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狂人汚染レベル1  作者: マイスターノース
1/3

本編

〇前提〇

ジャンルは現代ものです。主人公は34歳のイケメン独身男性。

地の文は三人称なのでナレーションのように考えてください。


いちおうは小説として読めますが、朗読台本用に書いたつもりです。そのため、演技補強用の隠し設定があるので本文だけでは微妙の可能性があります。。

■の部分は場所を示しています。矢印は進行ごとに移っていく場面です。


それ以外は特に特筆する世界観はありません。




   ■自宅のある賃貸マンション→駅前→パーティー会場■




 松鷹刀真(まつたか とうま)という男が無職になって数ヶ月。彼は今、孤独と諦観に(さいな)まれつつも、一種の居心地の良さに浸るような日常を過ごしていた。


 刀真の人生は34歳までなら、2020年代に生きる日本人男性として実に平凡なものであった。歯車が狂い始めたのは、不正をしていた直属の上司を中心とした複数人の同僚によって嵌められ、強制的に自主退職をさせられてからだ。


 安定した収入が無くなると交際していた女性からもフラれた。断り文句は『無職は嫌だ』と『夜の営みが不満』ということだった。これも刀真に人生の希望を捨てさせたことだったのかもしれない。前者はともかく、後者は今まで付き合ってきた4人の女性全員から言われた断り文句だったからである。


 バンドボーカルのようなイケメン、ホストのような中性的なカッコよさ、20代前半としか思えない若々しさ。それが刀真に対する容姿の評価である。しかしこれは素直に喜べる評価ではない。


 というのも、刀真は高校時代に精巣(せいそう)に関係する障害を負ってしまった。それにより女性ホルモンが多く、男性ホルモンが著しく低い体質になった。今では月に一度、注射で男性ホルモンを投与されないと健康を害する体になっている。


 この薬物治療以外による健康への配慮が、健康的な食生活と適度な筋力トレーニングを習慣にすることであった。刀真はこれらのおかげで容姿だけは中性的で若々しく、女性にモテやすいものであった。


 もっともそのモテる対象となった女性が、どれも刀真の容姿にしか目を向けないような女性であったというのは、彼にとって最大の誤算であった。


 そういうことを()て、彼は無職のまま世捨て人のような生活を送っている。


 そんな鬱屈としたある日、駅前。何の気なしに歩いていると、同じ賃貸マンションでよく見かける小学校の女の子が困っている姿を見かけた。その理由は単純で、いきなり天候が荒れて土砂降りの雨が降り出したからである。


「よかったらおじさんの傘を使いな。返さなくてもいいからね」


 傘を持っていた刀真はふっと湧いた親切心で彼女に声をかけた。


 時間帯が被っていたためか、お互いに名前こそ知らないが、挨拶を交わすという面識を何十回も持っていた。そのため、刀真が声をかけた時、女の子は知っているお兄さんということで警戒をしなかった。


 律儀な女の子だった。名を相村彩葉(あいむら いろは)と名乗り、小学4年生だという。借りた傘を返却されたことを機に、刀真は彼女とちょっとしたお話をする関係――強いて言えば年の離れた友人のような関係になった。


 無職であること、直近でたまたま宝くじが当たってしばらくは働かなくても問題なかったということ、ストレスのない生活だったこと。そして女性に手ひどくフラれた直後だったこともあったのだろう。


 刀真は彩葉という女の子に癒しのようなものを感じてしまい、自分の想像よりもはるかに長く友人関係を続けることになった。


 刀真は良識な大人であることを(つと)めていた。彩葉を性的な目で見ることなど一度もなかった。30歳を超えたおじさんをおにいさんとお世辞交じりに慕う女の子を、無下に扱いたくないという思いがあった。


「――恋愛は意外と年齢は関係するよ? お金や愛でカバーするにも限度がある。だって俺がもっと歳を取っていたら、彩葉ちゃんはかっこいいなんて思わないでしょ?」

「――ハハ……それはまあ、男の秘密ということで答えないでおこうかな。その男の子、なかなか大変だなー。まあだからと言って、女の子の嫌がることをするのはイケナイことだね」

「――子供と大人の恋愛の違い……? そうだな、たぶん……今だけを考えるか未来を含めて考えるかの違いじゃないかな?」


 こういったように、彩葉が勘違いの恋心を抱かないようにしつつ、刀真は自分が子供だった時に大人から言ってほしかった言葉を彼女に贈っていた。もっとも逆効果な部分も多々あったようで、友人以上の友愛を(つちか)うことにもなった。


 そんな嬉しくもあり困ることでもあるやりとりが、日常に違和感なく溶け込んだころ。

 中学時代の同窓会の案内が郵便物で届いた。


「……? どうして俺に?」


 中学時代、刀真に友人はいなかった。それどころかクラスの上位層である三人から玩具のように扱われていた。今では曖昧だが苦々しい記憶しかないのは確かだ。


「いや……話し相手くらいはいたか……まあいいさ、やることもないしな」


 そんな軽い気持ちで、刀真は同窓会に出席することにした。


 同窓会はいわゆる立食パーティー形式であった。幹事や当時の担任教師からの挨拶から始まって、そこから適度なタイミングで会話のあった同級生による出し物(ちょっとした漫才が多数)が披露される。その間に飲み食いしながら隣席の同級生と昔話や近況を話すという形で進行していった。


 話した同級生に尋ねると、刀真を玩具(おもちゃ)にしていた三人は全員が結婚して幸せな生活を送っているらしい。子供も出来ていて金銭にも困っていないそうだ。


 そのことに一抹の不快感を抱きながらも、いまさら過去のことを言っても仕方がないとして、刀真はその感情を奥底にしまい込んだ。そしてかつて会話のあった同級生と同窓会を楽しんでいった。


 しかしやはり苦い思い出を消し去りたかったのだろう。刀真はいつもよりも酒が進みすぎたせいで、早い段階で退席することになった。


 その時である。


 三人の内の一人が刀真に声をかけたのだ。

 そして二人きりになったところで、男は刀真に土下座で謝罪をした。


 ――昔、いじめてしまったこと、すまなかった――

 ――気の済むまで殴って貰っても構わない――

 ――俺に出来ることならどんな償いでもする――


 そういった言葉が並ぶ謝罪だった。


 はたから見ればそれは誠意のある謝罪に見えたのかもしれない。しかし中学時代、玩具にされたことで入院までしたのに謹慎処分にすらならず、謝罪の一つで終わらせた連中の一人である。


 いまさらの謝罪にいかほどの価値があるのか。


「……昔のことは、どうでもいいことだよ」


 酒が回ってようやく吐き出した刀真の言葉に、男は救われたような表情を浮かべた。許されたと勘違いしたのだろう。


 その表情を見て、刀真はますます不愉快さを感じながら、同窓会を後にする。

 そして。


 刀真は深い眠りに沈むように、日常の感覚を無くした。




   ■自宅=洗面所→寝室→風呂場■




「――よーし! そろそろ目を覚まそうじゃないか刀真ぁ!!」


 刀真が次に目を覚ましたのは自宅の洗面所であった。そして目に飛び込んだのは、大きな鏡に獰猛な笑みを浮かべる自分であった。


「おまえはいったい……? これはなんだ、夢――」

「オッホッホッホ! 夢? 夢と言ったか! おいおいおい冗談も大概(たいがい)にしろよ刀真ぁ! おまえの感情はおまえの顔に現れてるじゃないか! それに鏡の前で両手を動かしてみろよ? ほらおまえの意志で両手が動くじゃないか! これを現実と言わずに何が現実だと言うんだ! オッホッホ!」


 たしかに得体のしれない何者かの言うように、刀真は自分の意志で体を動かせる。しかし、自分の意志とは関係なく笑い声を上げる自分の声には恐怖を感じざるを得ない。


「オレが何者か? そうだなあ……まあ間に合わせの名前として“ジョーカー”とでも名乗っておこうか。それにしても久しぶりに目が覚めてみればずいぶんといいタイミングになったもんだ。まるでミキサーにぶち込む前の豚肉や玉ねぎにしてしまったと言うべきか?」

「ひ、久しぶり……?」


 ジョーカーは両手で顔を覆って嘆いた。


「信じられなーいッ!! 入院するほどの暴力を肩代わりしてやったこのオレを!? 下半身に発狂するほどの痛みを代わりに受け持ったオレを忘れていただとぉ!? おまえは悪魔かサディストか!? ああいや失礼失礼! オッホッホ! オッホッホ!」


 ジョーカーの見下した破願が鏡に映る。


「貴様は第二人格に中学時代の苦痛を押し付けて! 負け犬の人生を歩んできた劣等種だったな! すまんすまん! ジョークを言うなら靴の裏に着いた排泄物を喜んで舐め舐めするマゾヒストと評するべきだった……クックック! ムッフッフ! オッホッホッホッホ!!」


 その瞬間、刀真の脳裏に耐えがたき苦痛の過去が流れ込んだ。それは中学時代の凄惨ないじめ。そしてそこで受けた精巣への損傷が原因で、高校時代には障害を負っていると診断された時の絶望を感じた過去を。


 鏡に映る男の顔が百面相のように変化を続ける。

 刀真の顔は今にも精神的苦痛で泣き出しそうに。

 ジョーカーの顔は長い眠りから覚めた喜びを噛み締めるように。


「現状認識が終わって何よりだ、刀真」

「――待ってくれ、俺はどのくらい、眠っていた?」

「1ヶ月さ、ムフフ。おかげでいろいとろと用意はできたぞ。まずは鏡の下にある小物置きの部分をよく見てみろ」

「……注射器?」

「あれはステロイドさ。筋肉増強剤のな」

「な、なんだと!? なんでそんなものがここに――」

「違法のものじゃないから安心しろ。海外から取り寄せたがな」

「そういうことじゃ――おいよせやめろ!」


 ジョーカーはひったくるように注射器のケースを手に取ると慣れたように外し、注射の空気を抜くために少し押してから、腕に差す直前のところでピタリと動きを止める。


「ビビるなよ、テストステロンならいつも打ってるだろ?」

「そのテストステロンだったかが普通のやつならな……それは専用の薬だろ……っ」

「いーや? こいつは海外製だが病院で打つ薬剤と同じやつさ」

「ならなぜわざわざ自分で打たせようとする? ド素人がやるようなことじゃないだろうがッ」

「刀真、これから行なうのは儀式なのさ。復讐に手を染めるためのな。ステロイドサイクルで屈強な男になる前にやらなければならない、大事な大事な心の儀式だ。自分自身で自分を改造するという工程を挟むことが、とてもとても大事なのさ」


 意味がわからず絶句する刀真に、ジョーカーは破願する。


「眠っていたオレが表に出てきた理由はほかでもない。刀真、オレ達は奴らへの復讐を望んでいるんだ。そうだろう?」

「……………」

「くだらない倫理に囚われず正直に言えよ刀真ぁ? わかるだろう? あいつら三人は綺麗な奥さんを貰って、かわいい子供を作ったわけだ」

「うるさい……っ」

「奥さんとは朝も昼も夜も愛を交わし合い困難を乗り越えていく、生まれた子供は小さな体で愛想を振り向きやがて反抗期を迎えるも最後は感謝を述べて親元を去っていく、まさに美しい命の繋がり――」

「うるさいぞジョーカー! 俺をバカにしているのかッ!!」

「バカになんざしちゃいないさ! くだらない倫理に従って孤独に生きようとしてる松鷹刀真を救いたい! だから貴様の第二人格であるこのジョーカーが手を差し伸べてるんだ! それがなぜバカにしてることになる! オホ! オッホッホッホッホッホ!!」


 憤怒の表情で洗面台を叩く男は、すぐさま嘲笑するように鏡へ破願する。

 ステロイドの入った注射器の針が肌に触れる。


「警察や法律が動かないなら自力救済しかない」

「……殺人は悪徳だ」

「復讐は心の潤滑油さ。特に壊れかけの自動車であるオレ達は最高級のエンジンオイルが必要なんだよっ」

「恐ろしいことだ――」

「悪徳が恐ろしいのは心を整えてないからだ、当たり前だろう? 慣らすことが肝心さ、筋トレだって最初から80キロのバーベルを使ったりはしない、それと同じだ。さあ、ステロイドを自分の意志で打つんだ。

 そして浸透していく薬剤を想像し! 体内のホルモンが暴れるさまを夢想し! 心も体も無敵のダークヒーローへ到達させろ!

 その力で復讐のダンスを踊り出せ! 刀真ぁッ!!」


 一瞬の間を置いて、注射器の針が肌を刺す。

 薬剤が流れ込んでいく。

 注射器が投げ捨てられると、鏡には大きく破願した男の顔が映り込んだ。


「エークセレント! 素晴らしい! オッホッホッホ! これで今! 貴様は自分で薬剤を撃つことに戸惑いが無くなったことが分かるだろう! クックック、ステロイドサイクルの果てに177センチ62キロの体が肥大するか、実に楽しみだと思わないか!」

「ああ。ああ、ああ……」

「おいおい呆然とするな。まだ心の準備のための第1ステップが終わっただけだ。第2ステップまではきちんと主導権が貴様にあることを忘れるな?」

「なんだ……次はなにを、する……」

「第1ステップを言うなれば、正しい勇気を造る密造酒の飲み方だ。第2ステップは何か? 当然、これは禁断の果実のしゃぶり方を学ぶんだ、実演つきでな。こっちだ」


 ジョーカーはリズムに乗った独特の歩き方で寝室へと向かう。

 部屋に入ったところで立ち止まる。

 寝室はパソコン、本棚、ベッド、服の閉まっているタンスがあるだけのシンプルな部屋だ。


「まずはパソコンの机の引き出しを開けてみろ」

「……!? おい、これは……!?」

「残念だが本物じゃない。ガスガンという名の玩具(おもちゃ)さ。まあ玩具と言ってもというやつだがな? 壁を撃って見ろ」


 引き出しに入っていたリボルバー型のガスガンを言われるがままに撃つ。

 ガスで作動する静かな動作音と共に、ドンという壁のへこむ音が聞こえた。


 人を殺すには足りないが、怪我をさせるには充分すぎる威力に、ジョーカーは口笛を鳴らして満足げにしている。


「ムッフッフ。わざわざSNSで頼んだかいがあった。さあ刀真、クイズを出してやろう。そいつはあと7発ほど撃てる。何処に撃てばいいと思う?」

「……外のカラスや猫にでも撃てといのか?」

「オッホッホッホ! そんな小物を撃ったところで果実の甘さなんざわかりはしない! 答えはコイツだ!」


 ズンズンとジョーカーが足を運ぶ先は就寝用のベッドだ。そこで刀真はようやく、掛布団の中に何かが隠れていることに気づく。


 醜い破願が漏らしながら、掛布団が投げ捨てられた。


「い、彩葉ちゃん!? な、なんでこんな格好で!?」

「イケメンのおかげで簡単だったぞぉ。携帯からちょっとそっちを匂わせて誘ってみればあっさりここに足を運んでくれてなぁ。そのまま睡眠薬で眠らせて両手両足を縛りあげれば、こんな状態で完成というわけだ。クックック、ムッフッフ。

 刀真、貴様は紳士なのはいいが大人の狡猾さを教えなかったいただけないなあ? やってることが教育者の指導ではなく偽善者による詐欺になってしまったじゃないか、オッホッホッホ!」

「何を考えてる!」

「言っただろう、今から禁断の果実をしゃぶるのさ」


 ベッドの上で拘束され、意識のない彩葉の額にガスガンの銃口が突きつけられる。

 その動作に、刀真は青い顔を浮かべて混乱している。


「ノンノンノン! そうじゃないそうじゃない! こいつじゃ額という骨を撃ち抜けない可能性がある! こうやるんだよ!」

「うう!?」


 銃を持った刀真の右手をジョーカーの左手が掴み、銃口の位置を調整する。

 銃口は彩葉の眼球の上に添えられ、軽く押し付けられる。

 眼球の柔らかい感触が銃を通して伝わり、悍ましさに震え上がった。


「そうだぁ……あとは引き金を引くだけでこの果実は散る。オレ達に美味しく命を食べられるんだ。ガスガンから発射された鉛玉が目ん玉を貫通して脳内を破壊していくイメージをしろ。どうだ? それが禁断の果実の甘味だ。しゃぶればしゃぶるほど頭の中がしびれてたまらないと想像がつくはずだ……最初は危険信号のはずだったのにそれがほしくてほしくて堪らなくなる。

 なぜか? 知的好奇心や征服感で満たされるからさ。なぜか? 復讐という大義名分を抱くという作法でしゃぶっているからさ。なぜか? 他人に用意された道路の上じゃなくて自分で作ったアスファルトの上を歩き出して自立するからさ――オホ! オッホッホッホッホ! オーホッホッホッホ!」

「うるさい! その汚い笑い声をやめろ!」


 笑い声を止めると同時に拳銃を投げ捨てようと腕を振り回す。

 しかし、銃は掴まれたまま、また彩葉の瞼の上に添えられてしまう。


「俺が復讐を望んでいるのはわかっている! だからといってなぜこの子を殺す必要がある!? あいつらだけやればいいだろうが!」

「貴様のようなビビりが準備もなしにまともな復讐なんぞできるものか! オッホ! オホホ! いじめの暴力に耐えるためにこのジョーカーを生み出す根性なしが貴様なんだぞ! ほら! 殺し方を言ってみろよ! 殺した時の想像を言ってみろよ! 殺した後の処分方法も考えつく限り言ってみろ! 残されたやつらの家族をどうするかも言ってみやがれ!」

「そ、それは……」

「ほーら口淀(くちよど)む! ビビって思考停止だ! 

 いいか! この反応はな……ちょっとした劇薬に対する体の抵抗なのさ。倫理アレルギーというべきものだ。それを取っ払うために少しずつ慣れるんだよ……ほら、それでこの果実をしゃぶる理由がよーくわかるだろう? 

 わからないとは言わせないぞ?」


 刀真の顔が怯えた顔になり右手が震える。

 ジョーカーは嘲笑しながら、優しい口調で語る。


「オレ達は復讐する権利を所有している。警察も法律もオレ達を救っちゃくれない。見捨てられたんだ。それならオレ達が自分を救わないでどうするって言うんだ?」

「……人として道を外れるのは、ダメだ……」

「倫理を守ってもオレ達に幸せは訪れない! 

 ベッドに転がるこの果実のような(いと)しげな子供を作ることは不可能だ。作る能力もなければ俺達に寄ってくる女はビッチしかいないのは証明済みだろう? つまりこのままなら! オレ達は不幸になる道しか残っていない!」

「……う、あ、ああ――」


 戸惑う刀真の右手に、ジョーカーの左手が優しく包まれ、銃の引き金を引くように優しく誘導していく。


「物事を為すためにやってはいけないことは何か? オレはよーく知ってる。刀真、おまえがそれを人生で証明し、それをよーく観察していたからだ。だから話は簡単だ。徹底的にやるのさ。それだけでいい。さあ、禁断の果実をしゃぶれ」

「――――」

「オレと一緒に復讐のダンスを踊るんだ! オレはお前の味方だ刀真ぁああああああああああ!!」


 その叫びと同時に、銃の発砲音が響いた。改造されたガスガンであるそれは異様な小ささでありながら確かな駆動音を鳴らす。


 そして、びくりと震えた相村彩葉の眼窩(がんか)から、血の涙のようなものが流れていく。


「うわぁああああああああああああああああ!?」


 取り乱した男は引き金を何度も引いた。計7発の弾丸が彩葉の脳内を暴れ回った後でも何度も引き続けた。


 男の想像力は、女の子の脳味噌を破壊する弾丸の軌道だけでなく、万が一に一命を取り留めた彩葉の悲惨な人生や、葬式で大泣きするであろう彼女の母親のことさえも想像してむせび泣いた。


 混乱と恐怖に振り回されながらも、男はようやく銃を投げ捨てる。涙の止まらなくなった慈雨bんの顔を押さえつけるように両手で顔を覆う。


 そしてそっと両手を外すと、涙一つない破願を浮かべたジョーカーが現れた。

 今にも歌い出しそうなほどの上機嫌で体を揺らしている。


「よーし、果実のしゃぶり方は上出来だ。そのまま禁断の甘さに酔いしれるといい。それが貴様の復讐を手助けしてくれるんだ、ムッフッフ」


 ジョーカーはベッドの上にある(しかばね)を抱き上げる。


「さて、第3ステップを踏むとしよう。まあこれは正直、余興だ。貴様はおとなしく見学をしていればいい。

 オレが何をするって? 甘味(あまみ)の過剰摂取が糖尿病になるように、禁忌の過剰摂取は感情の暴走に繋がる。その抑制方法を貴様に学んでもらう。間接的に甘味に触れることで自ずと制御の心得を収められるもんさ、安心しろ。

 ついでに人の尊厳を破壊する方法を実演形式で習得しようじゃないか。死体の処理のついでにな。それに人間の尊厳破壊に関わる芸術作品の制作には試行錯誤も必要だ。果実でなくなった物体の使い道としては実に素晴らしいリサイクル。いきなり本番なんぞバカのやることだ、フッフッフ」


 ジョーカーはそのまま、楽し気な拍子で風呂場へと向かう。


「さあこれから忙しいぞ! 復讐のダンスの計画を練り、実行し、やつらのの尊厳を奪い尽くすんだ!」

「オレ達は快楽のダンスを踊るんだ! 踊って踊って踊りまくって禁断の果実も背徳のステーキも食べつくしてしゃぶりつくして心を潤滑油で満たしに満たして気持ちよくなって大往生するんだ!」

「そうだ! それが! オレ達の人生だ!」


 ジョーカーは風呂場に着くと、そこに用意していた鉈を手に取り、女の子の体に振り下ろした。


「オホホ! オホ! オーッホッホッホッホ!!」




    ■○年後のとあるネットニュース記事にて■




『令和の日本に殺人鬼現る!? 犠牲者20名を上回る恐怖の犯罪者!

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