第1話 悪役貴族なオレと悪役令嬢な彼女
「わたしは、何も間違えていない……!」
脳裏をよぎるのは、オレの推し『ジークリンデ・トールヴェル・オーディンソア』の最期の台詞だ。
戦に敗れ、処刑台にて首を刎ねられる直前に、彼女はそう言い残した。最期まで己が信念に殉じて。
昼日中に、宮城へと続く大理石の階段を昇っていると否応なく、前世の記憶が刺激される。髪の色に合わせて新調した黒い礼服は少し窮屈だ。
今、オレがいるのは帝都『オーディア』にある『アースリア城』の正門。18歳になってから半年、騎士学校を卒業して以来待ちに待った初出仕の日だ。
しかし、あれだ、こうして直接目にすると何とも言えない感慨がある。原作でもさんざん見てきたが、実物の白亜の城には目を奪われる偉容があった。
ちなみに、この正門の右側の城壁には隠し扉がある。この扉のせいでのちのち暗殺者が逃げたりと事件が起きたりするのだが、先のことだから今はいい。
ここまででも、ただの田舎貴族、一介の騎士であるこのオレこと『キリアン・シグヴァルト』がなぜそんなことを知っているか、怪訝に思われるかもしれない。
答えは簡単だ。
オレが転生者であり、前世でこの世界とよく似た場所を舞台としたゲーム『オーディン帝国物語~優しき聖女と運命の皇子たち~』、通称『帝国物語』をやり込んでいたから、そんなことが分かるのである。
いわゆる、異世界転生というやつだ。
「――キリアン・シグヴァルトである! 第一皇女殿下のお招きにあずかり、参内した! 門を開けよ!」
階段を昇り切ったので、2人組の門番に名乗りを上げる。
文化にもだいぶ馴染んだおかげで羞恥心とかはない。自分が転生したと気づいてから十二年、現代日本からこの『九界樹大陸』の価値観に適応するには十分な時間があった。
オレが自分は転生者であり、この世界が生前プレイしていた『帝国物語』に似た世界だと気づいたのは六歳の誕生日のことだ。
夜中に嫌な夢を見たと思って目覚めた時には、前世の記憶がよみがえっていた。
前世での死因はおそらく心臓発作による突然死。オレ以外の家族は先に事故で死んでいたので思い残すことはなかったのだが、まさか二十代前半であんな死に方をするとは思ってなかった。
あれだな、いくら家族が死んで自棄になっていたとはいえ、三徹してシミュレーションゲーム三昧というのは良くなかったな、うん。
もっとも、前世よりも今世の方がハードモードなので未練やらについて深刻に考えている暇もなかった。
なにしろ、転生先があの『キリアン・シグヴァルト』だったんだ。おかげでしばらくはショックで茫然自失だった。
この世界の原作にあたる『帝国物語』シリーズは、女性主人公が様々なイケメンたちを攻略していく、いわゆる乙女ゲーだった。
物語としては副題の『~優しき聖女と運命の皇子たち~』の通り、聖女に選ばれた主人公と帝国の皇子たちを中心としている。
そうした王道のストーリーに皇位を巡る陰謀やら国家間での戦争やらが複雑に絡み合ってきて、意外なほどに重厚なシナリオが展開するのがゲームとしての特色で、オレがはまったのもそこだ。ついでに、物語と密接にかみ合ったシミュレーションゲーム部分がおまけとは思えないほどに完成度が高かったりしたのもすごくよかった。
前世でも男性であったオレがなぜ乙女ゲームをプレイすることになったかというと、学生時代に好きだった女子が『帝国物語』をプレイしていたからだ。そんな彼女との話題作りのためにゲームを購入した。普段は硬派なシミュレーションゲームばかりやっていたんだが、この時ばかりは一大決意で財布を軽くしたのをよく覚えている。
その結果、歯ごたえのあるシミュレーション部分と『とあるキャラ』にドはまりして瞬く間に実績100パーセントを達成してしまった。即落ち2コマだ。
ちなみに、ウキウキで好きな子にそのことを報告したらドン引きされた。人生は分からないもんだ。
ともかく、そんな帝国物語におけるオレの転生先『キリアン・シグヴァルト』の立ち位置だが、はっきり言って最悪に近い。
最大限に言葉を選んで、印象に残るモブ悪役貴族。事実を言えばネームドキャラの癖に人気投票で『主人公の弁当を食べた豚』に負けてぶっちぎりの最下位をとるキャラ。それがキリアン・シグヴァルトだ。
なぜそこまでに嫌われているのかといえば、キリアンが性根の腐った裏切り者だからとしかいいようがない。
ある時には己の主を後ろから刺し、ある時には味方の城門の鍵を壊し、ある時に嘘の密告で仲間を陥れる。最悪のルートでは自分で派閥間での諍いをあおっておいて、いざ処刑されるとなればそれを主君の女性に命じられたと罪を擦り付ける始末だ。救いようがない。
というわけで、キリアン・シグヴァルトは明智光秀も小早川秀秋もブルータスもこいつを見たらドン引きするであろうカスだ。
当然、プレイヤーは「ああ早くこいつ死なねえかな」と思いながらプレイすることになる。
ついでに言えば、それに相応しい死に方として磔になったり、斬首されたり、岩に押しつぶされたりもする。ざまあ。
そんなキリアンに転生してしまったのだ。
普通なら絶望して館に引きこもるところなんだろう。というか、オレも実際に三日間は途方に暮れていた。オレ、ろくな死に方しないじゃん、と。
だが、三日目の朝、オレは気付いた。オレは今『帝国物語』の世界に生きている、ならば――、
「ジークリンデを助けられるかもしれない……!?」
カスに転生したのは不本意だが、そのおかげで不遇の運命にある推しを救うことができるかもしれない、そう考えるに至ったのだ。
救うべき推しの名は、『ジークリンデ・トールヴェル・オーディンソア』。今日この日オレを宮城に呼び出した第一皇女こそが、オレの運命なのだ。
オレの敬愛するジークリンデはいわゆる『悪役令嬢』だ。
主人公である『聖女』の敵対者たるジークリンデは『帝国物語』のあらゆる分岐で死ぬ。その死に方は多岐に渡り、処刑されたり、生きたまま焼き殺されたり、味方に後ろから刺されたりしてしまう。どれも不遇な死であることは間違いない。
ファンからの通称は『不憫皇女』あるいは『生まれる時代大間違い女』。端的に言えば、言ってることもやってることも皇族として正しいのに、いつも悪役にされてしまうかわいそうな人だ。
でも、オレは知っている。ジークリンデこそはもっとも玉座にふさわしい、尊敬すべき、素晴らしい皇女なのだと。
だって、彼女は誰よりも慈悲深く、正しく、高潔だった。悪役であっても決して下衆な手は使わず、民を思い、帝国の未来のために尽くしていた。
作中において、ジークリンデは外征偏重の帝国の方針を転換し、内政の充実を図った。
一時的な食糧の分配に徳政令に、減税。ありとあらゆる手をつくして困窮する民を救おうとした。その政策に粗がなかったとは言わないが、その志に瑕疵はない。
だが、数百年続いた帝国の伝統はそう簡単には変えられない。抵抗勢力はあまりにも多く、政治的にも軍事的にもジークリンデの改革は阻まれてしまった。
そうして、ジークリンデは早すぎた理想主義者として倒れる。悪役として、力なくしては何も変えられないという教訓を与えるための踏み台として。
だから、ここにオレという力がいる。
オレの力で、あの無力で無惨で、愛すべき悪役令嬢を救うんだ。プレイヤーとしてではなく登場人物として。
魔を祓うとされる星銀鋼製の大扉がゆっくりと開く。
さて、ようやくオレの終生の主とご対面だ。
「まあ、たぶん、いきなりピンチなんだけどな!」
そう唸ってすぐさま走り出す。敬愛すべき主の危機にはせ参じるために――!
具体的にはこのまま放っておくとコミュニケーションがへたくそすぎて原作主人公に嫌われてしまう……! まずはそれをなんとしても阻止せねば……!
あとがき
新作です! 第一章完結まで一か月ほどは毎日更新の予定です!
今日はあと二回更新します!
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