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砂漠の街 リン

不精ヒゲの男ジンは砂漠で襲われていた少女に出会う。

しかし助けるわけでもなく、少女に武具を渡した。

少女は反撃し野盗の1人を捕らえると、街の自警団に引き渡そうとする。

ジンにも証人として同行を願う。

街につくなりジンのうかつな行動で野盗に逃げられてしまう。

責めるわけにもいかず、とりあえず店に入り、腹を満たす。

少女はジンに「剣聖様を探しています」と告げる。

その剣聖とやらは20代の不老不死であるという。

また、少女を妻にすると約束したらしい。

剣聖を探している本当の理由は他にあるようだったが…。

不精ヒゲの中年男ジンは剣聖を探しているという少女ウォルデリアと往来で別れ、しばらく歩き、懐から一枚の紙を出した。


夜空に輝く3つの月の光がそこに書かれた地図を照らす。

「ふむ。こっちかなー。」

のんびりとした口調でつぶやく。

夜だというのに明るい月明かりに照らされ、街の中央に位置する1番大きいと思われる往来にはまだまだ多くの人々が行き交う。

夕飯時をすぎているが、酒場はこれからがかき入れ時であろう。


ジンは酒場の横道に入り、何度か曲がる。

だんだんと薄暗くなる。

石造りの建物が密集しているため、道は細く、月明かりも表通りとは違い、届かないところも多い。

人通りはもうない。

誰もいない。


ジンは足を止める。

ふりかえることもなく言った。

「リン、おつかれー」

まわりは薄暗い。

その暗い陰から、すうっと人影が浮かび上がった。

「…お疲れ様でございます。ジン様」

「うん」

ジンはアゴの不精ヒゲをさすりながら、ふりむいて言った。

「で、どうだったー?」


リンと呼ばれたその人影は闇にまぎれるのにちょうど良さそうな黒い衣を全身にまとっていた。

背は155cmぐらい。

黒い衣は薄く身体に張り付いており、その肢体のラインが良く分かる。

少年、いや先ほどの声は少女か。

あまり発育しているとは言い難い、まだ未成熟な細い身体つきから10代前半であろう。


ジンにゆっくり近づきながら、その少女は頭をおおっていた布地を後ろに引き下げた。

白く小さな顔と青く大きな瞳、蒼みの強い、頭頂部でたばねた長い髪がふぁさっと広がる。

先ほどウォルデリアと入った店でテーブルに料理を運んで来た少女だ。


「はい、ジン様。いくつかご報告がございますが…

その前にお風呂にいたしますか?

お食事にいたしますか?

それとも…わ」

ジンは言葉をさえぎるように言った。

「うん、メシは食ったから風呂頼むー」

少女は一瞬、口をモゴモゴさせるが

「…わたし…かしこまりました。こちらでございます。

あいにく狭いところでございますが、ご容赦ください」

と、一礼した。


先を歩くリンについて行くと、この街では一般的と言っていい共同住宅にたどりついた。

階段を上り、部屋に案内されると、すでに風呂の準備は済んでいた。

食事も準備されていたようだが、素早く、それこそ残像が残る程の速度でリンに片付けられ、飲み物だけテーブルに置かれた。


「どっこいしょー」

まぬけな声と掛け声でジンは椅子に座った。

「リンも座んなよー。あと何か飲んだらー?」

そう声をかけると、リンはこれまた残像が残る速度で果実を漬け込んだ甘味水を注ぎ、ジンの正面に着席した。


「ジン様の真正面、失礼致します。」

「いや、いつも言ってるけど、もうちょっとリラックスー」

「これはもうクセでございますので、お気になさらずお願い致します。」

「あ、うん、そっかー」

「お風呂の方は準備出来ておりますが?」

リンは報告が先か、それとも風呂が先か、念の為にたずねた。

「先に軽く話しよっかー」

ジンは一重の細い眠たげな眼をさらに細めて言った。


「まず、現在、例の王国に潜入調査中である妹…」

妹と言いかけて、言いなおす。

「ランからの報告をお伝えします。

やはり王族は捕らえられ幽閉されております。」

「…ふむ。幽閉ねー」

「はい、まだ王はご存命であります。国民には知らされておりませんので、治世、治安は変わりなく、官僚にいくらか人事異動がございましたが、表面上は大きな変化はございません。」

「まぁ、大きくやらかすと国をまた一から作るのはめんどくさいだろうねー

うまく乗っ取り、ゆっくり入れ替えだろうねー」

ジンは誰に言うともなく、宙を眺めてアゴをさすった。

「王族ねー、何人ぐらい?」

「王族が幼子も含め11人との事でございます」

「うーん、亡命させるか、簒奪者を討つか、それとも…ま、後で考えよー

それで、リンの方はどう?」


リンはうながされ、こんどは自分の調査報告をする。

「はい。わたくしからはこの街の自警団と野盗の関係について。」

「うん」

「両者は癒着しております。」

「みたいだねー」

「お気づきでしたか」

「たまたま砂漠で2人組の野盗に会ってねー

片方は野盗、もうひとりは野盗のフリした自警団のやつだった」

「ウォルデリア様とお話されていた件でございますね」

「そうそう。野盗の方を捕まえたけど、逃がしといた。

あれを連れて自警団に行ったら、難癖つけられて、こっちが牢屋行きだろうしー」

「ジン様であれば逃亡は容易いかと?」


ジンは細い眼をまた細めて、にへらと笑う。

「おれはねー。でも、あのお嬢ちゃんが大暴れしそうだからさー」

リンはウォルデリアならばそうでしょうねと言わんばかりに、こくりとうなづき、話を続けた。

「自警団は野盗と共謀し、街の浮浪者、旅人などを奴隷にしているようです」

「それは悪いやつらだなー。

成敗せねばー」

ジンがふざけたように言う。

リンが続けた。

「しかし奴隷は街から出た様子が無く、神隠しの様です」

「そうなると人身売買では無さそうだねー」

「はい。売るためではないとすると、単純に労働力が必要であると推測されます」

「ふむ。労働力がなぜ必要なのかー」

独り言のようにジンは言った。

それにリンが応じる。

「はい。それでこの街の金の流れを調べましたところ、ある変化が分かりました」

「さすがリンだな

おれは金にはうといからなー」

ジンはそう言うと感心したように腕を組んだ。

リンの普段はあまり変わらない表情がぱぁっと輝いた。

青い瞳を輝かせ、わずかに口角があがる。

「とんでもございません。

そのようなお言葉もったいなく…」

「いやいや、いつも感心するよー

こまごまとした調査はおれは苦手だからなー」

ジンに言われ、リンは白い頬を赤らめ下を向きながら続けた。

「そ、それで金の流れを追ったところ、最近急激に油の販売が伸びておりました」

「油?食用の?」

はて、とジンはクビをかしげる。

「いえ、食用ではなく、燃料などにする黒油でございます」

「ああ、砂の下から湧き出る、やたらと燃える黒い油かー」

「はい。その黒油は北へ送られております」

「北?」

「ガルベリウス帝国へ送られております」

「あー、あの寒い国かー

あそこなら油は必要だよねー

このあたりは暑いから産出出来ても、まぁ、そっちへ売るかー」


顔を上げたリンは少し眉をよせる。

「それが…実は帝国内の黒油の消費には変化がありませんでした。

さらに市場価格に大きな変化もない事から在庫が積み上がっているわけでも無さそうです。」

消費量が変わらないのに在庫が積み上がれば、商人は売りさばきたい。

当然、その価格は下がることになるのが普通だ。

しかしそれが下がっていないという。

「そうなりますと、おそらくどこか別の所に備蓄されているか…もしくは何か違う用途かも知れません…

現時点で詳細は不明で、まことに申し訳ありません」

「いや、いいんだよ、そこまではねー」

リンは報告を続けた。

「消えた奴隷と黒油の産出増加。

…おそらくどこかで黒油を汲み上げる強制労働をさせられているのではないかと推測されます。

ご報告は以上でございます。」


「うーん」

ジンは自分のアゴをさすると下がり気味の眉をさらに下げながら、目の前の従順でやたら真面目につかえてくれる細い少女をいつくしむように言った。

「本当にいつもありがとうねー

そうだ、ご褒美になんか欲しいものあるー?」

「いえ、とんでもございません。

わたくしはジン様のおそばに置いて頂けるだけで嬉しく存じます」


リンはジンをまっすぐ見つめた。

「わたくしと妹のランの今があるのは、全てジン様のおかげでございます。

二人のこの命、この身体、爪の先から髪の1本にいたるまで全てはジン様のものでございます」

リンの真剣な視線に恐れに近いものを感じ、ジンの視線は宙をさまよう。

(いや、本当に良い子たちなんだけど…

もうちょっと気楽にしてくんないかなー

なんか怖いわー)

「あー、うーん、じゃあ、なんか甘い物でも明日食べに行こうかー?」

「はい!」


リンは天にも登る気持ちだった。

この数週間、敬愛するジンに会えなかった。

リンとその妹ランに調査を指示し、ふらりとどこかに消えてしまった。

さびしく思いながら、調査のため、ひたすらこの街に溶け込もうとした。

時に茶屋の店員となり、時には野菜の売り子となり、時には若い娼婦のフリをした。

もぐりこんだ賭博場では圧倒的な勝負強さを見せつけ、伝説まで作り、負けのこんだ商人から情報を引き出した。

ちなみに賭博場で勝ちすぎたために出入り禁止になった。さらにその賭博場の胴元から刺客を送り込まれたが瞬殺した。


そしてあつめた情報を分析し、裏付けとなる証拠を保全した。

すべてはジンに褒めてもらいたかった一心からである。


「んじゃ、風呂に入るねー」

立ち上がりつつそう言ってジンは腰の黒い剣を引き抜き、近くの壁に立てかけた。

その黒い剣は細長く、その鞘には変わった螺鈿細工のような装飾が施してあり、あまり見かけない風変わりな物だ。


「はい。お背中を流しますので、お声がけ下さい」

「あー、んん」

肯定だか否定だかわからない返事をしながらジンは風呂場の戸を閉めた。

リンはふふと小さく笑顔をつくり戸の向こうに消えたジンの背中を眼で追った。

そして素早く残像を残しながら、しゅばばばっとふたつの空いたグラスを片付け椅子に座りなおす。

風呂場からはジンの陽気な、何だかわからない適当な鼻歌がわずかに聴こえる。


ふと、壁に立てかけられた黒い剣に眼をやる。

リンは思い出した。

(あれから7年か…早いな。

私もランももう14だ)

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