3 奇妙な出会い
荒廃した瓦礫の道を、レオンとゼファーはひたすら進んだ。降り注ぐ太陽の光は、もはや焦げ付くような熱気しか運んでこない。その熱波は、蜃気楼となって遠くの地平線を歪ませ、現実と幻の境界を曖昧にしていた。足元の砂は、数世紀の時間を凝縮したかのように乾ききり、踏みしめるたびに乾いた音を立てて舞い上がった。その砂の中には、かつての文明の残骸が、砕かれたガラス片や、錆びた金属の破片として、無数に混じり合っていた。風が吹き抜けるたびに、それらの破片が微かに擦れ合う音が、まるで過去の嘆きのように響く。
レオンの研ぎ澄まされた感覚は、この荒涼とした風景の細部にまで及んでいた。空気中には、微かな砂の匂いと、どこか焼けた金属のような、奇妙な化学物質の匂いが混じり合っている。遠くで、何らかの獣か、あるいは小型の機械生物が立てるであろう微かな駆動音が、風に乗って耳に届く。彼の心には、かすかな希望と、拭い去れない不安が入り混じっていた。この世界で生き抜くために、そして自身の謎を解き明かすために、彼は歩み続けることを決意していた。乾いた風が砂を巻き上げ、彼らの行く手を阻むように吹き荒れる。しかし、レオンの足取りは揺るがなかった。彼の歩みは、まるでこの荒廃した大地に刻まれた、新たな歴史の始まりを告げているかのようだった。
やがて、瓦礫と化した街並みの中に、ひときわ大きく、しかし古びた構造物が見えてきた。かつては商店か何かだったのだろうか、それともこの廃墟と化した世界に残された、最後の砦とでも言うべき場所なのだろうか。その建物は、周囲の瓦礫とは異なり、辛うじてその姿を保っていた。一部だけが原型をとどめた錆びた鉄骨と、ぼろぼろになったコンクリートの壁が、かろうじてその姿を保っていた。壁には、何らかの爆発か、あるいは長年の風雨によるものか、黒く煤けた跡がいくつも残されている。その入り口らしき場所には、かつては色鮮やかだったであろうが、今はほとんど識別できないほどに色褪せたプレートが掲げられている。文字は風化し、判読は困難を極める。しかし、ゼファーの青いレンズが、そのプレートを素早くスキャンし、内部の構造を把握しているようだった。彼の内部では、古いデータが必死に目の前の情報を解析しようと、カタカタと駆動音を立てていた。
「着いたぜ、レオン。ここが、俺が登録してるハンター支部だ。見かけはボロいが、中はそれなりに機能してるはずだぜ。俺のデータによると、ここには旧時代のインフラが一部残されてるはずだ。通信機器や、簡単な修理設備なんかもな。まさか、まだ機能してるかは分からねぇが、俺の活動拠点としては十分な場所だったんだ」ゼファーの声に、かすかな安堵と、わずかな期待が混じる。彼の金属製の頭部が、レオンの腕の中でわずかに揺れた。その声には、長い活動停止期間を経て、ようやく拠点に戻れたことへの喜びが滲んでいる。
レオンは注意深く周囲を見回した。崩れた壁の向こうに、怪しい人影や、不審な機械の駆動音はない。危険な気配は感じられない。彼の五感は、わずかな不協和音も見逃さない。しかし、この場所からは、確かな人間の気配と、微かな機械の作動音が伝わってくるだけだ。彼はゼファーを抱き直し、古びた入り口へと足を踏み入れた。足元からは、長年蓄積された埃が舞い上がり、土と錆びた金属が混じり合った独特の匂いが鼻を刺激する。その匂いは、かつての都市の残骸が発するものなのか、それともこの過酷な環境が生み出したものなのか、レオンには判断できなかった。内部は薄暗く、外からの光も、剥き出しになった天井の隙間から細く差し込む程度だった。その薄明かりの中、ガラクタのような機械部品が無造作に積み上げられ、壁には錆びた工具が規則性なく吊るされているのが見て取れた。かつての賑わいは想像もつかないほど、静まり返っていた。しかし、奥から微かに聞こえる、何かの駆動音と、人間の気配が、ここが完全に放棄された場所ではないことを示していた。その音は、まるでこの廃墟の中に、まだ生命の息吹が残されていることを告げているかのようだった。
奥にはカウンターらしきものがあり、その向こうに人影が見えた。その人影は、がっしりとした体格をしており、身につけているものが義体であることは、この距離からでもはっきりと見て取れた。義体の表面は、長年の酷使によって無数の傷や凹みに覆われている。まるで、この荒廃した世界を生き抜いてきた証のようだった。彼の義体の各関節からは、微かに油の匂いが漂ってくる。
「よぉ、ゼファー!久しぶりだな!」
突然、カウンターの向こうから、その男の景気のいい声が響き渡った。声は義体を通しているためか、わずかにくぐもっているが、その響きは陽気で、どこか懐かしい響きを持っていた。男はにやりと笑ってレオンたちを見ていた。その笑顔の奥には、油断ならない、しかし経験豊富なハンター特有の鋭さが隠されているように思われた。彼の義眼が、レオンの姿を値踏みするように動いている。
「どうした、ゼファー?頭だけになってやがる。どっかで盛大にドジ踏んだか?まさか、また遺跡で調子に乗って、古代兵器にでもぶちのめされたか?お前さん、いつも旧時代の情報を追いかけて、危険な橋ばかり渡るから、いつかこうなると思ってたぜ!それとも、危険区域の奥で、奇妙なトラップにでも引っかかったか?あの旧政府の施設は、特にタチが悪いって話だぞ。俺の知り合いも何人か、帰ってこなかった奴がいるんだ」
男はからかうように笑いながら、ゼファーの頭部を指差した。彼の声には、ゼファーの過去の失敗を知り尽くした者特有の、親しみが込められている。
ゼファーは、しぶしぶといった様子で答えた。
「ああ、まあな。ちょっとした不運が重なって、な。まさか遺跡の奥で活動停止するとは思わなかったぜ。もう少しで本当にスクラップになるところだったんだが、レオンが拾ってくれた。おかげで命拾いしたぜ。本当に助かった。お前がこの場所を教えてくれてなかったら、俺は今頃、瓦礫の下で朽ち果てていたかもしれないな」
ゼファーの声には、普段の自信満々な調子は影を潜め、わずかな悔しさが滲んでいる。彼の青いレンズが、ジークの顔をじっと見つめている。
男はレオンに目を向けた。その眼光は、レオンの全身を値踏みするようにねっとりと這う。レオンが身につけている、破れて辛うじて体を覆う布切れのような衣装を、男の視線はまるで舐めるように見ていた。彼の義眼が、レオンの身体のラインを、隅々まで観察しているのがレオンにも感じられた。
「なんだその美女は。しかも、半裸じゃねぇか。おいおい、ゼファー。お前、ついに趣味が変わったか? 今までは旧式の武装ドロイドばかり見ていた癖に、急にこんなナマモノに興味を持つとはな。ははーん、わかったぞ。お前、ぼったくり娼婦にあたって、体ごと奪われたな? よくある話だぜ、この世界じゃ。特にアウトローの集落には、そういう悪質な奴らがごまんといるからな。お前さんもとんだ災難だったな、ゼファー。ま、それもこの荒廃した世界じゃよくある話だがな! 俺の知り合いにも、体を失って、頭部だけになった奴が何人かいるんだぜ」
男は愉快そうに笑い声を上げた。その笑い声は、薄暗い支部の中に響き渡り、埃っぽい空気を震わせた。彼の笑い声には、どこか悪意めいた響きが混じっていた。
「ちげーよ!てめえ、余計なこと言うんじゃねぇ!勘違いするだろうが!こいつはそんなタチの悪い女じゃねぇ!それに、俺が簡単に体を取られるわけねぇだろ!」
ゼファーが怒鳴るように言ったが、男の笑い声は止まらない。ゼファーの青いレンズが、怒りで赤く点滅している。彼のスピーカーからは、かすれた電子音が漏れている。
レオンは男の視線を受け止め、感情の読めない声で答えた。彼の声は、女性の体から発せられるにもかかわらず、どこか低く、響き渡る。その声には、一切の感情の起伏が感じられない。
「俺はレオン。いろいろあって、このなりなんだ。助けてくれないか。この世界の情報も、俺の体の情報も、何もかもが足りない。そして、あと、着るものが欲しい。この格好では、あまりにも目立ちすぎるし、防護力も皆無だ」
男はピタリと笑いを止め、腕を組んでレオンをじっと見つめた。その表情は、先ほどの軽薄さが嘘のように真剣なものに変わっていた。義体の表面に走る傷が、その真剣さを強調しているかのようだ。彼の義眼が、レオンの言葉一つ一つを解析するように動いている。
「……訳ありか。それも、とんでもねぇ訳ありだな」
男は短く呟いた。その言葉には、この世界で生きてきた者が持つ、経験と洞察力が込められているようだった。
「ま、いいだろう。ハンターの世界じゃ、珍しいことじゃねぇ。お前さん、見るからに普通じゃねぇ。何かを感じるぜ。旧時代の軍人か……そりゃまた、とんでもねぇ過去だな。ここには、旧時代の技術や遺物を探してくる奴は多いが、旧時代の人間が、しかもコールドスリープで目覚めるたぁ、俺も初めてだ。面白い。嬢ちゃん用の女性用ハンター装備なら、奥の部屋にあるぜ。好きなのを持っていきな。ただし、数はそんなにねぇから、期待はすんなよ。この支部も、昔に比べりゃあ、規模は縮小されてるんでな」
男はカウンターの奥にある重そうな鉄扉を指差した。その扉は、表面が錆びつき、長年開けられていないかのように見える。扉の隙間からは、微かにカビのような匂いが漂ってくる。
「ありがとう。助かる。代金は、ゼファーにつけといてくれ」
レオンはそう言いながら、ゼファーの頭部をカウンターにそっと置いた。ゼファーの頭部が、カウンターの埃っぽい表面に、鈍い音を立てて置かれた。彼の顔には、微かな安堵の色が浮かんでいる。
「おい!なんだと!?てめぇ、勝手なこと言うんじゃねぇ!俺のツケがこれ以上増えたら、本当に借金漬けになるだろうが!この前、古代のデータストレージの解析費用で、もうかなりの額を借りてるんだぞ!」
ゼファーがカウンターの上で叫んだが、レオンはすでに奥の部屋へと向かっていた。扉が静かに閉まる音が、ゼファーの怒声にかき消されるように響いた。ゼファーの青いレンズは、怒りで激しく点滅している。
男はニヤニヤしながらゼファーを見下ろした。
「で、本当のところはどうなんだ?あの嬢ちゃん、只者じゃねぇだろ?まさか、お前さんの依頼で、遺跡の奥でとんでもないもんでも見つけちまったのか?例えば、旧政府の秘密兵器とか、超能力者とか、そういうロマン溢れるやつとか?」
ゼファーはため息をついた。
「勘弁してくれよ、ジーク。俺にもよくわからねぇんだ。あいつは、コールドスリープポッドから目覚めたらしいんだがに、化け物みたいな力を持ってやがる。戦闘ロボット三体を素手でぶっ壊しちまったんだぜ? しかも、その体は普通の人間とはまるで違うらしい。俺のセンサーじゃ、全く解析できねぇ。まるで旧時代の技術で造られた超人兵器のような、いや、それ以上だ。俺の知る物理法則を完全に無視してる。本当に恐ろしいぜ。俺のデータベースにも、あんな能力を持った人間の記録はねぇ。まるで、神話に出てくる英雄のようだ。まさか、俺の知らない隠された歴史があるのか?いや、それとも、俺のAIコアが、何らかの理由でバグを起こしてるのか?」
ゼファーの青いレンズが高速で点滅した。その様子は、彼の思考回路がフル回転していることを示している。彼の内部では、情報が錯綜し、論理的な結論を見出せずにいるようだった。
「ほぅ、そいつは面白ぇな」
ジークと呼ばれた男は興味深そうに顎を撫でた。彼の義手の指が、顎の義体をかちかちと鳴らす。「戦闘ロボット三体を素手で、か……そいつは確かに尋常じゃねぇ。まさか、伝説に聞く『終末の戦士』とでもいうやつか? そんなのが本当に存在したとはな。俺も旧時代の伝説には詳しいが、そこまでの存在は聞いたことがねぇ。一体、あの嬢ちゃんが、これからこの世界で何を引き起こすのか、楽しみになってきたぜ」ジークの瞳の奥に、探究心のような光が宿る。
「で、お前さんはどうするんだ?その頭だけじゃ、何もできねぇだろ。俺の店に置きっぱなしにする気か?お前がいないと、この支部の掃除も誰もやらねぇんだぞ。それに、情報端末としての機能も限定されるだろう?」
「まずは、俺のボディが欲しい。どうにかならんか?このままじゃ、活動もままならねぇ。情報収集もできやしない。頼むよ、ジーク。お前なら、俺の旧型ボディでも、何とか修理できるだろ?お前は、このエリアで一番のメカニックだ。お前の腕なら、どんなガラクタだって動かせるはずだ」
ゼファーは切羽詰まった声で言った。彼の声には、焦燥感が顕著に現れている。彼の青いレンズが、ジークの顔をじっと見つめる。
「あぁ?お前、俺につけが山ほどたまってるの知ってるだろ?この前の地底都市遺跡での調査で、古代文明のトラップに引っかかって、高価なセンサーユニットを壊した分も、まだ払ってねぇだろうが。それに、情報料も、お前が引き出した分、かなりの額になってるぜ。高級なボディなんてつけられるわけねーだろ。俺の店だって、慈善事業じゃねぇんだ。それに、この支部は、最近じゃあ、あまり依頼もなくてな。稼ぎも少ないんだ。俺だって、自分の義体のメンテナンスで手一杯なんだぜ」
ジークは鼻を鳴らした。義手の指でカウンターを叩く音が、虚しく響く。カウンターの上には、埃をかぶった古い端末と、数枚のクレジットチップが散乱している。
「そこを何とか!頼むよ、ジーク!俺の活動記録、見てくれただろ?俺は優秀な遺跡ハンターなんだぜ!このエリアの情報なら、俺の右に出るものはいないはずだ。お前だって、俺の情報には何度助けられたか……例えば、古代のエネルギー炉の場所を教えた時とか、旧時代の医療ポッドの情報とか、あれだって俺が提供したんだぞ!それとも、俺をこのまま、この支部で置物にする気か?」
ゼファーが必死に懇願する。彼の青いレンズが、ジークの顔をじっと見つめる。彼の内部では、何らかのプログラムが、ジークを説得するための最適な言葉を探しているようだった。
ジークは少し考えて、やれやれといった風に首を振った。彼の口元には、諦めと、どこか楽しげな笑みが浮かんでいる。彼は、ゼファーとの長年の付き合いの中で、彼の性格をよく理解しているのだろう。
「仕方ねぇな。まったく、お前にはいつも世話を焼かされるぜ。だが、高価なもんには期待すんなよ。ちょうどガラクタの中に使えそうなのがあったから、それでお茶を濁しとけ。お前も知ってるだろ?ここじゃ、使えるものは何でも使わなきゃ、生きていけねぇからな。それに、お前をずっとこのカウンターに置いておくわけにもいかねぇしな。俺の可愛い置物としては、ちょっとうるさすぎるぜ」
ジークはカウンターの下から古びた工具箱を取り出し、ごちゃごちゃと散らばった工具の中から、いくつかを器用に選び出した。彼の義手は、見た目以上に繊細な動きで、ゼファーの頭部に何やら作業を始めた。金属が擦れる微かな音、電気回路をいじるような音が聞こえる。ゼファーの青いレンズが、その作業をじっと見つめている。彼自身のAIコアの接続ポートに、何らかの回路が接続されているのだろう。しばらくすると、ジークは「ほらよ」と言って、ゼファーの頭部に肩掛けのベルトを装着した。それは、古びた革製で、あちこちが擦り切れているが、頑丈そうに見えた。ベルトの端には、錆びた金属製のフックが付いている。
「おい、なんだこれ!?」
ゼファーは驚きの声を上げた。彼の頭部が、まるでショルダーバッグのようにベルトで吊るされている。これでは、まともに移動することもできないだろう。彼の青いレンズが、ジークの顔を、まるで恨めしそうに睨んでいる。
「お前、頭だけになったから、どこにでも連れて行けるようにしてやったんだ。これなら、あの嬢ちゃんに何とかしてもらうんだな。文句言うんじゃねぇぞ。タダなんだからな。それに、このスタイルなら、あの嬢ちゃんとのお揃い感も出るだろう?こらからはお前もハンターの相棒として、しっかり働かないとな」
ジークはにやりと笑った。その表情は、してやったりといった風だ。彼の義手の指が、ゼファーの頭部のベルトをポンと叩いた。
「とほほ……まさか、俺がこんな惨めな姿になるとはな……これが一流の遺跡ハンターの末路か。はぁ……ま、ないよりはマシか。これじゃあ、まともに遺跡を探索することもできねぇがな。レオンに頼るしかないか。くそっ、この借りはいずれ必ず返してやるからな、ジーク!」
ゼファーは諦めたように肩を落とした。彼のスピーカーから、微かにため息のような電子音が漏れる。彼の青いレンズは、どこか諦めと不満が混じり合った色を帯びていた。
その時、奥の部屋の重々しい鉄扉がギギギと音を立てて開き、レオンが姿を現した。彼の出現に、ジークとゼファーの会話が途切れた。
ゼファーは驚きで固まった。彼の青いレンズが、信じられないものを見るように見開かれている。
「なっ……なんだその装備は!?おい、ジーク!どういうことだ!?俺はハンター装備って言ったよな!?これのどこがハンター装備なんだよ!?」
ゼファーが叫んだ。彼の金属製の筐体が、怒りで微かに震えている。彼の声は、もはや怒鳴り声に近いものだった。
レオンが身につけていたのは、光沢のある黒い生地でできた、体のラインを強調するようなバニースーツ風の装備だった。胸元は大きく開き、デコルテが大胆に露出し、彼の美しい女性の身体を強調している。素材は伸縮性があり、光沢のある黒い生地が、彼の肌にぴったりとフィットし、まるで第二の皮膚のようだ。背中には、小さな丸い尻尾のような飾りが付いており、それが彼の動きに合わせて微かに揺れる。さらに、彼の頭には、ぴんと立ったウサギの耳のようなカチューシャが着けられていた。それは、まるで彼の無表情な顔に、わずかな可愛らしさを添えているかのようだった。それは、とても戦闘用装備とは言えない、アダルトで扇情的な雰囲気の漂う衣装だった。支部の薄暗い照明が、その光沢のある生地に反射し、レオンの姿をどこか幻想的に見せていた。
レオンはバニースーツ姿のまま、首を傾げながら言った。その声には、一切の羞恥心や困惑が感じられない。まるで、それが当然の装備であるかのように。彼の瞳は、その装備の機能性を評価するかのように、冷静に周囲を見渡している。
「この装備しかなかったんだが、これで合っているのか? 着心地は悪くないが、あまりにも薄くて、防護力には疑問が残る。これでは、戦闘中に破れた場合、致命的なダメージを受ける可能性がある。特に、旧型の機械兵器の攻撃には、全く耐えられないだろう。もし、高エネルギー弾でも撃ち込まれたら、一瞬で焼き切れてしまうかもしれない」
ジークは開き直ったように言った。その顔には、隠しきれない満足感が浮かんでいる。彼は、レオンのバニースーツ姿を、まるで芸術作品を鑑賞するかのように見つめている。
「こんな小さな支部に、女用のまともな装備があるわけねぇだろ。ほとんどのハンターは男だし、女のハンターだって、もっと実用的な全身義体を装着してるか、あるいは男性用の装備を改造して使ってるのがほとんどだ。あれは俺の趣味だ。嬢ちゃんによく似合ってるぜ!特にその細い腰と、長い脚がな。この俺の審美眼に狂いはねぇ。最高の選択だ。見た目も重要なんだぜ、ハンターの世界じゃ。見た目がいい奴には、依頼主も気分良く報酬を弾んでくれることもあるからな。それに、この世界じゃ、『変な格好』の方が、逆に目立たなくて済む場合もあるんだぜ?誰もまさか、そんな格好で危険な遺跡に乗り込む奴がいるなんて思わねぇだろ」
レオンはジークの言葉に、特に感情の動揺を見せることもなく、ただ静かに頷いた。彼の表情は依然として読み取れない。彼にとっては、目の前の現実に適応することの方が重要であり、着ているもののデザインや意図など、どうでも良いことなのだろう。彼が気にしているのは、その機能性だけだった。彼は、自分の置かれた状況を、常に冷静に分析しようとしていた。
レオンは、肩掛けベルトで吊るされたゼファーを見た。その姿は、なんとも言えない滑稽さがあった。
「ボディを直すんじゃなかったのか?」
レオンは問いかけた。
「ああ……えっと、今は金がねぇんだ。お前が俺のツケを払うって言ったから、ジークも渋々手を貸してくれたが、ボディまでは無理だったんだ。新しいボディを調達するには、かなりのクレジットが必要になる。それに、俺の旧型AIコアに対応するボディも、今じゃあ、なかなか見つからねぇ。このままじゃ、俺のAIとしての機能も、大幅に制限されたままだ。だから、レオン、これから俺が稼ぐぞ! お前も巻き込む形になるが、力を貸してくれ。この屈辱、すぐに晴らしてやる!そのバニースーツの屈辱も、すぐに払拭してやる!そのためには、高額な報酬を得る必要がある。旧時代の技術が眠る危険な遺跡を探索して、希少な遺物を見つけ出すんだ!」
ゼファーは慌てて言った。彼の青いレンズが焦りの色を帯び、どこか不満げな表情を浮かべている。彼の言葉からは、現状を打破しようとする強い意志が感じられた。
「ええ?」
レオンは小さく問い返した。彼の瞳は、未知の事態に直面していることを示している。彼は、自分がゼファーに巻き込まれる形で、この過酷な世界の「稼ぎ」に加わることになることを、まだ完全に理解できていないようだった。
ジークはそんな二人を見て、ニヤリと笑った。その顔には、狡猾な商人のような表情が浮かんでいる。彼の義手の指が、カウンターの表面をトントンと叩く。
「お前ら、金がないんなら、いい依頼があるぜ。ちょうど、最近になって入ってきたばかりの、とっておきのやつだ。この依頼は、高額な報酬が期待できるぞ。ただし、それ相応の危険も伴うがな。お前さんたちのような『訳あり』で『能力未知数』のハンターには、うってつけの依頼だぜ。どうだ?やってみるか?」
ジークはカウンターの中から、古びた埃まみれのタブレットを取り出し、レオンに手渡した。タブレットの画面は、表面に無数の傷があり、かろうじて内容が読み取れる程度だった。画面には、いくつかの依頼がリストアップされていた。その依頼の数々は、危険と隣り合わせのハンター稼業を示唆している。中には、『廃墟都市の地下迷宮からの物資回収』や、『変異生物の討伐』といった、いかにも危険そうな依頼が並んでいる。最も目を引くのは、『旧政府の秘密研究所の調査』という依頼だった。そこには、「高額報酬」と、「非常に危険」という文字が赤く表示されている。
レオンは画面を無表情に眺め、その視線の先に、彼の新たな旅が、思わぬ方向へと転がり始めたことを予感していた。彼は、この荒廃した世界で、一体何を掴むことになるのだろうか。そして、この奇妙なバニースーツが、彼の運命にどのような影響を与えるのだろうか。彼の失われた記憶と、この身体の謎は、いつ解き明かされるのだろうか。旅はまだ始まったばかりだ。彼の瞳は、タブレットの画面に映し出された、『旧政府の秘密研究所の調査』という文字に、微かに反応した。その場所こそが、彼の失われた記憶と、この身体の謎を解き明かす鍵となるかもしれない。彼らは、この荒廃した世界を、手探りで進んでいく。ハンター支部という新たな拠点を足がかりに、そして、予想外の格好で。