砂漠に響く腹の音
【あらすじ】
女豹を思わせる、しなやかな肢体をもつ少女ウォルデリア。
2人の野盗に襲われるが、そこに妙な黒い剣を持った妙な中年男が現れる。
中年男は少女を助けようともしないが、野盗の仲間でもないらしい。
野盗たちが中年男に注意を向けているそのスキに少女は自分がもっとも得意とする武器で大男の野盗を倒したのだった。
【本文】
ムチで叩かれ皮のめくれた頭をおさえながら座りこんでいる大男に、少女は剣を突きつけながら、もうひとりの野盗に向けて言い放った。
「この男を助けて欲しければ、水を渡せ!」
もう、どちらが野盗か分からない。
砂の上に座り込んでいた細身の野盗は、
「別にそいつが死んでも構わんのだがなぁ」と、つぶやいた。
すると隣に立った中年男が
「冷たいなー、仲間には良くしてやれよー
後で恩を返してくれるかもしれないぞー」
と笑っているのか、いないのか分からない一重の眠そうな目を細めた。
「…立てないんだが。その手をどけてくれ」
細身の野盗は観念したように中年男に言った。
すると今更気づいたように
「あ!悪い、悪いねー」
と、細身の男の肩に触れていた手をどかした。
細身の野盗はやれやれとでもいうように、すっと立ち上がり
「おい!娘!水は荷物にある!取ってきてもいいか?」
と少女に問うた。
遠目にわかるように少女はおおげさにうなづいた。
ゆっくりと後ずさりしながら細身の野盗は騎乗して来た大きな鳥に近づいて荷物をあさり、水筒を何本か砂の上に置いた。
そのまま、反対側に回り込んだ。
「おい!妙なまねはするなよ!
この大男がどう…」
少女が叫び終わるかいなかの瞬間、大きな鳥は地が震えるような鳴き声を上げると飛び起きる様にして立ち上がり、凄まじい勢いで走り出した。
その背には振り落とされるまいとする細身の野盗がしがみついていた。
「あー、やっぱり逃げたかー」
そうだろうね、とばかりに中年男が平然と呟いた。
野盗に友情など無いであろう。
仮にあったとしても、この場面ならばどちらかが逃げ、仲間を呼び仕返しに来るのが常識だろう。
少女は愕然としていた。
信じられない、仲間を見捨てるなんてなんてやつだ、と言わんばかりである。
大男は苦しげに頭をおさえて震えている。
もはや完全に戦意を失っていた。
念の為に落ちていた麻縄でこんどは少女が大男を縛り上げる。
黒革の衣は背中のヒモを切られたため少し動くとずり落ちそうになる。
大きな胸がこぼれ落ちそうになるが、今はもう近くに誰もいないので気にせずに大男を縛り上げた。
「いやー、この男、どーしよっかー?」
急に横からのんきな声が聴こえて少女はびくりと身体を震わせる。
(いつの間に、こんな近くに?!)
得体の知れない中年男はなんだか存在感が希薄で、まるで気配が感じられなかった。
「はい、お水。
ところで君、街がどっちかわかるかなー?」
男は水筒を差し出してそう言った。
少女はずり落ちそうになる黒革の衣の胸元を片手で押さえながら、先ほど見えた街の方角を指さした。
少女は軽く頭をさげ、水筒を受け取りながら考えた。
(ムチを渡してくれたのはこの妙な中年男だ。縄を切る小刀もその時一緒に渡してくれた。
命、いや貞操の危機を救ってくれた恩人と言えなくもない。
だが…
何もわたしの尻を叩く必要があっただろうか?
それともあれは野盗を油断させる話術の一部であったか?
「もう産めそうだね」などと言っていたが、わたしの尻が大きいとでも言いたいのか?)
ウォルデリアはだんだんとこの妙な中年男に腹が立って来た。
恩人ではあるが、何だか急に憎らしくなってきた。
「…この男は街の自警団に渡します。
あなたには証人として同行願いたい」
なんだか、つっけんどんな態度を取ってしまった。
「ふむ…」
中年男は不精ヒゲの生えたアゴをさすりながら、遠い目をしている。
「…何か、不都合でも?」
いぶかしんで少女が尋ねると男は一重の細い眼を少し見開きウォルデリアをじっと見つめた。
思わずたじろぐ。
「な、何か?」
男は目をふせて弱弱しく述べた。
「…いやー、メシ食ってからでいい?」
「………」
ぐぅー、と大きく腹がなった。
中年男の腹ではない。
(こんな時に?!)
ウォルデリアが思わず腹を押さえる。
はっ、と見返すと中年男がぐっと親指を立てて、恐らく会心の笑みであろうが、それはなんとも微妙な顔だった。