第三話・奥戸優人
三人の主人公の一人、熱血担当・奥戸優人の視点で描いたストーリーです。
「私、なんてことを……。優人、私どうすれば……」
「今はとにかく細田さんを探すんだ」
今日、細田さんが学校を欠席した。
理由は先ほど幼馴染のアスカから聞いた、彼女は俺に姿を見られたくなくて学校を休んだのだと言う。細田さんの家に言っても彼女はいなかった。
まさに行方不明。
細田さんの母親は「何かあったの?」と聞いてきたが俺は「ちょっと貸していたものがあったもので」とだけ言って誤魔化した。
流石に親御さんに心配をかける訳にはいかない。と言うよりも能力が世間に露見するのはマズい。
俺こと奥戸優人はシンプルにそう思って、自らの足で細田さんを探すためアスカと一緒に街中を走り回った。だけど彼女はどこにもいない。
彼女の友達から細田さんの行きそうな場所を聞いたけど、その悉くで空振りしてしまった。
どこだ?
俺は息を切らしながら走っていると、その隣でアスカが不安そうな顔を覗かせながら俺に話しかけてきた。
「ねえ、もう警察に任せない? 能力のことを伏せておけばただの家出じゃん」
「ダメだ、彼女は心の傷を負っているから」
「……自殺するかもってこと?」
「それはないな」
「どうして言い切れるの?」
「細田さんは自信と言うかプライドの塊みたいな人だろ? そんな人が自殺なんてしないよ、寧ろ抗うんじゃないかな?」
「自力でどうにかするってこと? だけど私の能力は……」
そう、アスカの能力は一見して大したことがないように見えて実は恐ろしいのだ。それは継続力、彼女の能力はとにかく効果が長く続く。例え彼女が気絶しても効果は消えない。
そして効果は絶大。
つまり悪い言い方をするならば一種の呪いとでも言い換えることが出来る。
そしてその継続力はアスカ自身も介入できない。
彼女は己のやらかしたことを悔いて涙を流しながら俺にボソボソと口を開いた。
「ねえ、……細田さんはどうやって抗うつもりなのかな?」
「闇雲に探しても埒があかないか、……能力に対抗できるものと言えば……あ!! あった!! 能力に抗えるものが、たった一つだけ!!」
「あ!!」
どうやらアスカも俺と同じものを思い付いたらしい。
俺たちはすぐさま立ち止って、頭に思い描いた場所に向かって全速力で再び走り出すのだった。
…………
「細田さん!!」
俺とアスカは街の外れにある隕石の落下箇所に到着するなり叫んでいた。人影が見えて、それを細田さんだと確信したからだ。
彼女の美しい黒髪を見間違う人間はいない。
細田さんはそれほどまでに人の視線を集める外見をしている。ポツンと隕石の前で佇む彼女に俺たちは走り寄っていった。
すると細田さんは瞬時に俺を拒んできた。
「来ないで!!」
「細田さん、ここで何をしようって言うんだ!?」
「私は優人くんが好き、愛してる」
「それはこの前、聞いたよ」
「でも私はそれ以上に自分が好きなの。だから私の姿が誰かの目に醜く映ることなんて我慢ならないの。それがアナタなら尚更」
「……何をする気なんだ?」
「私は私の力で自分自身の運命を乗り越えてみせる。ただ準備されただけの運命なんて邪魔よ、道なんて塞いでないで退いてほしいわ。これは試練なの、私は試練に打ち勝って新たな力を得る」
なんてこった。
細田さんは強情だった。確かに彼女は狂っている、暴虐無人で自分のことしか考えない。だけどそれは彼女の心の強さを表すものでもあったのだ。
細田さんは俺の静止も聞かずに隕石に向かって歩き出す。隕石は落下箇所に突き刺さるように地面から顔を覗かせていた。
隕石が俺やアスカ、それに細田さんに影響していることは間違いない。
それは俺の能力に漲る力となって証明してくれる。この街にどれほどの数の能力者がいるかは定かではない。だけどその中の誰が隕石から直接力を得ようなどと考えるだろうか。
俺の能力もまだ自分自身で検証出来ずにいる。
俺たち能力者本人からしても『能力』は未知のものなのだから。まったく、細田さんは尊いね。そしてタフだ。
俺は散々に彼女を拒んだにも関わらず細田さんをすごいと、尊敬の念さえも抱き始めた。俺は降参のジェスチャーをしながら彼女に近寄っていった。
そんな俺に後ろからアスカは心配そうに話しかける。
「優人……」
「大丈夫、俺は何もされないよ」
俺の気配に気付いたのか細田さんはさらに顔を伏せて話しかけてきた。やはり彼女は俺に今の素顔を見て欲しくないらしい。
俺は今更になって細田さんを可愛いなと思い始めていた。
「……アナタに来て欲しくないんだけど?」
「好きな女の子くらい守らせてくれよ」
「え? だってアナタはこの前も…」
「気が変わった。俺は君が好きになった、だから一緒に乗り越えよう」
「何を今更……」
一瞬でも好きになると男と言うのは単純なもので、そう言ってそっぽを向く細田さんを愛しいとさえ思ってしまった。
俺はそんな彼女の態度を見て笑うのを我慢しながら口を開いていった。
「隕石に直接触れるなんて何が起こるか分からないんだよ? それでもやるの?」
「やるわ、寧ろやらずに何も起こらないことの方が我慢できない。成功した人は全員が失敗を積み重ねて勝ちを掴み取ったの。成功するまで失敗してきたの、だったら私だって成功するまで失敗してやるわ」
「タフだねー、細田さんはクレイジー・タフだ」
「変な造語作らないで」
「そうだね、……じゃあ具体的なことを話していこうか」
俺は隕石に手を伸ばす細田さんに向かって俺のプランを説明していった。
俺の計画はこうだ、俺の能力『同化』で俺自身が隕石と同化する。そして俺の体の一部を細田さんに流し込んでアスカの能力の解除を図る。
細田さんは俺の説明に「なるほど」と相槌を打ちながら納得してくれた。相変わらず俯いているところなんて最高に可愛いんだけど。
それを口にすると彼女の顔が真っ赤に染まっていくから俺は思わずニンマリとしてしまった。
そしてそんな俺の様子に後ろからチャチャが入っていくる。無論アスカだ。アスカは細田さんに罪悪感があるようで、俺の計画を手伝いたいらしい。
だがそんなアスカの罪悪感を細田さんはちり紙での捨てるかのようにどうでも良いと言う。
なんでも細田さんが言うには「アナタの能力に負けた私が悪い」のだそうだ。細田さんはどこまで行ってもプライドの塊だったようで、「負けを認めないことこそ美しくない」と言う。
この言葉には俺どころか、細田さんを恨んでいたアスカまでもが息を呑んだ。
ここに役者は揃った、俺はアスカの能力で援護を受けながら隕石に手を乗せた。アスカが俺の願いを吸い上げて、その成功率を底上げする。
俺は隕石との同化なんて考えたこともなかったから、だからアスカの能力がとても有難い。正直なところ、能力の根源である隕石と同化するなんて下手をしたら死ぬのでは? と俺は真剣に考えていた。
だけど成功しようがしまいが、結局は細田さんだって醜いままの自分を俺に見て欲しくないだろうから。だったら俺の生死なんて大したことじゃないと思う。
それでもやはり自分の命だ、惜しくない筈もない。だから俺はアスカの助力をありがたく頂戴して安心のうちに能力を発動した。
すると隕石は一瞬にして姿を消した。
どうやら俺は隕石との同化に成功したらしい。俺はクルリと振り向いて細田さんの方を向くと彼女の肩に手を乗せた。そしてジッと彼女の顔を覗き込む。
すると彼女は最後の抵抗だと言わんばかりに俺を拒絶する。
「今の私、……優人くんにどう映ってるのかしら?」
「気高くも脆い、ワスレナグサみたいな可愛い人かな?」
「優人ってキザだったの?」
「アスカって人の恋路を邪魔する無粋だったの?」
アスカは俺が細田さんの顎を持ち上げることが気に入らなかったようで、俺に嫌味を言ってくる。だけど今の俺は一刻も早く細田さんを運命から守りたくて堪らないのだ。
アスカは俺の返しに「ふん!!」とそっぽを向いてしまった。俺は困ったものだと眉を顰めながら再び細田さんの顔を覗き込む。
すると細田さんはまたしても顔を真っ赤に染め上げながら呟いた。
「ワスレナグサ、確か花言葉は……私を忘れないで、真実のあっ……んん!!」
俺は細田さんの言葉を途中で遮るように唇を重ねた。俺の体の一部、つまり唾液を彼女の体に注ぐため。
最初は彼女も驚いた様子を見せたけど、途中から諦めたのか、それとも俺を受け入れたのか。俺に身を任せてくれた。
驚いたな。
どうやら俺はビックリするほどに隕石との同化が上手くいったようで、俺の能力がこれまでにないほどに効果を発揮してくれたのだ。
細田さんとキスをしてから僅か一分ほどで彼女の体の中に残るアスカの能力の除去を俺の唾液が達成してくれた。
俺はそれを実感すると細田さんの唇から離れていった。若干だけど細田さんは名残惜しそうにしてくれたことが嬉しくて、俺はクスッと笑うとまたしてもそっぽを向かれてしまった。
そして細田さんはそっぽを向きながら俺に確認のために話しかけてきた。
「どう……かしら?」
「何が?」
「私の顔はどうかしら? 優人くんには豚とかに見えてるのかしら?」
「ああ、必死だったから全然見てなかった」
「何よ、それ……」
「でも今は可愛いよ、いつも通り可愛い。いつも以上に綺麗な細田さんだ」
「ふー、……真実の愛」
「え?」
「さっき途中で遮られたワスレナグサの花言葉、これからは優人くんは私に真実の愛をくれるのね?」
「まあ、フラれるまではそのつもりだよ」
俺たちは隕石の落下によって能力を得た。
それが契機となって俺は自分でも分かるほどに変わった。そんな風に変わった俺を細田さんは好きだと言ってくれたのだ。
能力がいつまでもあり続けるとは俺は到底思えなかった、だからそんな日が来れば彼女が俺をどう思うか。
俺はどんな男に成り下がることか。
それが想像出来なくて俺はそれ以上の言葉を口にしなかった。
そして遠くからアスカの声が聞こえる。どうやらアスカは俺と細田さんやり取りに嫌気が差して既に帰路に着こうとしていたらしい。
ここまではバスで来たからバス停まで戻ろうと言うのだろう。俺は細田さんの手を取ってアスカの跡を追うように走り出した。
まあ、とにかく先ほどの言葉通りだ。俺は細田さんに呆れられてフラれるまでは彼女を好きでいようと思う。そしてそんな日が来たら細田さんの言葉を借りて、手段なんて選ばずに邪魔する運命を蹴散らそうと思う。
クレイジー・タフ、それが俺が好きな女の子から学んだことだ。