砂漠に走る黒い閃光
少女を襲った二人の野盗。
そこにヘラヘラした中年男があらわれる。
腰の剣を野盗に寄越せと言われ、なんのためらいもなく、放り投げた。
細身の男が視線を中年男に向けたまま、ゆっくりと腰を落とし、足元に転がった黒い剣を拾いあげた。
中年男に妙な気配は無い。
そもそも何故か存在感が薄い。
いるようないないような。
そもそも少女が手足を縛られ、裸にむかれているのに驚いた表情もなければ、下卑た笑いもない。
まるで無関心。
細身の野盗は変わった剣を引き抜こうとした。
「ん?」
何故か抜けない。
もう一度力を込めて抜こうとしたがビクともしない。
「おい、抜いてみろよ」
そう言って大男の野盗の方に投げた。
ちらと少女を見やり、
「逃げようとしたら殺す」と言ってから、いぶかしげに大男は黒い剣を拾った。
少し眺めてから剣を引き抜こうとしたが、やはり抜けそうもない。
「おい、何だこれは!?」
大男は中年男に向かって言った。
「あー、いやいや、それは装飾刀でしてー
抜けないんっすよねー
あ、それでね、水が欲しいんですけどー?」
中年男はヘラヘラとしている。
場違いな中年男に大男は苛立ちが隠せない。
「最初に言え!バカにしてんのか!!」
「えー、だってまさか他人の剣を抜こうとするなんて思わないじゃないっすかー」
中年男はまるで動じない。
(この中年男はあたまがおかしいのか?)
そうであれば納得できる。
女が裸にされている所に、あきらかに盗賊らしき男二人に近づく。
この時点で正常ではない。
しかも装飾刀しか武装は無さそうだ。
水も無く、道に迷っているわりに平然としている。
「そろそろ、返してもらっていいっすかー?」
そんな事を言いながら散歩でもするような足取りで大男の方に近づいて来る。
「けっ!」
大男は少女の裸体を楽しむ邪魔をされて、この変な中年男を不快に思った。
(近づいたら首を落としてやる。
こんな剣はへし折っておいた方がいいな)
大男はおもむろに黒い剣を両手で上にかかげ、思いっきり自分の膝に打ち付けた。
「?!」
その細長い剣はビクともしない。
わずかにしなる程度。
「あー、ひっどいなあー
人の物を雑に扱わないでくださいよー」
中年男は少し歩調を上げた。
スルスルと大男に近づいた。
「おい!気をつけろ!」
細身の男が叫んだ。
この中年男は得体が知れない。
細身の野盗は嫌なものを感じていた。
気づけば中年男は大男の前に立っていた。
「この野郎!」
大男は剣を抜きざま、横になぐ。
「よいしょ」
中年男は何かを拾うように身をかがめ、その剣をくぐり抜けた。
あっけにとられていると少女の目の前に中年男が立っていた。
「いやー、美しい!
いや、でもまだ可愛らしい、の方が適切かな?
将来が楽しみだね、お嬢ちゃん!」
のほほんと笑う中年男にウォルデリアは呆気にとられいると、ぽんと尻を叩かれた。
「いやー、立派に育って!もう産めそうじゃないか!」
あまりに突然で何をされたか理解出来ない。
野盗に犯されそうになっていた所、いきなりあらわれた頭がおかしいらしい中年男に尻を叩かれた。
「あ、これ君のでしょ
はい、がんばってね!」
少女の手に黒革を束ねた物が渡された。
それは確かに少女の物だ。
先ほど、大男に捨て置かれたロープのようなもの。
大男が剣を高くかかげ、中年男に向かって打ち下ろす。
「なめてんのか!」
「おっとー」
叫ぶ大男の剣をよけ、中年男はするりと近づいてポンとケツを叩く。
「君もがんばってー」
そのまま、まっすぐに細身の男に近づいて行く。
「あのさー、水をー」
細身の男は水筒を真っ直ぐに中年男に向ける。
「いやー、悪いねー、助かるー」
中年男が手を伸ばした瞬間、細身の男は水筒を手放した。
落下する水筒。
「おっ!」
とっさに手を伸ばし身をかがめる中年男。
にやりとした細身の男の膝頭が中年男の顔面にめり込む…ように見えた。
が、しかし
次の瞬間、細身の男の身体がわずかに宙に浮き、そのまますとんと砂の上に尻もちをついた。
中年男は平然とかがめた身体を起こし、その手につかんだ水筒の水をがぶがぶと飲んだ。
「うっめー!お水おいしー!」
なんなんだ、こいつは?
細身の男は見上げ、混乱していた。
顔面に入れたはずの膝にその感触はなく、その膝がそのまま持ち上げられ、軸足が地面からわずかに離れ、そのまま地面に座り込んだ。
いや、座らせられた?
大男からは細身の男が突然へたりこんだように見えた。
「てめぇ、何しやがった!!」
大男にとっては細身の男はどうでもいい。
同じ頭目の下で働く同僚だが、新入りで変態で趣味が合わない。
別に仲が良いわけではなく、たまたま当番で一緒にされただけだ。
なんなら死んでも構わないぐらいの存在でしかない。
しかし、そう叫んだのは、理解出来ない者への不快感。
恐怖とはまた違う違和感。
未知への嫌悪感からだった。
「君、君ー、うしろー」
まのぬけた声で中年男は大男のうしろを指さした。
その瞬間、大男の首筋のあたりでバチンと空気が破裂した。
とっさに身をかがめられたのは幸運でしかない。
「なんだ!」
大男がふりむくと、そこに少女が立っていた。
両手、両足の麻縄は切られていた。
そしてその手には黒革のロープ。
いや、ロープではなく、黒革のムチである。
猛獣使いがふるうムチである。
(倒すには剣の方がいいけど、間合いの取れる武器の方が、あの大男にはいい…)
少女ウォルデリアはそう思い、思いっきりムチを振るったのだが、わずかに目算を誤った。
大男の首筋のまわりをなぐつもりだった。
ムチでの即死はほぼない。
しかし打たれれば肉は削がれ、剣で切られたのとはまた違う痛みに襲われ、戦意を失う。
剣で払おうにも、上手く両断する事は出来ない。
下手をすると剣をからめとられる。
その使い手は多くは無いが、ムチは実戦に使える武器である。
剣は運が悪ければ折れる事もある。
槍は抜けなくなる事もあり、そのスキを突かれる。
弓は矢が無くなれば無力だ。
皮だけでなく猛獣の毛を織り込んだムチはしなやかで剣で断ち切る事は難しい。
つかまれて引っぱられる可能性はあるが、それは使い手の能力次第であろう。
「このガキ!」
大男は怒りながら少女にまっすぐ突っ込んで行く。
飛んで火にいる何とやら、である。
(ずいぶん大きな的だな)
少女がムチをひとふるいするとまずは手首の皮がめくれ、大男は絶叫しながら、剣を落とした。
次にふるうと、ひたいの皮がはがれ、ついでに前頭部の頭髪が散った。
もはや勝負にならなかった。
残酷なイジメに近い。
泣きわめきながら頭を押さえて座り込む大男。
念の為、剣に持ち替えて大男を見下ろす少女。
「さて、どうやってケリをつけるかねー」
誰に言うともなく、中年男は不精ヒゲの生えたアゴをさすった。
細身の野盗はさっきから座り込んだきり、動かない。
いや、動けないでいる。
立とうとするたびに、すっと足裏から重量が抜けるので立てない。
何やら中年男が自分の肩にずっと手を置いている。
細身の男が中年男を見上げると目があった。
「あのさー、街ってどっちー?」
中年男は細い眼をすっと細めて笑った。