婚約者になりました
「お父様、今何と…………?」
魔術学院の最終学年である六回生も中盤に差し掛かったころの休日、私はお父様からお話があると言われて執務室へ呼ばれた。この部屋に呼ばれるときは、モンタニエ家に関して重要な話があるときだけだと知っていただけに部屋に入る前から色々と覚悟してきてはいたけれど、その話をされたときには思わず身体が硬直してしばらくのあいだ動けなくなってしまった。
やっとの思いで絞り出した言葉がそれだが、聞き返したところで同じ話を二度されるのは分かっている。分かっていても理解ができない。
「……あぁ、だからだな…カロリーヌとレスタンクール家のクロヴィスとの婚約が決まった」
お父様は視線を彷徨わせ、何とも気まずそうに再びその言葉を口にする。
「…………意味がわかりません」
思ったことをつい口にしてしまった。
だって意味が分からない。なぜ、私とアイツが婚約をしなければならないのだ。
「え?あ、あぁ…えっと、それはだな…レスタンクール家とモンタニエ家の意向というか何というか……」
「レスタンクール家もモンタニエ家も、政略結婚での結びつきが必要な関係性ではないと理解しておりましたが。我が家はレスタンクール家との繋がりが必要なほど差し迫った事情がおありなのでしょうか」
この国は大きな派閥争いもないので、政略結婚と言えば領地経営に問題がある場合や血族を繋ぐためなどが主だった理由になるが、両家共にそれらの問題は特にないと思う。私の知らないところで何か問題があるのならばきちんと事情を理解したうえで、婚約を受け入れたい。
「事情か…そうだな。詳しくは話せないが、とにかく決まったことだから受け入れて欲しい。」
「……かしこまりました」
煮え切らない感じもしたが、最終的にお父様にそうきっぱりと言われてしまったのであれば、これ以上の追及は難しいだろう。お腹の奥底に鉛が沈んだような気持ちになりながら自室に戻った。
―――――なんでよ!!
なんでよりによってクロヴィスなのよ!!
ベッドにうつぶせになり、枕に顔を押し付けて叫びだしたくなるのを堪える。友人の中でも貴族の令嬢であれば学生時代に婚約を結んでいる子もいる。お父様もお母様も何もこれまで言ってこなかったから、卒業して少し仕事が慣れた頃にお相手を探せばいいと勝手に思っていた。お父様もはっきりと事情をお話してくれなかったし、いくら親しいからと言って私からレスタンクール家に事情を聞くわけにもいかない。
でもこの話を今頃アイツも聞いているはずだ。
そして、嫌いな相手と婚約するとなればアイツは絶対に反対するはず。休み明けに学院で話をしてみれば、婚約解消するために協力してもらえるかも。色々と考えを巡らせ、それが最善だとたどり着いたと同時に涙が滲む。
とりあえず今はこのやりきれない気持ちをどうにかせねば…!
「さいっっあくだわ!!!」
前々から決まっていた友人たちとのお茶会が今日でよかった。
昨日からの消化できない気持ちを開口一番ぶちまけると、友人のアネットとリディは呆気にとられた様子でこちらを見ている。私のこういった姿を見せられる数少ない友人だ。今日だけは許してほしい。
「カロリーヌ、何か大変なことでもあったの・・・?」
恐る恐ると言った様子でアネットが問いかけてくる。鬱屈とした気持ちを放出するがごとく、テーブルを叩いて立ち上がる。さすが我が家のオーダーメイド家具だ。思った以上に頑丈で両手がジンジンとする。
「最悪も最悪!!人生で最低の出来事よ!!信じられない!!こんなことなら、さっさと決めておけばよかったわ!!」
口に出したら最後。突然婚約者が決まり、その相手がアイツだということ。アイツに寄ってくるご令嬢なんてたくさんいるはずなのに、よりにもよって私になってしまったこと。なんでどうしてと言った気持ちをこれでもかとばかりに二人にぶつけてしまった。
二人とも、普段の私とアイツの関係を知っているだけに軽々しくおめでとうとは言わない。実際おめでたくもないし。後ろに控えている侍女たちが引くくらい、ひと通り吐き出したところで少し自分の頭も冷静になってきた。一息つくために席に座り直し、新しく入れてもらったお茶を口に流し込む。こんなに大きな声を出したのは久しぶりなので、喉が渇いてしまった。やっぱり我が家のお茶は美味しい…なんて考えていたところに、ポンコツでお馴染みのリディが爆弾を落としてきた。
彼女は魔術の知識は天才的なのに、アルフレッドがあれだけ好意をダダ漏れにしているにもかかわらず気づかないほどのポンコツだ。いい意味では他人の悪意とか好意に影響されない真っすぐな女の子なのだが、つまりは鈍感だ。そのリディが突然、何かに気づいたように言った。
「カロリーヌは、もしかして好きな人が・・・・・・?」
「えっ・・・・・・・・!!?」
私の好きな人に気づいたと言うの?ぽんこつリディが??うそでしょ、うそでしょ!?
アイツと会っても喧嘩しかしていなかったのだから誰にも気づかれていないはずよ!
でもアネットを見ると、しまったというような顔をしている。
「わ・・・・わわわわたくしが・・・!あんなヤツのことを好きなわけないわ!そ・・・そもそも、アイツが私のことを大嫌いで、会うたびに馬鹿にしたり貶したりしてくるのよ!!いくらわたくしが可愛げがない態度をとってしまうからといって他の女の子には優しくしているのに、わ・・・わたくしには意地悪ばかりで・・・・だ、だから・・・・・」
いきなり核心をついた言葉に驚いて必死で取り繕うけれど、いつもの冷静さを取り戻すことができなかった。当のリディは私の言葉にキョトンとした顔をしているが、アネットは俯いて申し訳なさそうにしている。
結局、私が取り乱してしまったことでお茶会の空気がまとまらなくなってしまい、アネットが気をつかって場をおさめてくれた。帰り際にアネットはこっそりと「リディは何もわかってないわよ」と教えてくれたが、アネットにはわかっていたということよね。貴族の令嬢として感情を表に出さないようにしていたけれど、自分の不甲斐なさに、さらに落ち込んでしまった。
完結済みの作品【ポンコツ魔力ですが、特許を取って世界を幸せにしたいです。】もよろしくお願いします。このお話に出てくるリディとアルフレッドが主人公のお話です。