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第一話・細田翔子

 三人の主人公の一人、クレイジー&ビューティー担当・細田翔子の視点で描いたストーリーです。

 少年の腕にナイフを落とした。



「うわあああああ!!」

「男の子なんだからこの程度のことくらいは我慢してよね」



 男の子は彼を切り刻む私を苦痛と憎悪で配合された表情で睨んでくる。ああ、いいわ。この感覚がすごくいいの。


 私は今、愛する人を独占している。


 彼の心に充満した怒りと言う感情は私を捉えて離さない。



「ねえ優人ゆうとくん。痛みなんてないでしょう? 私の能力はただ『人の体を切り刻むだけ』。血なんて一滴も出ないのよ?」

「ふざけるな!! 人を監禁しておいてよく言えたな!?」



 私は中川中学に通う14歳、名前は細田翔子ほそだ しょうこ。この目の前にいる奥戸優人おくど ゆうとくんのクラスメイト。



 私は彼に恋をした。



 どう言う訳か彼は変わった、ある日突然雰囲気が変わったのだ。


 全身を覆うオーラとでも言うべきか。それまでの彼はただ力づくで物事を解決するタイプだった。だけど突如として色々なことをよく考えながら解決の糸口を探るようになった。


 元々クラスの中心にいるような人気者だったが、とにかく彼は思慮深くそれでいてたまに何かに悩むような、そんな素振りを見せ始めた。



 少なくとも私にはそう思えた。



 ギャップ、そう言った固定概念の変化が私の心に火を付けたのだ。私はその愛おしさから、切り刻んだ彼の手足を舌なめずりしてしまった。


 ツーッとゆっくりと、それでいて私の唾液を確実に残すため、私の痕跡を彼の体に植え付けるの。



「ふー、早く言っちゃえばいいのに。私を愛してるって。そんなに逝きたいの?」

「細田さん、まさか君がこんなに狂っていただなんて……」

「違うの、私が悪いんじゃないわ。悪いのは私の尺度について来れない世間の常識、……はあはあ。あなたの手足から汗の匂いがする……」

「……部活帰りだからね」

「そう、優人くんは部活を頑張ってたわね。だからお勉強の方はイマイチ」



 私は手足を切り落とされて地面に転がる彼の上半身を恍惚とした表情で覗き込んだ。いい、もっと私を見て。



 どんなにどす黒くたっていい。



 優人くんが私だけを見てくれるなら感情なんて要らない。



「だから何だよ?」

「私が教えてあげるわ。だから、ほら、こんなブスに教わることないじゃない」

「え? あ、ああ、ああ……アスカ!!」



 優人くんが唖然とした顔で私が開いたクローゼットを凝視した。この泥棒猫は私の恋に邪魔だったの。



 鳥山とりやまアスカ、優人くんの幼馴染であり同じく私ともクラスメイトの女の子。私はこのアスカを能力で切り刻んでクローゼットに押し込んでおいたの。



 昨晩、帰宅途中の彼女を後ろから襲って手足どころか、上半身も何枚にも切り刻んで首も切り落として。大変だったわ、この女が叫び声をあげるから口をビニールテープでグルグルにしないといけなかったから。


 彼女、今日は学校を欠席扱いだった。


 だけど事実は私の家のクローゼットに一晩中いたのよ。生意気にも涙なんか流して、人の恋路を邪魔する泥棒猫の分際で、泣いてんじゃないわよ。



「ねえ、優人くん? 私、昨日寝ないでコレを作ったの。受け取ってくれる?」

「アスカ!! 生きてるのか!? アスカってば、目を開けろ!!」

「人の話聞いてる? ねえ、感想言ってよ。ほら、サイズもピッタリ」



 今日の日のために彼を想って編んだ服を私は差し出した。ふふふ、手足が両方とも無くなってるんだから普通の服じゃダメよね?


 手足のない彼を覆い尽くす、ベビースーツに似た衣服を着るように彼に迫った。



「異常だ、……君は異常だよ」

「そうかしら? 好きな人が私だけを見るために泥棒猫を排除して、好きな人と一つの空間の中で愛を育む。そんなに変かしら?」

「アスカを元に戻せ!! 俺の幼馴染をこんなにした女を誰が好きになんてなるものか!!」

「ふーん、手足を切り落とされてまだ抵抗するんだ? やっぱり優人くんも能力者だったのね、そしてアナタが変わった理由もおそらくソレ」

「その通り!! 俺の能力はコレだ!!」



 切り刻んだ筈の優人くんのパーツが見る見るうちに結合していく。ズルズルと床に転がっていた筈のパーツはまるで磁石の如くくっついていくのだ。私が舐め回したパーツさえも、私から遠のいていく。


 彼は私に切り刻まれる前の姿に戻って静かにスッと立ち上がってきた。



 そして私を睨みつけてくる。



 いいわ、とってもいい。今の彼の心には私への怒りしかない。私が彼の心を支配しているのよ。ああ、彼の心が私で満たされるように、私の心も彼への愛で満たされていく感覚を覚える。



 やっぱり彼しかいない、私が愛する男の子は彼以外いないと確信したわ。そんな運命の人を見つけて私は頬を赤らめて、思わず優人くんの目に魅入ってしまった。



「素敵ね、愛する人と同じものを背負ってるだなんて」

「ふざけるな!! アスカを元に戻せ!! やらないって言うんだったらお前を倒してでも、そうさせてもらう!!」

「そうね、能力は能力者が気絶すると効果を失う。私の能力はまさにそれ、この泥棒猫をどうしても助けたいって言うんだったら、それしかないわね」

「女の子だからと思って我慢してきたけど、アスカまで巻き込むのなら絶対に許さない!!」



 ああ、男の子が決意を胸に抱く。


 彼は凛々しい顔つきになって私を指さして怒鳴ってきた。絶対に幼馴染を助ける、そう言った決意が私に伝わってくるわ。


 とってもエクスタシーを感じるの。でも……一つだけ気に入らないわね。



「怒る理由がこの泥棒猫なのね?」

「君を殺してでもアスカを守って見せる!!」

「この女、見てご覧なさいよ? こんなにも怯えて見苦しいったらありゃしないわ」

「君がそうさせたんだろう!!」

「違うわ、この女がビビったのは私のせいじゃない。それにね、優人君は分かってないわ。この女の命だって結局は私の気分次第なのよ?」



 私は自分の手に染み込んだ優人くんの残り香を余すことなく舐めきった。そして立ち上がりながら自らの優位性を見せつけるように不敵な笑みを浮かべながら彼の瞳を覗き込んだ。



「君の能力は対象者に直に触れないと意味がない。だけど俺の能力は『触れなくていい

んだ。俺の体の一部と認識されたものならば離れていても操作が可能だ」

「優人くんの能力は『同化』……かしら?」

「そうだ。俺の体に同化した物体の能力を忠実に再現できる。まあ、他の物質とならノータイムで同化できるのに自分のパーツの方が時間がかかるなんて皮肉だよ」

「優人くんはやっぱり少しだけ頭が悪いのね? この状況でアナタに何ができるって言うの?」



 私の周囲はこうだ。

 すぐに手が届く範囲にアスカが無造作に詰め込まれたクローゼットがあって、優人くんはその私から2メートルは離れている。


 つまりいくら優人くんが離れたものを操作できると言っても、そんなアドバンテージなんて元から破綻してるの。まあ、彼の持ち物が体の一部と認識されるのならば、流石の私も危ないと思う。


 そう言ったものをアスカが所持していたとなれば話は別。


 だけど流石にそれはないわね。もし出来るなら優人くんはとっくにアスカを元に戻してる。だってアスカは意識があるんだもの。


 修復すれば逃げることだって可能な筈。



「出来るさ。俺は出来る。だからコレは忠告だ、君に対する純粋な忠告でしかない」

「あら、優人くんに出来るのは私に愛を誓うことよ。誓ってくれればこの泥棒猫を解放してあげる。この婚姻届に母印を押してくれるだけでいいの、お互いの将来のため、結婚出来る年齢まで待てないわ、今すぐ婚約するのよ」



 私は衣服のポケットから一枚の紙を取り出して優人くんに差し出した。さあ、押印しなさいと。そうすれば全てが丸く収まると。


 この泥棒猫の存在は気に入らないけど、優人くんはこの女を絶対に見捨てない。そう言う性格も私は好きなのよ。


 だから優人くんと結ばれるためにしっかりと利用させて貰うわ。


 約束したらこっちのもの、後はジックリと本格的な監禁で優人くんを私がいないと生きていけないように教育すればいい。



「君ってさ本当に人の話を聞かないよね?」

「これは命令なの。それが誰もが傷付かずに済むって言う私からの命令。それよりも早く押印してくれない? 私、そろそろ我慢出来なくなってこの泥棒猫の心臓とか肺とか、全てを切り刻んじゃうわ」

「……アスカはどうなる?」

「そうねー、流石に心臓を百頭分くらいに分解すれば血液が全身に行き届かなくなるかな? それくらい、この女が死んだって誰も悲しまないわ。クラスだって一時は悲しみに包まれても一ヶ月もすれば普段通りになる。そうでしょう?」

「話し合いの余地もないのか……」



 優人くんは悔しそうに表情を歪ませながら、私の顔を覗き込んできた。そして私に向かって手を翳す、ああ、あの手はさっきまで私のものだったのに。


 でももう直ぐよ、手足どころから彼の全てが私のものになるまで後少し。



 ドクン!!



 私が願望を思い描いた時だった。私の体の中で何かが弾け飛んだ感覚がした。すると私は口の中に違和感を覚えて口元を手で押さえた。



 そして手のひらを見て私は目を見開いて驚いてしまった。



「血? 何がどうなったの?」

「君は俺の汗を舐めたよね? その汗だって俺の一部なんだよ」

「何を……一体何をしたーーーーーーーー!?」

「俺の汗を君の心臓と同化させてポンプを逆流させたのさ。これで君は満足に動き回ることは出来ない」



 優人くんの言う通り、私は全身のどの部分も満足に動かせることが出来なかった。そしてまるでそよ風に靡く木の枝の如く前のめりになって自室の床に倒れ込んだ。


 そんな私を見向きもせずに優人くんは一目散にアスカに向かって走り出した。優人くんはそんなにあの泥棒猫が良いというの?



 お願いだから私を見てよ。



 私はアナタが、アナタじゃないとダメなの。アナタの視界に私がいないと、私自身が我慢出来ないの!!


 私はプルプルと震えながら彼に向かって手を伸ばそうとした。だけど体が言うことを聞かない。思うように動けないと言うのがここまでストレスを溜めるとは思わなかった。



 私は今、どんな表情なのだろうか?



 おそらく優人くんに見せられるような顔じゃ無い筈だ。だって私の口から歯軋りのあまり血が滴る感覚を覚えた。怒りだ、私は怒りで頭の中が一杯だった。


 この怒りは何に対してのもの?


 優人くんに対してのもの? 泥棒猫に対してのもの?


 違う、彼が私を見てくれないと言う悔しさが原因の怒りだ。私は手を伸ばすことを諦めて大声で叫んでいた。



「優人くん!! 私を見て!!」


 しまった、攻撃を受けて思わず能力を解除してしまった。


 すると既にアスカを抱きかかえて私の部屋を飛び出そうとしていた優人くんがピタリと足を止めた。そして振り向くことなく私に向かって話しかけてきた。



「今日のことはなかったことにしてやるよ。まだこの能力は世間に知られるわけにはいかないしね」

「お願いだから振り向いて!! 私の顔を見て話してよ!!」

「……君のその狂った価値観、俺には荷が重すぎる」

「優人くん!!」

「だけど目的のためなら何だってするんだって言う執念、それだけはマジでリスペクトだよ」



 そう言い残すと優人くんは部屋を飛び出して階段を駆け降りていった。そしてドアを開ける音が聞こえる。


 私の手からスルリと何かがこぼれ落ちる感覚がした。



 優人くんの気配が遠のいていくことを実感して私は部屋で一人、大粒の涙を流すことになった。

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― 新着の感想 ―
[一言] あ、病んでますね って感じでわかりやすくて面白いです。 オチまでサクッと読み切れて 次が気になってしまいました
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