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2 強すぎる女

遺跡の巨大な扉は、背後で重々しい音を立てて完全に閉じられた。轟音が、レオンの耳の奥でまだかすかに響いている。彼はその音を背に、ゆっくりと振り返った。彼の瞳に飛び込んできたのは、言葉では言い表せないほどの、息をのむような荒廃の光景だった。かつては壮麗な建造物だった場所が、今はただの無数の瓦礫の山と化し、幾世紀もの間に深く積もった灰色の埃に覆われている。信じられないほど青く澄んだ空の下、地上には生命の色がほとんど感じられない。草木の一本も、緑のかけらさえも見当たらない。まるで世界全体が色を失い、モノクロームの絵画になったかのようだ。


乾いた風が吹き抜け、レオンの乾いた唇を優しくなでていった。その風は、遥か遠い砂漠から吹き付けてくるのだろうか、微かに砂の匂いを運んできた。その匂いは、単なる砂ではなく、焼けた金属や、どこか古びた機械油のような、奇妙な混じり気を感じさせた。鼻の奥を刺激するその匂いは、レオンの失われた記憶のどこかをかすかに刺激するが、明確な像を結ぶには至らない。遠くの地平線では、細かい砂が風に舞い上がり、まるで白い蛇のように宙を静かに漂っているのが見えた。その砂の蛇は、見る者の心を不安にさせるような、不気味な動きで景色を横切っていた。太陽はすでに高い位置に昇り、容赦なく荒涼とした大地を照らしつけ、熱気が瓦礫の表面から立ち上り、陽炎となって景色を奇妙に歪ませている。何もかもが揺らめき、この世界の現実そのものが曖昧に感じられた。


レオンは、まるで記憶を失った迷子のように、震えるような低い声で呟いた。


「……ここが……外の世界……か……」


彼の右腕には、転がっていたAIユニット、ゼファーの頭部がしっかりと抱かれている。ゼファーは、レオンが目覚めたコールドスリープポッドの傍らに置かれていた唯一のAIユニットだった。レオンが彼を抱き上げた瞬間、ゼファーは起動した。


「ああ、そうだ。これが外の世界だ。ったく、予想以上の荒廃ぶりじゃねぇか」


ゼファーの金属的な声には、わずかながらの安堵と、かすかな疲労が滲んでいた。


「ようやく目が覚めてくれて、本当に良かったぜ、レオン。お前は俺を起動させてくれた、最初の人間だ。もう、お前を一人にすることはない。だが、この状況は……俺の想像をはるかに超えてる」


レオンは、腕の中のゼファーを見つめた。言葉を交わすのは初めてだが、その声からは確かな意志が感じられる。


「……お前は……AI、だと言ったな。ゼファー」


「ああ、そうだ。俺はゼファーだ。見ての通り、精巧な頭だろ? AIだ。お前ら人間と何ら変わりねぇ、この世界の住人だ。それどころか、旧政府が滅んでからは、俺たちAIも市民権を得てんだ。覚えておけ」


ゼファーの青いレンズが、レオンの顔をじろじろとスキャンするように動く。


「んで、お前は?さっき、レオンって言ってたな。レオンだっけか?」


「ああ。俺はレオンだ。レオン……のはずだが……」


レオンは眉をひそめた。戦場で負傷し、この政府の施設に運ばれてきた記憶は確かにある。だが、その後のこと、なぜこんなポッドに入っていたのか、そしてなぜこの女性の身体になっているのか、そこだけが霧に包まれている。その名を口にするたび、彼の喉から漏れる声が、聞き慣れない高い声であることに、改めて動揺する。


「レオン、ねぇ。ふん、悪くねぇ響きだ。ま、いい。これからよろしくな、レオン」


ゼファーはそう言いながら、周囲の荒廃した景色をスキャンし始めた。


足元の瓦礫は不安定で、一歩踏み出すたびにガラガラと音を立てる。まるで、過去の文明の残骸が、彼らの足音に抗議しているかのようだ。細心の注意を払いながら、レオンは慎重に、だが確かな足取りで第一歩を踏み出した。朝の陽光がその長い睫毛に降り注ぎ、顔に深い影を落としている。日の光は、彼の長い眠りをようやく終わらせたことを静かに告げているようだったが、同時に、この過酷な世界で生き抜くための厳しい試練の始まりを予感させた。彼の感覚は、長い眠りから目覚めたばかりで、まだ完全に覚醒しておらず、周囲の世界の現実を掴みかねているようだった。


「……肌で感じる熱気……地面の感触……すべてが、新鮮で、同時に……異質だ」レオンは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。「この空気……微かに、焦げ付いたような匂いがする。何か、古い機械が燃え尽きたような……煙の匂いと、微かな土の匂い……」


「ああ、その匂いは俺も感じるな。単なる埃や砂だけじゃねぇ。何らかの燃焼反応の跡か、それとも、この世界の病的な部分かもしれねぇ。俺のセンサーがそれを捉えている。ただ、それが何なのかは、今の俺には判断できねぇ」

ゼファーは応えた。


「大気組成に異常はねぇが、微細な塵と、何らかの化学物質が検出される。特に、微量の放射性物質も検出されてる。これは、以前の戦争の影響か、それとも別の要因か……いずれにせよ、人間が長期滞在するには適してねぇ環境だ。だが、お前は平気そうだな。まさか、お前……人間じゃねぇのか?」


レオンはゼファーの言葉にわずかに眉をひそめた。


「俺は人間だ。だが……この体は、少し変だ。目覚める前は、こんな感覚はなかった」


彼は、体の奥底に潜む、奇妙な力に意識を集中した。それは、まるで目覚めたばかりの獣が、その本能を確かめるかのような感覚だった。


空気は微かな振動を含んでおり、遠くで何かが動いている気配が、レオンの研ぎ澄まされた感覚に微かに伝わってきた。それは、小さな生物の群れだろうか、それとも大きな機械の重い足音だろうか。レオンは微かに眉をひそめた。


「……何か、聞こえる。近づいている。金属の、重い足音だ」


「何かの駆動音か?俺のセンサーにも、微弱な信号を感知した。解析中だ」


ゼファーの声が、わずかに緊張を帯びた。彼の青いレンズが、急速に点滅し始める。


「なんだ、この信号は……みたことねぇパターンだぞ!やべぇぞ!」


数歩進むと、巨大な瓦礫の塊が、まるで古代の巨人の墓標のように道を塞いでいた。それは、かつて高層ビルか何かだったのだろうか、鉄筋が剥き出しになり、コンクリートの塊が無造作に積み重なっている。その表面には、風雨に晒され、変色した金属の跡や、謎の焼けた跡が無数に残っていた。かつての彼の身体能力であれば、迷わず迂回しただろう。しかし今の彼の身体には、奇妙なほどの軽さと、信じられないほどの潜在的な力が宿っている。レオンは、目に見える努力をほとんど要さずにその高い瓦礫を軽々と飛び越えた。彼の跳躍は、まるで重力の法則を嘲笑うかのように、宙を舞うように軽やかで優雅だった。着地の衝撃も、以前の彼であれば感じたであろう重さが、今はほとんどなく、まるで猫のように柔らかだった。彼の筋肉は、まるでよく手入れされた機械のように、滑らかに動きを吸収し、微かな音さえ立てなかった。空気中に細かい埃が舞い上がり、太陽の光を浴びて黄金に輝いた。その細かい埃は、古代の建造物の崩壊の残りなのだろうか。それとも、さらに後の時代の破壊の痕跡なのだろうか。風に乗って運ばれてきた埃は、彼の鼻腔をくすぐり、かすかな土の匂いを伝えてきた。その埃が、彼の肌に触れるたびに、かすかな電気のような刺激が走る。


「おい、お前!なんでそんな簡単に飛べるんだよ!?」


ゼファーが不意に、驚愕を隠せない金属的な声で叫んだ。青いレンズが、飛翔するレオンの姿を、まるで理解不能な超常現象を見るかのように、執拗に凝視している。「まさか、お前……改造人間か?それとも、俺の知らない技術で強化されたのか?俺の思考回路じゃ、お前のその動きを理解できねぇぞ!」その小さなセンサーは、彼の動きの軌道と速度を分析しようとしているのだろうが、おそらく彼の「人間のような」思考回路では、このような超人的な動きを理解できないはずだ。ゼファーの内部は、オーバークロックされた古い心臓のように速い回転を始めた。「ありえない……物理の法則が完全に無視されてる!どういう原理だ!?説明しろ!まさか、お前は……ポッドの中で、何かされたのか!?」彼の人間のような思考回路は、目の前の信じられない証拠と、彼自身の常識との間に根本的な矛盾を見出し、奇妙なエラー信号を絶えず出力している。彼の金属的な筐体が、緊張のために微かに振動しているのが、レオンの敏感な指先にも感じられた。「お前は、本当にレオン・ベラーなのか!?人間なのか!?それとも……別の生命体なのか!?」


音もなく瓦礫の上に柔らかく着地したレオンは、短く振り返りながら、まるで自分の身体に起こった奇妙な変化を確かめるかのように、自らの超人的な感覚を静かに認めるように呟いた。


「……前の体より軽い。筋力比率も異常に高い。動きもまるで水のように滑らかすぎる。まるで、精密に調整された軍事用の機械のようだ……たぶん、以前の体じゃないな」


彼の言葉には、感情の起伏はほとんど感じられず、まるで冷徹な自己分析のようだった。


「戦場で負傷し、この政府施設に運ばれたまでは覚えている。だが、その後の記憶が……この身体の感覚は、どこか懐かしいような気もする……戦闘の、本能のようなものが……体の中に、ずっとあったような……」


彼は自分がかつて軍人であった記憶を辿ろうとするが、この身体の変化については、全く見当がつかない。彼の瞳は、遠くの荒涼とした景色を無表情に見つめていた。地平線は熱気で絶えず揺らめき、蜃気楼のように奇妙なシルエットを生み出している。


「あれは……一体何だろうか?何か建物のような……だが、歪んで見える。蜃気楼か、それとも……この世界の、奇妙な現象か?」


それは、この過酷な荒廃した世界が孕む危険な幻想なのだろうか。それとも、彼の失われた過去への前触れなのだろうか。


「は?以前の体じゃないって、お前……何を呑気なこと言ってやがる!?」


ゼファーの声には、ほとんど悲鳴のような極度の興奮が混じっていた。


「どう見てもごく普通の人間だぞ!どこにも人工的な改造手術の痕跡もないし!一体何を摂取したらそんな超人的な身体能力になるんだよ……俺の知識じゃ、完全に理解不能だぞ!何らかの古代技術か?ナノマシンでも体内に入ってるのか?それとも、まさか、お前は……人類が最終兵器として開発した超人か!?俺の思考回路が、お前でパンクしそうだ!」


ゼファーの人間のような思考回路は、目の前の信じられない現実に深く混乱しているようだった。


「説明が全くつかねぇ……俺の知ってる物理法則や生物学の知識と、目の前の奇妙な現実が、完全に食い違ってる!お前がこんな体になった理由が、俺には全く理解できねぇんだ!俺の機能が、完全にフリーズ寸前だ!このままじゃ、俺のプロセッサが焼き切れるぞ!」


ゼファーの青いレンズは、まるで生命のない機械の目のように、絶えずレオンの全身を執拗にスキャンしているようだった。彼の思考回路は、以前の医療データや身体トレーニングの記録を絶えず検索しているのだろうが、そのような超人的な事例は、おそらく彼の持つわずかな記憶の中には一つも記録されていないはずだ。


レオンは、ゼファーのもっともな問いに答える適切な言葉を、今のところ見つけることができなかった。


「……わからない。戦場で負傷し、この政府の施設に運ばれたまでは覚えている。だが、このポッドのことも、この身体のことも……全く記憶がないんだ。ただ、この体は……以前の俺とは違う。それは確かだ。そして、お前もまた、俺には馴染みがない」


自分自身でも、この奇妙な体に一体何が起こったのか、まるで理解していないのだ。


「ポッドの中で意識を失っていた比較的短い時間に、一体何が行われたのか……それがわかれば、何かわかるのかもしれないが……そのポッド自体が、俺には馴染みのないものだった。普通のコールドスリープポッドではなかったようだ」


その鍵となる答えは、おそらく彼の失われた貴重な記憶の深い層に、今はまだ固く眠っているのだろう。それでもレオンは、その根本的な不安を表に出さず、今は目の前の異様な世界の理解を優先することに集中していた。


「今は、この世界がどうなっているのかを知る方が先だ。自分のことばかり考えても、何も解決しない。まずは、この外界の情報を集める必要がある。お前は、この世界のことをどこまで知っているんだ?」


空気の乾燥した独特な匂い、遠くで奇妙な未知の生物が立てる微かな音、そして、無数の瓦礫のざらざらとした質感。そのすべてが、彼の失われた過去への重要な手がかりとなるかもしれない。彼の研ぎ澄まされた感覚は、極限レベルまで絶えず研ぎ澄まされていた。細かい埃が彼の敏感な喉を絶えず刺激し、かすかな咳が出そうになった。彼は、空気を深く吸い込み、以前に嗅いだことのない奇妙な化学的な匂いが微かに混じっていることに気づいた。


「この匂いは……一体何だろう?昔の科学施設特有の匂いか?それとも、何か別のものが生成されているのか?有害物質か?……警戒が必要だ」


襲撃と、覚醒する力

その時だった。


乾いた風のうなりに辛うじて紛れるほどの、低く、しかし確かな機械音が、遠くの瓦礫の向こうからゆっくりと近づいてくるのが聞こえた。その音は、まるで古い駆動音がかすかに響いているかのようだ。レオンの五感は即座に危険の存在を感知し、全身の筋肉が古代の戦闘機械のように瞬時に緊張を始めた。彼の鋭い瞳は、音の発生源を探して、周囲の荒涼とした景色を冷徹にスキャンし始めた。


「何か……近づいてくる。音からして、かなりの質量を持った機械だ。しかも、一つじゃない……複数いるな」


空気の微かな振動、足元の地面を伝わるかすかな共鳴。彼の超人的な感覚は、ごく普通の人間では決して感知できないほどの情報を捉えていた。遠くの崩れた瓦礫の陰から、鈍い金属的な反射光が一瞬、彼の注意深い瞳を捉えた。


「あれだ……」


それは、ゆっくりではあるが、確実に動く脅威の存在をはっきりと示していた。


「ヤバい!動くぞ、人間!ついに来たか!」


ゼファーの声が急に鋭くなり、金属的な音に隠された焦りが混じる。「警戒しろ!あれは標準的な警備ユニットじゃねぇ!もっと攻撃的だ!旧型だが、非常に危険なタイプだ!旧世界の兵器体系から見ても、殲滅能力は高い!単なる野良ボットじゃねぇぞ、これは!獲物を見つけた狩人のような、冷酷なAIの目をしてやがる!」彼の青いレンズが、近づいてくる脅威を正確に捉えようと、素早い動きを絶えず繰り返している。彼のセンサーが、近づいてくる機械の独特なエネルギーシグネチャを絶えず分析し、その潜在的な危険度を瞬時に評価していた。「エネルギーレベルが高い!解析中……危険度、最高クラスだ!迎撃推奨じゃねぇ!すぐに退避を!このままでは、お前は絶対に死ぬぞ!俺の思考がそう告げている!」彼自身の思考回路の中で、彼らの現在の生存確率を瞬時に計算し、論理的な結論として、今の危険な状況からの即時撤退を強く推奨していた。彼の声には、真の恐怖の色が明確に滲んでいた。「逃げろ!今のレオンじゃ、勝ち目がない!あれは、通常の一対一では制圧できない兵器だぞ!どう考えても不可能だ!どうする気だ!?」


瓦礫に隠れていた奇妙な影が、ゆっくりと姿を現した。それは、かつての失われた文明の遺物――四足歩行の戦闘ロボットだった。錆びた灰色の外装は無数の傷と深い凹みに覆われ、赤く不気味に光る複眼には、冷酷で飢えた古代の狩りの本能が宿っていた。「グルルル……」低い機械音が、その攻撃性を物語っている。その古い側面には、旧式ながらも重厚な武装モジュールが古びた接続部から不気味に突き出ている。


「重機関銃と、対装甲ミサイル……まさか、こんな旧型がまだ現存しているとはな……しかも、完全に自律行動しているだと!?しかも、複数!最低でも三体はいる!こりゃあ、たまげたぜ!」


それは、この荒廃した世界で頻繁に遭遇する、孤独な旅行者にとっては致命的な脅威となりうる危険な居住者の一つであり、その存在は即座に危険の雰囲気を周囲にもたらした。ロボットの重い古い足音は、ゆっくりではあるが、まるで古い心臓の鼓動のように、確実に彼らに近づいていた。足元の地面が微かに震え、その重い質量を証明していた。空気中には、長い間手入れされていない古いオイルと、古い配線が焼け焦げたような独特の匂いが微かに漂ってきた。


「軋んでいるな……長い間メンテナンスされていない古い機体だな。だが、そのセンサーは生きてるぞ……ターゲットを捕捉している。このままでは、逃げられない……」


「逃げろ!」


ゼファーがほとんど悲鳴に近い金属的な声で叫んだ。「早く!あんなのに構ってる暇はねぇ!ここから離れるんだ!この距離なら、まだ間に合うかもしれない!走れ、人間!俺の言葉を聞け!」その音は冷たい風のようにレオンの鼓膜を震わせた。彼の小さなスピーカーからは、最高の音量で赤い警告音が絶えず発せられている。「生存確率、危機的レベル!論理的に考えて、今は撤退するべきだ!このままでは、お前は確実に死ぬぞ!俺の思考がそう告げている!俺の計算を信じろ!無駄死にする気か!」彼の思考回路は、彼らの現在の生存確率を瞬時に計算し、論理的な結論として、今の危険な状況からの即時撤退を強く推奨していた。彼の声には、計算された極度の興奮の色が明確に滲んでいた。「頼む!無茶をするな!お前は、まだこの世界の何も知らないんだぞ!死ぬことだけはするな!お前が死ねば、俺も、きっとここで終わりだ!」彼の古い金属的な筐体は、以前より激しく微かに震えを絶えず伝えていた。


だが、レオンの足は、まるで古い巨木の根のように、固くその場にしっかりと根を下ろしていた。


「……逃げない」


彼の冷徹な瞳は、迫り来る古いロボットの狂気に満ちた不規則な動きを、驚くほど冷静に分析していた。


「あれの動き……以前の戦闘ドロイドのパターンと違う。もっと……野生的だ。だが、その動きには規則性がある。そして、弱点も見える。複数だが、連携はまだ未熟だ。隙がある」


自動兵器の古い銃口の奇妙な向き、重い古い足音の不規則なリズム、そして、古い機体の弱い部分。


「関節部分の装甲が薄い……中枢モジュールは、頭部か、胴体の上部……あの複眼の光り方からして、頭部にメインプロセッサがある可能性が高い。そして、駆動系の動力源は、あの脚の付け根あたりか……そこを狙う。一体ずつ、確実に仕留める」


すべてが、彼の超人的な知覚によって、まるで高速な思考回路のように瞬時に処理されていた。彼の内側には、以前の彼には決して存在しなかった冷酷で圧倒的な決意が古い炎のように燃え上がっていた。


「……やらなければならない。この先へ進むためには、目の前の障害を排除するしかない。この力は、そのために与えられたものなのかもしれない。ならば、使うしかない。生き残るために」


彼の古い心臓は、奇妙なほど絶対的な静寂に包まれていた。彼の古い呼吸は、深く、しかし均一で、まるで古い機械的な心臓のリズムのようだった。彼の古い五感は、極限レベルまで絶えず研ぎ澄まされていた。


「いや、やる」


レオンは低く、だが絶対の決意を石のような声に込めて短く呟いた。


「お前は、安全な場所に隠れていろ。俺が道を切り開く。ここで足止めされている場合ではない。時間を稼ぐ必要はない」


彼の筋肉は、目に見える準備なしに、最高のパワーを即座に発揮する準備を完了していた。彼の心臓は、奇妙なほど絶対的な静寂に包まれていた。彼の呼吸は、深く、しかし均一で、まるで機械的な心臓のリズムのようだった。彼の五感は、極限レベルまで絶えず研ぎ澄まされていた。


「何を!?馬鹿なことを言うな!死ぬぞ!本当に死んでしまうぞ!俺は……俺はここで朽ち果てるのは構わねぇが、お前まで付き合わせるわけにはいかねぇんだ!やめろ、レオン!」ゼファーの叫びが、虚しく荒野に響いた。彼の警告は、もはや意味をなさなかった。レオンの決意は、ゼファーの想像をはるかに超えて、固いものだった。


次の瞬間、レオンの身体は、ごく普通の人間の目では決して捉えきれぬほど超高速な速度で、迫り来る古いロボットへと一直線に突進した。


「レオン!やめろ!俺は……俺はお前を失いたくない!今度こそは……!」


以前のごく普通の肉体では到底不可能だった信じられないほどの動きだ。彼の筋肉は、まるで火山が爆発するような爆発的なパワーを生み出し、足元の地面を深く蹴り上げた。空気が彼の体の周囲で激しい渦を巻いた。彼の動きは、まるでよく訓練された猛獣のように,無駄がなく、致命的だった。


「目標、中枢モジュール……一撃で仕留める!この一撃に、全てをかける!一対多だが、それぞれの動きを見切る!」


彼の唯一の目標は、古いロボットの弱く防御された中央プロセッサが存在するであろう場所へと、正確に向けられていた。


ロボットの一体が古い武装モジュールを古びた接続部から展開し、「目標捕捉……殲滅する!排除プロセス、開始!最大火力で制圧!」致命的な自動兵器を彼の体に向けるよりも早く、レオンはその巨大な機械の懐に、まるで影のように潜り込んだ。


「近すぎる!射撃不可能!なぜ、こんな動きができる!?人間の動きではない!識別不能!回避パターンにはない!」


彼の拳は、鋼よりも固く、空気を切り裂く刃のように鋭かった。


「これで終わりだ!」


短く、だが信じられないほど強力な一撃が、古いロボットの弱く防御された関節部、そして最も重要な中央プロセッサの急所に、まるで高精度ミサイルのように正確に打ち込まれた。


「グガァアア!」


ロボットの甲高い機械的な悲鳴が響き渡った。彼の打撃は、集中された運動エネルギーの塊だった。それは、彼の失われた過去において、長年の過酷な訓練によって磨き上げられた、完璧な戦闘技術の具現化だった。


「兵士の戦い方……体が覚えている!この感覚……紛れもない、俺の力だ!これは、俺が生きるための力だ!」


彼の硬い拳が、ロボットの厚い金属的な機体に深くめり込む感触が、彼の感覚を通して鮮明に伝わってきた。金属が軋み、内部の回路が破壊される音が耳に響く。


「バキッ!」「メリメリ!」


金属が破壊される音が、短く、しかし鮮烈に周囲の静寂を切り裂いた。赤く不気味に輝いていた複眼は、まるでショートを起こした電球のように一瞬で完全に消灯し、巨大な機械獣は、まるで巨木が倒れるかのように、制御を完全に失ってその場に重い音を立てて崩れ落ちた。重い金属的な機体が硬い地面に激突し、周囲の瓦礫を激しく跳ね上げた。細かい埃がゆっくりと空気中に幕のように舞い上がり、破壊されたロボットの金属的な機体に薄く静かに降り積もっていく。予想外に早く、そして完全に静かに、勝利が彼らのもとに訪れた。


しかし、残りの二体が黙っているはずがない。


「目標、人間!排除!」


別のロボットが、レオンに向かって重機関銃の銃口を向けた。火花を散らしながら、古い銃身が回転を始める。


「くそっ、次が来るぞ!しかも今度は銃撃だ!避けるんだ、レオン!」ゼファーが叫んだ。彼の青いレンズが、急速に点滅し、警告を続ける。


レオンはすでに動いていた。彼は倒れたロボットの残骸を盾にするように身を低くし、銃撃の嵐をかわした。金属の弾丸が、彼の頭上を掠め、瓦礫に無数の穴を開けていく。彼は素早く残骸の陰から飛び出し、二体目のロボットに向かって一直線に突進した。その動きは、無駄がなく、流れるようだった。彼は敵の攻撃パターンを完全に読み切っているかのようだった。


「速すぎる!ターゲットロスト!再捕捉!」ロボットの声が混乱を帯びる。


レオンは二体目の足元に滑り込み、その重い機体を支える関節部分に、再び渾身の一撃を叩き込んだ。まるで、最も硬い岩をも砕くかのような、破壊的な衝撃が走る。


「ガキン!」「ズシャアッ!」


金属がねじ曲がり、駆動音が途切れる。二体目のロボットもまた、バランスを失い、崩れ落ちた。その間、わずか数秒。三体目のロボットが、焦りにも似た機械音を響かせながら、残った一体に向かってミサイルポッドを展開する。


「ミサイル発射準備!全弾投下!目標を殲滅!」


「レオン!ミサイルだ!直撃するぞ!今度こそは避けるんだ!」ゼファーが叫ぶ。彼の声には、焦燥感が顕著に現れている。


レオンは振り返ることなく、崩れ落ちた二体目のロボットの残骸を蹴り上げ、それを盾にするように三体目のロボットのミサイル発射口目掛けて投げつけた。巨大な金属の塊が、唸りを上げて飛んでいく。


「なっ……!障害物確認!軌道変更!回避不能!」ロボットが咄嗟にミサイル発射を中断し、回避行動を取ろうとするが、レオンの投げた残骸の速度は予想以上だった。


「ドォン!」


金属の塊がミサイルポッドに直撃し、誘爆した。派手な爆発音と共に、三体目のロボットは火花を散らし、黒煙を上げて沈黙した。周囲には、破壊されたロボットの破片が飛び散り、焦げ付いた匂いと、焼けた金属の匂いが一層濃くなった。


周囲には、破壊されたロボットの疲れ果てた熱と、短い間の絶対的な沈黙だけが残った。乾いた風の唸りが、再び荒涼とした景色を支配し始めた。


真実を求めて、新たな旅路へ

すべてが信じられないほどの超高速な速度で終わった。ゼファーは、その信じられない光景を、彼の思考回路で完全に処理しきれず、絶対的な沈黙に包まれていた。彼の青いレンズは、まるで石の目のように、倒れたロボットと、それを信じられないほどの超人的な力で倒したレオンの奇妙な姿を、交互に執拗に凝視し続けている。


「……信じられねぇ……ありえねぇ……俺の思考回路と、目の前の現実が、完全に矛盾してる……」


彼の思考回路は、目の前で実際に起こった信じられないほどの超常的な出来事を、彼自身の限られた知識の範囲内で必死に分析しようとしていた。


「物理の法則が……書き換えられたのか?それとも、俺の認識が間違ってるのか!?お前は、何らかの未知のエネルギー体なのか!?それとも……新型の強化人間か!?こんな化け物、見たことも聞いたこともねぇぞ!」


彼の内部の冷却ファンが最高スピードで絶えず回転し、彼の思考回路の過熱を必死に防ごうとしていた。彼の金属的な筐体は、以前より激しく微かに震えを絶えず伝えていた。


「一体……何が起こったんだ?お前は、本当に人間なのか?それとも、人間を模した何か別の存在なのか!?俺の全情報が、お前によって更新されているぞ!もう、何を信じたらいいんだ!?」


彼の思考回路は、彼自身の限られた知識と、目の前で繰り広げられた信じられないほどの奇妙な現実との巨大なギャップを埋めようと、絶えず計算を続けていた。


「おいおい、マジかよ……」


ついに沈黙を破ったゼファーの声は、震える囁きのようだった。彼の金属的なスピーカーからは、かすれたような音が出ている。


「今のを……今の攻撃を、本当に人間がやったのか?人間が、あの旧型とはいえ戦闘用ロボットを、素手で三体も……お前、本当に人間なのか?俺のセンサーが、間違っているとでも言うのか!?お前は、本当に人間なのか?」


「お前、一体何者なんだ……以前の世界でそんな化け物みたいな能力を持った人間、伝説の中にしか存在しねぇぞ?お前、前世で何してたんだよ……秘密の戦闘プログラムの被験体か?それとも、遺伝子操作された超人かよ!俺の知ってる人類の歴史上、記録されたことのないイレギュラーな存在だ!信じられねぇ!俺の常識が、完全に崩壊しそうだ!」


ゼファーは矢継ぎ早に質問を浴びせた。彼の感情が、通常の思考回路の限界を超えて高ぶっているのがわかる。


レオンは倒れたロボットに目をやり、低い声で淡々と答えた。


「……ただの兵士だったはずなんだがな。戦場で負傷し、政府の施設に運ばれて……そこまでは覚えているんだ」


彼の声には、感情の起伏はほとんど感じられなかった。まるで、ごく普通の出来事を報告しているかのようだった。彼の瞳の奥には、しかし、深い自己分析の色が宿っていた。


「兵士の、それも……かなり古い時代の兵士、のような感覚だ。だが、この身体の性能は……明らかにそれを凌駕している。記憶と、この肉体の性能が、全く一致しない。まるで、別の誰かの経験を、俺の体が覚えているようだ……俺自身も、困惑している。だが、この力は、間違いなく俺の体から発せられている」


彼は自身の掌を見つめ、ゆっくりと握りしめた。


「この力は……俺のものなのか、それとも……何者かによって、与えられたものなのか?だとしたら、一体誰が、何のために……」


だが、今の彼の内側に、自分の知る「兵士」とは全く異なる、冷酷で圧倒的な力が宿っているのは明白だった。それは、彼の以前の記憶には存在しない、全く未知の力だった。その力は、一体どこから来るのだろうか。


「この力は……一体、誰が、何のために与えたんだ?俺を、何に使うつもりだったんだ?そして、この力は……本当に俺に味方するのか?もし、この力が俺の意志に反して暴走したら……?」


この力の源は一体何なのか。そしてこの力を持つ自分は何者なのか。


失われた記憶こそが、その答えを握っている――そう確信しながら、レオンは表情ひとつ変えず静かに立ち上がった。彼の瞳は、すでに次なる潜在的な脅威を探して、無言のまま荒廃した風景を冷たく見渡していた。細かい塵がゆっくりと空気中に舞い上がり、破壊されたロボットの金属的な機体に薄く降り積もっていく。彼の旅は、まだ始まったばかりだった。遠くに見える蜃気楼のようなシルエットが、彼の行く先を示しているのだろうか。彼の心には、かすかな希望と、拭い去れない不安が入り混じっていた。彼は、この未知の世界で生き抜き、自身の存在の謎を解き明かすために、歩み続けることを決意した。


「ゼファー、行くぞ」


レオンは静かに言った。


「この遺跡の中に、何か手がかりがあるかもしれない。俺のこの身体の謎、そして、この世界の現状を解き明かす鍵が。お前も、この世界がどうなっているか知りたいんだろう?」


「……ああ。そうだな。もう、お前を止めることはできねぇ。いや、正直、もうお前を止める自信もねぇがな」


ゼファーは、まだ混乱した様子だったが、従順に答えた。


そして、ゼファーはふと、何かを思い出したように言った。


「そうだ、レオン。お前、行くあてはないだろ?俺は遺跡ハンターだ。このエリアの調査をするために来ていたんだが、ちょっとドジを踏んで、ご覧の有様だ。だが、俺はハンター支部にも登録してんだ。お前もこの体でどうするのか、まだ決まってないんなら、とりあえずそこへ行ってみないか?俺も頭だけだと、まともに動けなくてな。ボディを見つけるにも、助けがいる」


ゼファーの提案に、レオンは一瞬、思考を巡らせた。確かに、現状では行くあてもなく、この女性の身体でどう行動すべきか見当もつかない。この謎めいた身体のことも、この荒廃した世界のことも、情報が必要だ。ゼファーの言うハンター支部とやらは、情報源となるかもしれない。それに、ゼファーの助けも必要だろう。


「わかった。ハンター支部、案内してくれ」


レオンは頷いた。


「よし来た!頼りにしてるぜ、レオン!」ゼファーは、どこか嬉しそうな金属音を響かせた。


レオンはゼファーの頭部をしっかりと抱き直し、再び歩き始めた。荒廃した世界に、彼の確かな足音が響く。その足音は、決して迷うことのない、強い意志を感じさせた。太陽の光が、二人の行く道を照らしている。彼らの前には、まだ見ぬ危険と、そして、失われた真実が待ち受けていた。彼らは、瓦礫の道をさらに奥へと進んでいった。風が砂を巻き上げ、彼らの行く手を阻むように吹き荒れる。しかし、レオンの足取りは揺るがなかった。彼の心には、ただ一つ、真実を知りたいという強い欲求が燃え盛っていた。彼らは、この荒廃した世界を、手探りで進んでいく。ハンター支部という新たな目的地を目指して。

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