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砂漠の街 茶屋の二人

少女ウォルデリアと名称不明、年齢不明の不精ヒゲ男は二人で茶屋に入った。

適当に何品か頼み、先に来た飲み物を飲んでいた。


少女はため息をつく。


結局、せっかく捕らえた野盗の大男は小便をすると厠に行ったきり、戻っては来なかった。

当たり前の話だ。

これから街の自警団に突き出されようというのに、のこのこ戻るはずもない。

そんな人間がいたら、お人好しではなく、ただのバカである。


少女には自警団に野盗を連れて行きたい理由があった。

野盗を捕縛したことで自警団とつながりを作り、その情報網を利用したかったのだ。


(何か他の手を考えねばなるまいな)

じっと正面の席に座る不精ヒゲ男を恨めしげに睨みつけた。

野盗の大男を気軽にひとりで厠に行かせた張本人の顔がそこにあった。


黒髪、黒い瞳、黄色の肌。

眉はやや下がり気味。

一重の瞼に細い眠たげな眼。

口の周りに不精ヒゲ。


ヒゲのせいで40から50の中年男に見えていたが、目元や頬の肌ツヤから察するに30代ぐらいかも知れない。

10代半ばの少女にとっては30も50も同じく「おじさん」でくくられる部類ではある。


それにしてもこの男は軽薄である。

悪人とも思えないが、常人とも思えない。

話し方がどうにも年齢とそぐわない。

まるで頭の悪い子供のようだとは言い過ぎだろうか。

それになんというか、存在感がない。

どこにでもいるようで、どこにもいないような、気配を消すというのとはまた違う。


戦闘では気配を消せることは武器になる。

隠密行動には必須のスキルである。

しかし、気配が軽い、としか言い様がない。

今までに感じた事がなく、適切な説明が出来ない。


何にせよ、砂漠で野盗二人に裸にひんむかれ、危うく貞操の危機に通りかかって、少女の特装武具を渡してくれたのはこの男である。

それなりの礼をしなければならない。

そもそも名も聴いていないし、少女もまた名乗っていない。

(さて!まずは…)

少女は気を取り直し、背筋を伸ばし不精ヒゲ男に言った。

「かなり後回しになり、まことに失礼した。

わたしはウォルデリア・ウォン…」

言いかけ、言い直す。

「いえ、ウォルデリアと申します。

この度は助けて…?いえ、野盗に襲われたわたしに武具を渡してくださりありがとうございました

貴殿のおかげで無事に反撃し、撃退することが叶いました。

心からお礼申します」

すっと少女は頭を下げた。


少女は黒革の衣を身にまとっている。

それは暑さにも耐えられるように薄く、そして小さな穴が無数に空けられている生地で出来ている。

革鎧ほどではないにしろ、多少であれば刃物を防ぐことが出来る品である。

全身ではなく、肩から指先まで、太ももから膝までは褐色の肌がのぞいている。

そして着脱、というか脱ぎ着が出来るように背中側は大きく開いており、そこは革紐を通して引っ張り締め付けるようになっている。


ウォルデリアが頭を下げると褐色の綺麗な背中がまわりの客に丸見えになる。

ちらちらと少女を盗み見していた男たちがそれを見ようと思わず、腰を浮かす。


「ん、おっほん。」

不精ヒゲ男は何となく咳払いをしてまわりをくるっと見回す。

腰を上げた男達はそれぞれ何かを誤魔化すように、何やらあさっての方向を向いて、音のろくに出ない口笛を吹くような顔をする。


「いやいやいや、水が欲しかったのと、道に迷ってさー。それだけだよー。

あ、そうそう。おれの名はジンだ。よろしくな」

ジンと名乗った男は下がり気味の眉をへなっと下げながらそう言った。


「今は訳があって大したお礼が出来ないが、いつか…そう、いつかきちんとしたお礼をさせていただきます」

「お礼なんていいってー。

それよりさ、その訳とか…

どしたん?話聞こか?」


なんとなくノリが軽い気がしなくもない。

だが、情報収集に人手は多い方がいい。

「実は、人を探しております。」

「ふむ、人探し…」

不精ヒゲ男は自分のアゴをなでる。

「そのお方の名はバルデス様とおっしやいます。

バルデス様、というよりも剣聖様と申し上げた方がわかりやすいかも知れません」

「…へー。なんでまたその人を?」

「…そこはあまり公言出来ません。

ただバルデス様の、剣聖様のお力が必要なのです」

少女はふっと視線をテーブルに落とした。

「ふーん」

ジンは腕組みをして宙をみる。

と、ちょうど少女が注文した品々を運んで来た。

「大変お待たせ致しました」

10代前半だろうか。

くだけた店の雰囲気とはやや異なる丁寧さでテキパキとテーブルに並べた。

「お、来た、来た、お姉ちゃん、ありがとねー」

ジンは店員の少女に片目を閉じてみせた。

「さ、ウォル…お嬢ちゃんも食べよ」

「はい」

「お嬢ちゃんは胸も尻もでかいけど、お腹に飼ってる虫もでかいからなー。ははは」

胸と尻は関係ないだろ、と思いつつも今は合わせておこうと力なく笑ってみた。

「…ハハハ」


ひとしきり運ばれた料理をついばむと、飲み物を飲み、一息ついた。

不精ヒゲ男ことジンが口を開く。

「さっきの話だけどさー

その剣聖ってのをひっぱり出してー

どーすんのー?

戦争でもすんのー?」


少女はグラスを両手でにぎりしめる。

「…いえ、戦争ではありません」

「んじゃ、暗殺?」

(暗殺か…その手があったか)

「……理由がなければ人探しは不可能でしょうか?」

「んー、まぁ理由次第で、その剣聖とやらも逃げると思うけど?」

「剣聖様は逃げるようなお人ではありません」

やや、ケンのある言い方で少女は断言した。

不精ヒゲ男、ジンは自分のアゴをさする。


「んー、いや、でもその人は探さないとならないほど、どこにいるか分からない人でしょー

つまりあんまり自分を縛りつけようとする『国』には行きたがらないと思うんだよねー」


少女は少し言葉に違和感を感じた。

(国?人探しとしか伝えてないはず…)

違和感を感じつつも剣聖のことになると少女はムキになる傾向があり、そのまま話を続けた。


「いえ、たしかに剣聖様は自由を重んじる方とはお聞きしてますが、わたしは忘れません」

「んん?何を?」

「わたしは幼い頃、剣聖様に抱いて頂いた事があるのです!」

顔をすこし赤らめながら少女は力強く言い切った。

その真紅の瞳を輝かせながら。

「あんなに優しく幼いわたしを抱いてくださった剣聖様がわたしを忘れるはずがありません!」


ガタッ!!

大きな音とともに聞き耳を立てていた店内の男どもが一斉に立ち上がった。

どいつこいつも青ざめている。

「幼い…幼女を抱いた…だと?!」

「なん…だと…」

「…ち〇こ、もげろ」

それぞれが言いたいことを言っているが、少女はもうすっかり自分の懐かしい記憶にひたりまわりの声は聞こえていない。


ジンは何故か、アゴが外れたようで、不精ヒゲをさするふりをしながら懸命に戻そうとしている。

「剣聖様は剣を握られているとは思えない柔らかな手でわたしの身体をすみずみまで撫でて下さいました」

そう言って閉じた瞼がやけに艶かしい。

褐色の瞼に長く銀色のまつ毛。

目元は化粧もしていないのに何故か淡い桃色をしている。


ガタッガタッ!!!!

店内の男たちのなかで気の弱そうな者は白目をむいて椅子の上で骸になっている。


ジンはアゴを戻したところで、こんどは逆にアゴが深く閉じて、顔面がお爺さんのようにくしゃっとなっている。

自分の手でアゴを引き戻して、やっとのことで声を出した。

「…ちょ、待てよ!」


うっとりとした顔のまま、少女はジンではなく、空中のどこかを見上げながら返事をした。

いや、返事ではなかったのかも知れない。

「剣聖様はわたしを必ずオヨメサンにして下さるとおっしゃいました。

オヨメサンの意味が分かりませんでしたが、自分だけの女にする、妻にするという意味だと侍女が教えてくれました。

そしてその日からです。

私は剣聖様をお側でお支えするために全てを捨てて武芸の道を突き進んだのです!」


そこまで話をして、少女ははっと目が覚めたようにジンに向き直った。

「…失礼しました。

ちょっとしゃべりすぎたようです。」

ジンは何故かテーブルに突っ伏している。

「…ジン殿?いかがされましたか?」


ぷるぷると震えながら顔を上げた。

「そ、それは大変良い思い出だすなー」

「だすな?」

「あ、ああ、剣聖ってのは、もうかなりお年じゃないのー?」

「いえ!まだ20代のはずです!」

「そんな若いのに剣聖ー?

ちょっとおかしくないー?」

「いえ、剣聖様は天が遣わしたお方ですので歳をとらない、もしくはとても長寿でほとんど不老不死だそうです」

少女は真紅の瞳を輝かせている。


(あぁ…これ、ダメなやつだ)

ジンは頭を抱えた。

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