第11話 右ストレートでぶっ飛ばす
原作『帝国物語』において第二皇子バルドはそう強力なキャラクターではない。
初期の能力値はそれぞれ、統率62、武勇60、知力55、政治42、魅力80というもの。原作のキリアンのようなどうしようもないゴミというわけではないが、一線級とは言い難い。
攻略対象としては物足りないを通り越して、哀れなほどだ。唯一魅力だけは80の大台に達しているが、それもそう高い数字ではない。
オレの見立てでは、この世界の第二皇子は原作通りの能力値をしている。というか、知力と政治に関してはもっと低くていい。『恋愛脳』とかそういうマイナス補正のかかる特殊スキルとか持ってんじゃないだろうか?
なんにせよ、トモエと立ち会ったオレにしてみれば正直大した相手じゃない。
だが、そんな細かいことはどうでもいい。
例え、このクソバカ脳なし皇子の武力が100だろうが、1000だろうがオレはこいつをぶん殴らなきゃならん。
ジークリンデを侮辱する奴は絶対に許さない。皇族だろうが、神だろうがその顔面に一発ぶち込んでやらなきゃ気が済まない。
ありがたいことに、オレに手袋を叩きつけられた第二皇子は決闘を承諾した。
頭に血が上ったゆえの短慮だな。皇族なら決闘するにしても代理人を立てるのが常識。自ら戦うことはまずありえないのだが、当人が戦うことを了承した。
まあ、頭に血が昇ってるのはこっちも一緒か。でも、許さん。ギタギタのガタガタにしてくれる。
「――ようやく、貴方の異名の由縁を理解した気がします」
うきうきしながら決闘の準備を整えていると、ジークリンデにそんなことを言われた。
決闘の会場に選ばれたのはアルヴ離宮の中庭だ。丁寧に手入れされた生垣が馬やら狼やらを象っている。庭師には申し訳ないが、こいつらはすべて第二皇子の血で染まることになる。
「お叱りは後で甘んじてお受けします。ですが、これは従者として決して譲れない一線なのです」
「……叱る気はありません。バルドには、いい薬でしょう」
ジークリンデはどこか呆れたような、それでいて喜んでいるような、曖昧な表情を浮かべている。言いたいことは山ほどあるが、今は呑み込んでおくことにした、そんな感じだ。
しかし、そうか。ジークリンデはオレの勝利を信じてくれているのか。一瞬怒りを忘れてしまうそうになるくらいには嬉しいことだ。
従者が主君の名誉のために決闘する、というのはよくあることではないがそう珍しいことでもない。
そもオーディン帝国は戦士文化の国だ。戦いは文化の一部であり、紛争の解決手段としては一般的といってもよい。もっとも、今の時代では本当に命のやり取りすることはそうそうないが、それでも寝物語には必ず登場する。
一方、決闘に際して身分の差を持ち出すことは最大級の恥でもある。戦いの趨勢は戦神の定めるもの。それに異を唱えることは皇族であっても許されていない。
つまり、決闘であれば第二皇子の顔面をぶん殴ってもおとがめなしってことだ。
「いい見世物になりそう」
トモエはトモエでようやく楽しくなってきたと言わんばかりに、狂暴な笑みを浮かべている。どうやら好戦的なだけじゃなくて、単純に血を見るのも好きらしい。
そういえば、原作でもそういう節はあった。闘技場での試合に興奮しすぎて殴り込んでたもんな、こいつ。
「なんだ、オレが負けるとは思わないのか?」
「その程度の男を婿に選んだ覚えはない。それに、主が侮辱されてただ負けるなんてあなたにはありえない」
「……よくご存じで」
心の内を見抜かれたようで一瞬戸惑う。
でも、原作からしてトモエは相手と一合打ち合うだけで対戦相手の実力、性格、趣向まで見抜いていた。オレのことをあの腕相撲と手合わせで理解していてもなにもおかしくはない。
トモエの言う通り、オレは大盾使い。必然、攻める戦い方よりも守る戦い方、つまり、負けない戦い方が得意だ。
そういう方向に自分を鍛えてきた。この身体に適性があるのが大盾しかなかったというのもあるが、第一皇統派に、ジークリンデに必要なのは守勢に適した人材だと判断してのことだ。
実のところ攻勢向けの人材は原作の時点で揃っている。というか、今は外征軍に従軍しているある天才がいる。原作では、その天才の攻めっ気が強すぎて派閥を乗っ取られたぐらいなので足り過ぎているくらいだ。
なので、オレはジークリンデを外敵からも内敵からも守る盾になる。そう決めて生きてきた。
だが、時には盾も立派な鈍器になる。特に主を侮辱したクソ野郎を制裁する時には。
「両者、前へ」
決闘の立会人である第二皇子の従者の声が中庭に響く。
眼前には決闘用の軽装に着替えた第二皇子の姿。緊張した面持ちで得物である長剣を構えている。
皇族用の装飾華美な剣。柄にも鍔にも宝石があしらわれ、刀身には金でルーン文字が描かれている。
宝剣だ。
つまり、見掛け倒しで実戦には適していない。使い手と同じく見た目は派手でも中身はスカスカだ。
「決闘の条件を確認します。シグヴァルト卿が勝利した場合にはバルド殿下はジークリンデ殿下へ謝罪を。バルド殿下が勝利した場合にはシグヴァルト卿はジークリンデ殿下の従者の職務を辞す。以上の条件に両者相違ありませんね?」
「ない」
「ありません」
決闘の条件に婚約破棄を撤回することについて含めようかとも思ったが、それはジークリンデの本意に反する。主が弟を説得することで事態を解決しようとしているのに、オレが暴力で解決しては意味がない。
なので、第二皇子に求めるのはあくまでジークリンデへの謝罪のみ。ただ純粋に怒りのみを叩き込んでやる。
「では、決闘の開戦を宣告します。戦神の矛に誓って、戦乙女のお目見えのあらんことを」
慣習にならって従者が決闘の開始を宣言した。
同時に大盾を構えて、一歩踏み出す。轟く鈍い音と大盾の存在感は対峙する敵手の行動を縛る効果がある。
ゲームでは大盾持ち騎士には敵兵を引き付けるという特性があったか、それをこの世界で再現するとこうなる。自分でも経験したが、 身の丈ほどの盾が接近してくる様には壁が迫ってくるような圧迫感があり、まともな思考を保つにはかなりの精神力を要するものだ。
騎士学校での三年間で学んだ技術だ。決闘三昧の日々は確かに糧となっている。
「くっ!?」
なので、第二皇子は予想通りにやけくそになって斬りかかってくる。
……右の大振り。オレを袈裟懸けに、つまり、肩口から切りつけたいのだろうが、スローモーションかと思うほどに動きが鈍い。鍛錬不足だ、間抜けめ。
逆にこちらから体を入れて、大盾で勢いに乗る前の剣を横から弾く。
絶好のタイミングで、しかも、オレの腕力に第二皇子自身の勢いが重なったことで彼の姿勢が大きく崩れた。
いわゆる『パリィ』だ。大盾でタイミングを合わせるのは結構難しいんだが、この程度の実力の剣士相手なら赤子の手をひねるようなもんだ。
さあ、これで隙だらけ。しばらくの間、鏡を見るたびに自分が何をやらかしたか思い出してもらうぞ。
「――ふん!」
渾身の左ストレートを第二皇子の綺麗な面に叩き込む。
拳に柔らかい肉を叩き、硬い骨に達する感触が伝わる。アドレナリンの過剰分泌に視界が狭まっていくのが分かった。
おくれて第二皇子の体が後方に吹き飛び、背後の生け垣に激突する。軽トラックに正面衝突されたかのような勢いだった。
目のくらむような爽快感、戦いの愉悦だ。
この身体に流れる戦士の血が熱を帯び、暴虐の限りを尽くせと猛りを上げた。
その猛りを――、
「――ぬぅぅぅ」
歯を食いしばって堪える。
相手は最底辺のバカだが、それでも皇族だ。倒れたところに追撃するのはさすがに無礼だし、戦士としての誇りにも反する。
それになによりジークリンデがこれ以上は望んでいない。ちらりと視界に入った彼女は唇を嚙みしめていた。たとえ自分を侮辱した相手だとしても実の弟が殴られていたら心を痛めるのが、ジークリンデだ。
……オレは違う。もっとどうしようもない人でなしだ。
この世界で初陣を迎えた時に気付いたが、オレは他人に暴力を振るうのが平気な人間らしい。
前世からそうだったのか、あるいは今世からそうなったのか。なんにせよ、初めて戦場に立ってから現代日本で培われたはずの倫理観や常識、道徳やらを捨てるのに10秒と掛からなかった。
今だってジークリンデが見ていなかったら、オレは宣言通り第二皇子を痛めつけていた。
積極的に人を傷つけたいとまでは思わないが、相手が敵でありそれが必要だと考えれば何も感じないままに際限なく暴力を振るってしまう。その確信がある。
だから、きっと、オレは人でなしだ。そんなオレだからこそ、慈悲深く、人間として誠実なジークリンデが何よりも眩しく見えるのかもしれない。
「決着、ね。あっさりすぎるけど」
そうして5秒ほど待ってから、トモエが決着を告げる。
まあ起き上がってこないところからしても第二皇子は失神しているのだろう。胸は上下しているから生きてはいるし問題ない。
……トモエの言う通りだ。一撃で決着とはな。言っても本気で殴りはしたが、全力じゃなかったわけだし。立ち上がって向かってくるなら、もう2、3発は叩き込んでおきたかった。
だが、仕方あるまい。それに勝ちは勝ちだ。これで溜飲を下げるとしよう。
「審判役。裁定を」
「こ、ここに決着を告げ――」
審判役の第二皇子の従者ももはや戦闘不能と判断して決着を告げようとするが、その直前――、
「――ま、待て」
第二皇子が倒れたまま声を上げた。か細くて今にも消えそうだが、どうやらこの程度の根性はあったらしい。
「せ、戦意ありとみなします! ぞ、続行!」
「……いや、この決闘は僕の負けでいい。もう戦えない。頭がくらくらする」
しかし、ぜえぜえと息を切らしながら立ち上がった第二皇子はあっさりと負けを認める。
「姉上にはあとで公式に謝罪する。確かに姉上に対してあのようなことを口にしたのは、僕の間違いだ」
おまけに自分から謝ると言い出した。
……あの伝説級のアホがオレの一撃で改心した? いや、それはないな。
「…………だが、僕は真実の愛に生きる。そのためには皇位継承権も捨てる……! そう、愛に生きたゲフィオン公のように!」
……やはり、馬鹿に付ける薬はない。一発ぶん殴った程度じゃこいつを改心させるにはまるで足りないらしい。
いいだろう、そんなにゲフィオン公が好きなら彼がどうなったか教えてやろうじゃないか。
あとがき
新作です! 第一章完結まで一か月ほどは毎日更新の予定です!




