【書籍化】断罪された俺の最愛のお嬢様へ。マントの中に勝手に入るのは可愛すぎるからダメっス。
2024年11月にコミック化いたしました!
お読みくださった皆様のおかげです。
ありがとうございます……!
俺が護衛しているお嬢様の名は、メルティーナ様という。
その最愛のお嬢様は、先日公衆の面前にて断罪され婚約破棄された。
罪状は「なし」……そんな馬鹿なって言われそうだけど本当だ。
いわく、婚約者だったレオン殿下のお気に入りの平民特待生、ユリアって聖女に失礼な態度をとったり嫌がらせをしたから、らしい。
しかし法に触れるようなことは何一つしていなかったから、罪状はなしだ。
お嬢様の名誉のために言っとくと、事実無根だ。
いや、無根……までは庇い過ぎか?
確かに、「マナーがなっていないですわ」とか「殿下と夜会に出るべきなのはわたくしよ」とか、そういうことは言っていた。
が、それってあまりにも当然じゃないだろうか。
あの聖女サマは平民出身ってだけじゃ片付けられないくらいの無礼者だったし、未来の夫が女を堂々と囲って優先していたら怒って当然だと思う。
そもそも。
皇太子妃になろうと十年以上頑張っていたし、なにより優しいお嬢様のことだったから、イジメや法的に罰せられるような悪事だなんて考えもしなかったんじゃないかな。
俺は、そんな不遇で頑張り屋のお嬢様──メルティーナお嬢様の事が一等大切だった。
雪の降る夜、凍死寸前だったガキの俺を屋敷にこっそり入れて救ってくれた時から、ずっと。
ずっと、お嬢様だけを大切に思ってきた。
──俺には、実は、うっすらと前世の記憶がある。
名前も顔も覚えていないし、なにか役に立ちそうな特別な知識を覚えている訳でもない。
だけど異端なのは親にもわかったのだろう、気味悪がられて雪の日に捨てられた。
そこをお嬢様に救ってもらって、それからずっと護衛として守ってきた。
お嬢様に恥じない護衛になるべく、血塗れになるような訓練や試験を経て騎士の資格も獲得した。
お嬢様が辛い時に助けになれるよう、好きな物は全部把握して適宜差し出したし、どんな時でも体調の変化を見逃さずに手助けし、皇太子妃候補として課せられた仕事のサポートも全力で行ってきた。
寂しそうな時は話し相手になったし、楽しそうな時は出しゃばらずにそっと後ろで見守った。
そんな大切な大切な、目に入れても痛くないお嬢様が、公衆の面前で悪女よと罵られ、婚約を破棄されて。
俺は、あと一歩で殿下に斬り掛かるところだった。
だが、刺し違えてでも……と思っても実際にそうしなかったのは、お嬢様が連帯責任で処されてしまうだろうと思いとどまったから。
つまり俺の行動基準は、徹頭徹尾とにかくお嬢様が中心なのである。
だ、が……。
「あー……お嬢様?」
「……」
「ほら、お嬢様の外套は俺が持ってます。寒いんでしたら着ましょう? 俺のマントから出ましょう?ね?」
「……ヤ」
鈴みてぇな可愛い声で嫌って言われて、俺は困ってしまった。
ヤ、て。……ああ、近すぎる。
お嬢様がこんなことするのは、初めてだった。
いつもいつも、皇太子妃候補として凛と背筋を伸ばしていたお嬢様。
それがこんな風に甘えん坊になっちまうなんて、人生分からないものだ。
ああもう、そのちっさい手で服をぎゅっと握るの止めてくれませんかね。心臓もぎゅってなるんで。
「いけませんよ、どんな噂が立てられるか分かったもんじゃありません。ほら」
俺がそう言うと、お嬢様はむすりとしながら静々マントから出てきた。
俺がデカいのもあるけどお嬢様も相当小さいから、こんな芸当ができる。
「どうぞ」
そう言って外套を肩にかけると、お嬢様は「ロイドの裏切り者」と呟いた。
心外だ。
「俺がいつお嬢様を裏切りました?」
「今よ。あそこのお花畑集団が見えないの? 隠してあげようとか思わない?」
「そりゃ見えてますし、思いますけどね」
視線の先には、秋薔薇を愛でる会とやらを開いているクソ聖女どもがいた。
どうしてこんな場所に来たのかって、それは。
「お父様からなんとかして聖女と皇太子の仲を裂け、と厳命されているんでしょう。やるしかありませんよ。逃げてちゃいけません」
「無理だし嫌」
「嫌だってったって、それしかお嬢様が実家に見放されず、社交界に生き残る方法はないらしいじゃないですか。頑張るしかないですよ」
お嬢様が俯いた。
俺だってこんなことは言いたくないけど、言うしかない。
国の最高権力者(候補)から婚約破棄されたお嬢様は、この国の全ての貴族男性と、事実上結婚不可能になった。
理由は当然、誰だって皇家を敵に回したくないから。
訳アリの変態貴族とか五十歳歳上の男の後家さんとかならいけるかもしれないが、そこにお嬢様の幸せは無い。
であるならば、俺は、心を鬼にして背中を押すしかないのだ。
「あんな逆ハーレム作って喜んでるアバズr……じゃなかった聖女サマなんてすぐに底が見えて見捨てられます。だからその隙をついて殿下にアプローチするんです。ファイトですよお嬢様」
「ヤ」
「ヤじゃありません。ほら、終わったら大好きなチョコクッキーを焼いて差し上げますから」
「むむ……」
なんて話をしているうちに、向こうさんがこちらに気づいた。
なんと、クソ聖女サマがこちらに笑顔で近寄ってくる。
「ロイド様!」
……これである。
俺はファーストネームを名乗ったことすらないし呼ぶのを許したこともない。
第一、格上のお嬢様に挨拶もせず俺に話しかけるなんて言語道断だし、今は皇太子妃候補だろうに馴れ馴れしく他の男に話しかけるなんて以ての外だ。
たった一言で俺の気分は最低になったが、クソ聖女様は止まらない。
「学園にいらっしゃっていたのですね! 今はみなさんと秋薔薇を鑑賞していたところなんです。ロイド様もご一緒にいかがですか?」
どんな頭をしていたらこんな発言が飛び出すのか理解不能だが、この女の意味不明さは今に始まったことでは無い。
初対面で名前呼びされ、有りもしない「ロイド様の悲しい過去」の話をされ、勝手に同情されたのは記憶に新しい。
完全に頭がアレな女なのかと思ったが、その後、普通に皇太子に取り入って成功していたのだから人とは分からないものだ。
「光栄ですが、護衛の任務がありますので」
「あら、そんなことをする必要はないですわ。ここには帝国一の剣士クレイ様に、最年少皇室魔道士ディアス様に、宰相閣下の令息であるアーロン様もいらっしゃいますもの。危険なんてありはしませんよ」
命より大切にしているお嬢様の護衛という仕事を「そんなこと」呼ばわりされて瞬間的に斬り伏せそうになったが気合いで止める。連座はだめだ連座は。
しかし、そんな逡巡をなにと勘違いしたのやら、クソ聖女が俺の服の袖をくいくいと引っ張った。
嫌悪感で飛び上がりそうになったが、その前にたおやかな白い手がクソ聖女の手をパシンと払う。
「わたくしの護衛に触れないで」
「……あら、メルティーナさま」
二人の女が睨み合う。
俺はと言うと、嫌悪感もどこへやら、「わたくしの護衛」発言に緩みそうになる顔を真顔にするのに必死だった。
「……失礼しました、いらしていたのですね。メルティーナ様もご一緒にいかがですか?」
「せっかくのお申し出ですが、秋薔薇の香りも楽しめそうにありませんので辞退いたします」
「あら、どうしてそんなことを」
「だってユリア様、強めの香水をつけていらっしゃるでしょう。お花の鑑賞会に香水はタブーですわ」
お嬢様がそう言うと、クソ聖女サマがムッとした顔をした。
そこへ殿下がノシノシとやってくる。
「またユリアを虐めているのか。婚約破棄したというのにまだ懲りないか!?」
「……レオン殿下、御機嫌よう」
「ご機嫌は良くないな。貴様の姿を見て花を愛でる気持ちも失せてしまった」
止まれ、俺の右腕、剣を抜こうとするんじゃない。連座連座連座。連座回避。
「それは失礼いたしました。では、これで」
「……まぁ待てメルティーナ。話す時間くらいはくれてやってもいい」
「……はい?」
俺もお嬢様も耳を疑った。
バカ殿下はなおも嬉しそうに語る。
「ユリアの教育係、あるいは皇太子妃任務の代行が欲しいと思っていたところなのだ。ほら、ユリアはか弱いし、役目もある」
「役目……とは? 今は聖女がおらずとも神官達が各地の浄化任務を全うできているはずですが」
「お前は新婚のユリアにキリキリ働けと言うのか?」
「は……」
「嫉妬か?見苦しい……。 私と愛し合うことに決まっているだろう。子供も産ませねばならないしな」
連座はだめだ連座はだめだ連座はだめだ。
逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ。お嬢様を抱えて今すぐ逃げたいけどそれもダメだ。
「ユリアと私が国の繁栄のために力を尽くしている間、どうしても仕事の代行者が要る。貴様は皇太子妃教育を受けてきたからその点申し分ない。せっかくの力を腐らせるのは貴様も嫌だろう?」
「……」
お嬢様は黙って微笑んでいる。
それをいい事に、バカ殿下はさらに声高らかに喋りだした。
「権力の鬼のようなお前だ、側室としてでも皇室に入ることが出来れば満足だろう? ……あぁ、私はユリアを愛しているから貴様を愛することは無いが、頭を下げるのなら抱いてやってもいい。どうだ、誰もが得をする名案であろう」
お嬢様は、美しく、穏やかに微笑んでいる。
「それに、だ。実は困ったことがあってな。あそこに見える剣士と魔道士は有能なのだが、ユリアに気があるのだ。愛しいユリアにあいつらの手が伸びては困る。……ので、あいつらが気に入るようなら、皇太子妃代行が終わったあとでお前を下賜しようと思うのだ。お前も顔だけは美しいし、そんな女が家にいれば欲も多少は収まろう。お前にとってもいい話のはずだ。お飾りの妻のままで死ぬのは寂しかろうからな。……ああ、彼らにも婚約者はいるから妾なのは変わらないだろうが、そこは許せ」
お嬢様の美しい微笑みの上に、一筋の赤い鮮血が飛び散った。
「……ありゃ、汚れちまいましたね。すみません、お拭きします」
剣を鞘に収めながら、俺は苦笑した。お嬢様に血飛沫を浴びせてしまうとは俺も未熟者だ。
目の前で倒れていく皇太子と悲鳴をあげる聖女に背を向けながら、お嬢様の顔を袖で優しく拭う。
そうしてから、その白い手を取って、手の甲に口付けした。
「すみません。俺と一緒に死んでください」
そういうや否や、お嬢様が俺に抱きついた。
抱きついたってか飛びついた。
「言うのが遅いわ」
「え」
「早く連れ去って。どこでもいいから」
考えるより先に足が動いていた。お嬢様を抱っこして走り出す。
後ろで野郎共がごちゃごちゃ騒いでいる声が聞こえたが、国一番の剣士殿は稽古ばかりで実戦経験が少ないらしくオタオタしているし、新進気鋭の魔道士殿は突然の流血沙汰に集中力を無くして呪文を唱えられずにいるようだ。
宰相閣下の息子殿は血を見て貧血で倒れていたし、彼らの護衛は護衛が仕事だから動けない。
皇太子や学園の警備兵は聖女が邪魔がって遠ざけていたのか離れたところにいたので、到底こちらに追いつきそうには無い。
お嬢様を抱えたまま塀を越えて扉に体当するように開けて廊下をひた走る。
腕の中の小さな体温をぎゅっと抱き締めた。
「恨みますか」
「ここで落としたら恨むかも」
「それはないから大丈夫です」
「なら許してあげる。ずっと、ずっと、落としてはダメよ」
結論から言うと俺たちは助かった。
皇太子は死んでいなかった上、なんと、悪魔が憑いていたらしい。
それが俺の愛の一撃で撃退された。そうして「欲望に忠実になる呪い」から解放されたのだそうだ。
聖女は「あとちょっとで私がババーンと助ける予定だったのに!」と地団駄を踏んだそうだが、その発言が大きな物議を醸した。
知っていたならなんで放置したんだよ、である。
こうして私利私欲のために能力を使い惜しみするどころか皇族をコントロールしようとしたことを周囲に知られた聖女は、その歪んだ思想の矯正のために修道院の奥深くに隔離されることになった。
そして皇太子は、「呪いで増幅されていたとはいえ、女性の尊厳をわざと破壊することに快感を覚える」タイプであることが判明して社会的に死んだ。
これはあの時オタオタしていた剣士殿と魔道士殿が結託して皇太子を失脚させようとした成果である。皇太子の人を人とも思わない発言を全部公表したそうだ。
足を引っ張りあっちゃってまぁ。
ともかく、そんなカオスな状況だ。俺たちの追跡は後回しになったらしい。
なにより、冷たいように思われたお嬢様の父が動いた。
それまでは「娘は真っ当な扱いを受けていたが醜い嫉妬で破滅した」と思い込んでいたから冷たかったのであって、「何も悪いことをしていないのに公の場で侮辱の限りを尽くされ人権すら剥奪されるところだった」と知り、重い腰を上げた。
そうして、今。
お嬢様は──また、俺のマントの中にいた。
でも今度は、向かい合っている。
「あーまた俺のマントの中に入ってきて……」
「だめ?」
「ダメです。可愛すぎて仕事になりません」
皇太子妃候補として威厳を演出する必要がなくなったお嬢様はさらにさらに甘えん坊になった。
どのくらい甘えん坊かというと、砂糖菓子を集めて煮詰めてかわいくデコレーションしてラッピングしたみたいなくらい、可愛い。……じゃなかった甘えん坊だ。
隣国へ向かう船の上で、迫り来る冬を思わせる風からお嬢様を守りつつ、俺は囁いた。
「多少の援助は貰えましたが、異国での暮らしは厳しいものになるかもしれませんよ」
「ええ」
「本当にご実家に残らなくてよかったのですか」
「落っことしていったら恨むと言ったでしょう」
「生活が安定するまではお菓子も作って差し上げられない」
「安定したら作ってくれるのね」
「そりゃ勿論、お嬢様は俺が作ったのが好きでしょう」
「そういうところよ本当……」
「?」
やれやれと言うようにため息をつかれた。なぜだろう。
そう思って見下ろすと、目が合った。
お嬢様が、微笑んでいる。
それはあの血飛沫を浴びた時のような冷たい微笑みではなく、甘くほころぶ、小さな花のような笑顔だったものだから。
俺は堪らなくなって、「くそ」なんて悪態をついて、愛しいお嬢様を抱きしめたのだった。