝都だけで3000人が殺され、墓場が足りず遺棄された死体で川がせき止められたという。しかも、この人数は貴族とその子息だけの統計で巻き込まれた使用人や市民は含まれていない。
さすがは『流血帝』。その後の徹底した恐怖政治もそうだが、日記に『あれでも遠慮していた』と書き残すだけのことはある。
「委細はともかく、帝都にはゲフィオン公の子孫を警戒するものが多くいました。排除できるものなら排除してしまえと。そして、実際に計画は立案され、実行されました」
「ふ、不敬だ! 皇族相手にそ、そんなことが許されるはずがない!」
「――ふっ」
第二皇子があまりにも間の抜けたことを言うので思わず鼻で笑ってしまう。
皇族は確かに尊ばれるものだが、そんなものは壁に掛けた神棚のようなものだ。普段は大事にしていても模様替えが必要になれば容赦なく動かされてしまう。
それと同じで例え皇族であっても必要となれば始末するのが人情というものだ。
実例がいくらでもあるのは、ジークリンデのため息が物語っている。玉座への階段にはなん時でも血が滴っているものだ。
「それにゲフィオン公は死んでいただく方が帝国のためになるという思惑もありました」
「……は?」
「当時帝国とオルテア王国との間には停戦条約が結ばれていました。ですが、南部への領土拡大のためにはどうしてもかの国が邪魔になります。なので、帝国としてはてっとり早い開戦の大義名分が欲しかった。いわば、停戦条約を破らざるをえなくなる理由が必要だったのですね。分かりますか、殿下?」
「…………わ、わからない」
「ふむ。それはいけませんな。殿下がゲフィオン公のように真の愛のために帝位継承権をお捨てになるのでしたら、この程度のことはわかっていないと」
「ぶ、無礼だぞ! いかに姉上の代理とはいえ身分をわきまえ――」
「断る!」
口撃に耐えかねて反撃してくる機先を気迫で制する。
こちとら原作ではよく通る声以外に何一つ褒められたところのないキリアン・シグヴァルトだぞ? こういう時の声の迫力だけは鍛錬なしでも一日の長がある。
予想通りに気圧されて一歩退く第二皇子。この時点でこっちの勝ちだ。
「例え皇族とはいえ主家は主家! 臣下として諫言せねばならぬときに身分など気にしていられるか! ましてや、決闘の場においては一人の戦士同士! 文句があるなら、その剣で示してみせろ!」
「き、貴様……! おおおおお!」
オレの言葉に乗せられて、第二皇子は長剣を拾い上げて切り掛かってくる。
……ノロノロとした動き。あまりにも隙だらけだが、仕方ないので大盾で受け止める。
儚いまでの手ごたえ。しかし、こうして打ち込んでくる根性はある、ということにしておこう。
「元皇帝の暗殺! それも民に人気のあった『恋煩い帝』が婿入りした先で殺されたとなれば、大義名分としてこれ以上のものはない!」
「ぐっ――!? や、やめろ! 嘘をつくな!」
感情任せの攻撃を片手間でさばきながら、話を続ける。
やはりただ説教するよりもこうして戦うほうがオレの性にはあっている。
オレの言葉が嘘ではないことは第二皇子も心の奥底では理解している。彼を育んだ環境、帝都という魔窟の喧騒はどれだけ拒んでも目の端に映り、耳に入るものだ。
「嘘かどうかくらい自分で調べろ! それくらいはできるだろうが!」
「き、貴様……っ!」
「たとえ自作自演だと発覚しても、その時にはオルテア王国は滅び、領土は併呑されている! 不正義も非道も戦に勝ちさえすれば、民は忘れる! それゆえ『ゲフィオン公の横死』は口の端に上らなくなった!」
「ぐっ!?」
大振りの一撃に合わせて体当たりをぶちかます。第二皇子はよろめいて、そのまましりもちをついた。
無様だが、すぐに立ち上がってくるのは悪くない。少なくとも原作での顔がいいだけの軽薄なバカよりもこの泥臭さの方がオレには好ましく思える。
「そして人は美談の後のことなど気にしないものだ。まして『ゲフィオン公は毒酒をあおり、麗しき姫君は行方知れず』なんて顛末は誰も知りたくないんだよ」
「なにが、なにが言いたい……!」
「まだ分からないのか? ジークリンデ様が心配なさるわけだな。勘が鈍すぎる」
「お、おのれ……!」
突きを放つ第二皇子。が、盾で受け止める必要もない。のろまな切っ先を空い左手でひっつかみ、そのまま握りしめる。
それだけで長剣はピクリとも動かなくなる。薄皮が切れて血が流れるが、それだけだ。
このまま引くか、押されるかすれば指が落ちるが……その心配はない。握力にはそれなりに自信がある。拳大の岩くらいなら粉砕できる。
実際、第二皇子は両手で長剣の柄を握ったまま動けなくなっている。オレの行動への驚愕が半分、実際に血が流れているのを見てビビりあがっているのが半分ってところか。
「殿下もそうなると申し上げている」
「そ、そんなことには……」
多少は自分の『弱さ』を自覚しているのかこれまでになく語気に力のない第二皇子。
行動にも迷いが生じ始めている頃合いか。無駄に頑固だったと言いたいところだが、頑固さに関しては人のことは言えないので黙っておくことにする。
「貴方には武力がない。知識も少ない。味方もほとんどいない。貴方が皇位継承権を捨てて野に下ったとして誰を頼るのですか。その者が貴方を手酷く利用することはないと誰が保証してくれるのですか」
第二皇子が第二皇子でないのなら愛に生きようが、誰と駆け落ちしようが個人の自由ですむ。その結果どうなったとしても個人の問題だし、やりなおしもきくだろう。
第二皇子という立場と血はそんな自由を許さない。いや、原作のようにジークリンデが泥を被れば、彼は皇族のまま真実の愛とやらに生きることもできるだろう。
だが、それはオレが許さない。他の誰が犠牲になろうが構わないが、ジークリンデだけはオレが守る。
そのためならば慣れない説教もするし、誰に嫌われ恨まれても構うものか。
「うぐっ……ぼ、僕は……それでも……」
「愛に生きると? その結果、貴方の愛する聖女を不幸にしたとしても?」
最後の問いに、第二皇子の指が長剣の柄から離れる。オレの問いに答えねばならないと理解しながらも、答えを出せずにそのままへたり込んでしまった。
これまでのように愛に生きると口にしたい。だが、それがもたらす結果を嫌というほど理解させられた。そうなってはかつてのようには振舞えない。
老人が若人より分別があるのはそれだけ多くの経験を積んでいるからだ。
「オレに勝てない程度の武勇では守れるものなどたかが知れている。それでもなお愛に生きるなどと言われるのなら、その果ての結果を覚悟して申されよ」
「くぅぅぅ……!」
柄にもない説教はここまでだ。効果のほどは地面に突き立てられ、土で汚れた第二皇子の指が物語っていた。
「第一皇統派としての要求は二つ。『婚約破棄の撤回とイリアナ嬢への謝罪』。この二つを呑んでいただけるのなら報復はしないと約束いたします」
うつむいた頭に淡々とこちらの要求を告げる。
言外に告げている要求が満たされないのなら容赦なく報復するという真意も今の第二皇子なら理解できるだろう。
オレの役目はすんだ。ここから第二皇子を慰め、説得する役は姉であるジークリンデのもの。オレはあくまで汚れ役であるべきだ。
「……苦労を掛けました」
足早に立ち去ると、すれ違いざまジークリンデが楚々とした声でそう労ってくれる。
…………凄い嬉しい。正直、オレのやったことは皇族をボコボコにして偉そうに説教を垂れただけだから、申し訳なく感じてしまうくらいだ。
というか、これでオレは10万の軍勢とだって戦える。具体的に言えば、今なら関ヶ原でオレ一人VS西軍だって勝てるね、小早川とか狙い撃ちにするし。
そうして、この騒動の翌々日、オレは朝一で一連の作戦が功を奏したことを知った。
イリアナ嬢が早馬で第二皇子から謝罪と婚約破棄を撤回したい旨の申し出があったと知らせてくれたのだ。
ジークリンデのおかげだ。オレがさんざん打ちのめした後に、彼女が第二皇子を慰め、どうすべきかを理路整然と説いてくれたのでこれほど早く第二皇子は動いた。従者としても主の行いが誇らしい。
一日考える時間を与えたのもよかった。そもそも第二皇子から聖女への恋心は一目ぼれによる衝動的なもの。改めて時間を置き冷静になったことで、周りの言葉にも耳を傾けられたのだろう。
ああ、よかった。これで最初の試練を乗り切った、めでたしめでたし……というわけにはいかないのが現実というもの。厄介ごとというのは次から次へと沸いてくる。
「シグヴァルト卿! いや、義兄よ! ボクを鍛えてくれないか!」
その厄介ごとは第二皇子の姿をして、そんなたわごとをほざきながらオレに頭を下げている。
ジークリンデの住まう『ミズガド離宮』の中庭、午後のティータイム中の出来事である。正面に座るジークリンデがお茶を噴き出しそうになり、淑女の威厳を保つためにどうにか耐えている。そんなところも可憐だ。
しかし、どうしてこうなった……?
あとがき
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