魔術薬師になります
早いもので魔術学院での生活も最終学年となった。日々の鍛錬や努力の甲斐あって魔力も成長とともに増えた。三回生からは一番上のクラスになったし(ヤツと同じクラスなのは不本意だけれど、負けるのも悔しい)、私のことを悪役令嬢とのたまった従妹マリエルも近頃はだいぶおとなしい。
「最近のクロヴィス様って素敵よね」
「そうそう、アルフレッド様も素敵だけれど、私はクロヴィス様派だわ」
「わたくしはこの前、髪型を褒めていただいたの!」
学院の廊下を歩いていると、楽しげな女子生徒の声が耳に入ってくる。そうなのだ。このところアイツは女子生徒からの人気がやたら上がってきている。今までは女子が近づいたり話しかけたりしてもめんどくさそうにしていたのに、ある時からやたら愛想を振りまくようになった。
それなのに私に対しては、相も変わらず感じが悪い。どうして自分にだけと苛立つ反面、結局あの時から私は嫌われているのだと思い知らされそのたびに心が悲鳴をあげる。両手を胸の前でギュッと握り、その場を足早に去る。
「カロリーヌはもう進路を決めたのかい?」
向かいに座るのは、この国の第二王子であるジェラルド様。今日はお休みということで、久しぶりにモンタニエ家に遊びに来ている。セシルは生徒会の仕事で忙しいらしく来られないらしい。新作のお茶菓子を用意していたけれど残念だ。
「まだ少し迷っています。魔力も上がったので魔術医になるつもりだったのですが、治癒関係の魔術があまり得意ではなくて…」
ミレイユ様に憧れて魔術医を目指そうかと思っていたのだが、実技では魔術医になれる基準に達していないと先生からも言われてしまった。学力は問題がないとしても、魔術医として実技ができないのは致命的だ。将来的に、暗殺や毒殺をされたとしても魔術医ならばある程度は回避できると思っていたのに。
「カロリーヌは薬草などにも詳しかったよね?」
「はい。レスタンクール家のミレイユ様に小さい頃から教えていただいたり、最近では毒殺される可能性も考えて自分でも勉強したりしています」
「ううん?ずいぶん物騒なことを言っているけど、君が薬草や治癒魔術関係の知識が高いという話は僕も耳にしていてね」
「ありがとうございます」
いつもラウ兄様が騎士団の遠征をする際に、自分の作った回復薬をお守り代わりに渡している。帰ってきたときに、助かったといつも言ってくれているけれど効果のほどはよく分からない。身内びいきということもある。自分の勉強にもなるしお兄様の役に少しでも立てればと思ってやっていることだが、そのことがジェラルド様の耳にも入ったのだろう。
「実はね、来年から魔術薬師となる人材の募集と育成をすることになってね」
「魔術薬師…ですか?」
あまり聞きなれない言葉だが魔術医ではなく魔術薬師という言葉から考えるに、自分のやりたいこととさほど遠くないような気がする。
「うん。魔術医とは違って医療行為は行わないのだけれど、その補佐的な役割になるかな。医療に必要な治療薬や回復薬に魔術も組み込むことによって少ない材料でも多くの薬を作ることができる。民間で個人的に行っているところもあるけれど、そのレベルはまちまちだ。実際怪しげな魔術薬を作っているところもあるしね。だから国民に安定した医療を提供するために、来年から魔術薬師を育成してゆくゆくは国家資格にする予定なんだよ」
ただ、魔術が使える学生たちはほとんどが魔術師や魔術医などを目指して学院に入っているため、魔術薬師という耳慣れない職業に消極的な生徒ばかりだそうだ。確かにカロリーヌも初めて知ったが、ジェラルド様の話を聞く限りでは今の自分にぴったりだ。
「……考えてみます。前向きに」
そう言うと、ジェラルド様は満足そうに微笑んだ。
相変わらず王族としての気品漂う姿だが、こうして気軽に相談できるというのは本当にありがたい。少し時間を貰うことにしたけれど、私の気持ちはほぼ固まっている。あとは家族のみんなにその気持ちを伝えるだけだ。
憧れのミレイユ様と同じ魔術医にはなれないれど仕方がない。魔術薬師なら毒物の知識だけでなく研究にも携われそうだから、むしろ良かったと思おう。
また来ると言って王家の馬車に乗り込んだジェラルド様を見送り、さっそくルド兄様に話そうと邸に戻った。
「いいと思うよ」
ルド兄様は私の話を聞いて考えるでもなくそう言った。カロリーヌはもう決めてるんでしょ、と言われその通りだと頷いた。でも魔術師の研究機関に所属しているルド兄様の意見が気になった私は、どうしても最初に相談したかったのだ。
「僕も魔術薬師の話は耳にしていたけれど、カロリーヌが魔術医を目指していることは知っていたからね。最初は魔術医の補佐的な役割とは言っても今後はもっと広く求められる人材になるだろうから、その先駆けとして学びながら仕事をするのは、カロリーヌにとってやりがいがあると思うよ」
ルド兄様に相談してよかった。どうしても魔術医になれないという気持ちが拭えない部分もあったけれど、魔術薬師としてきちんと身をたてていこうという決意を後押ししてくれる言葉がもらえたことが何よりも嬉しい。
あとはお父様とお母様、ラウ兄様とミレイユ様にもお時間をいただいてお話をしよう。ミレイユ様も私が魔術医を目指していることを知って色々とアドバイスをくださった。なるべくヤツのいない隙を狙ってレスタンクール家にお邪魔しては相談に乗っていただいたり、セドリックを愛でたりしていたけれど、勉強と仕事を両立しながら魔術薬師を目指すとなればヤツの家に行くこともなくなるだろう。
寂しいと思うのはミレイユ様とセドリックに会えなくなるからだと自分に言い聞かせ、心の奥がきしむのは気づかないふりをした。