サバイバル令嬢になります
「いいかカロリーヌ!山で遭難したら、まず自分の位置を確認するんだ。そのためには方位の分かる魔道具は常に装備しておけ。そして太陽の位置からだいたいの時間がわかる。」
「はい、お兄様!」
「ちょっとちょっと、今日オレ遊びに行くって聞いてたんだけど!?」
カロリーヌとラウルそして第二王子のジェラルドの三人で、本日さっそくサバイバル訓練が行われている。ジェラルドだけは詳細が聞かされておらず困惑しているが、他の二人はやる気満々だ。
「ジェラルド様、本日はお付き合いいただきありがとうございます。」
無駄に優雅な一礼をするが、山中で簡素なワンピースを着て片手に魔道具、片手にナイフを持っている侯爵令嬢など、この国…いや周辺諸国を探しても彼女しかいないだろう。
「えっ!?これなに?なにやってんの?」
動揺しすぎて言葉遣いも崩れる。
「サバイバル訓練にございます」
「何のために!?」
「わたくしの未来のためでございます」
そう言いながらナイフで木を細かく削り出す侯爵令嬢。やけに手慣れているのは、事前にラウルと家で練習したかららしい。サバイバルならもっと装備品を持つべきではないかと言ったら、いつどんな場所で山に捨てられるか分からないからと返された。侯爵令嬢が山に捨てられることなんてないだろ、と思ったが彼女の真剣な表情に何も言えなくなった。
「オマエ最近、山行って何やってんの?」
「………………チッ」
「オマエなぁ…貴族のご令嬢なんだから舌打ちすんなよ」
「うるさいわね、話しかけないでくれる」
ここ最近、見かけることが減ってホッとしていたのに話しかけられてしまった。油断した。サバイバルでは敵の気配をいち早く察知せねばならないのに。
山に行っていることは知られているらしい。おそらくルド兄様から聞いたのだろう。学院の先輩にあたるルド兄様に、コイツは近頃やたらと話しかけている。今まではラウ兄様と一緒のことが多かったのに。
「また変なこと考えてんじゃないだろーな」
「変なことって何よ!アンタに関係ないでしょ!」
はっとして手で口を押さえる。しまった、ここは学院だった。ついコイツを前にすると口調が荒くなってしまう。最近仲の良い平民のアネットという女の子には少しバレつつあるが、他の生徒達には気づかれていない。気を付けなければ。
「……ジェラルド様も一緒みたいじゃないか」
「そうよ」
「…………」
なによ、急に黙り込んじゃって。わたくしはわたくしがこれから幸せに生きるために必要なことを学んでいるの。アンタには関係ないじゃない。そんな面白くなさそうな顔したって知らないわ。
「クロヴィス、ここにいたのか」
そこに現れたのはクロヴィスの友人であるアルフレッド。彼もカロリーヌやクロヴィスと同じ侯爵家の次男で三人は小さい頃からの幼馴染みだ。
「アル、こんにちは」
「カロリーヌ久しぶりだね、元気だった?」
「あぁ、おかげさまで。モンタニエ家のお茶会にも呼ばれないから僕もクロヴィスも寂しく思っているよ」
「ごめんなさい、ちょっと色々忙しくて。少し落ち着いたらご招待するわね」
「ありがとう、楽しみにしてるよ」
彼の後ろで相変わらず面白くなさそうな顔をしているアイツだが、そんなに来たくないのならアイツはお茶会には招待しないことにしよう。その方がお互いのためだ。そう思いながら彼らと別れた。
今日も今日とてサバイバル生活になった時のための訓練をする。学院から帰って宿題をやった後は、腕立て百回、腹筋百回。これを日課にしてから、ずいぶんと体力がついてきた。週末にラウ兄様とサバイバル訓練をしていても、身体がそんなに辛くなくなってきた。いい傾向だ。この調子なら、誘拐されてそこら辺にポイされても生きていける。
コンコン。
部屋の扉がノックされた。首にかけていたタオルで汗をぬぐい、腹筋をやめて立ち上がる。
「はい、どうぞ」
「カロリーヌ、ちょっといいかな」
「ルド兄様。どうしたの?」
ルド兄様が部屋を訪れるなんて珍しい。侍女にお茶の用意を頼んでお兄様をソファに案内する。お兄様は自分と同じシルバーブロンドの髪をしていて、よくしゃべるラウ兄様と比べるととても口数が少ない。眼鏡をしていることもあって表情が読み取りにくく冷たい印象を与えがちだが、とても優しく情に厚い人だ。
「カロリーヌは、最近ラウ兄様と山で何をしているの?」
「サバイバル訓練ですわ」
「……ん?サバ…??」
根っからの魔術オタクな兄はサバイバルという言葉に馴染みがなかったようだ。騎士団で行われる野営のようなものだと説明したら理解してもらえた。
「そのサバ?…イバル訓練にはジェラルド様も来ているそうじゃないか」
「はい。お忙しいので二度目以降はお断りしようとしたのですが、一緒に学びたいという事でご一緒いただいております」
「そうなんだね。実はクロヴィスがとても心配をしているようでね」
そういって困ったように笑うルド兄様。しかしクロヴィスが何を心配するというのだ。このまえ話しかけられたときにジェラルド様のことを気にしていたから、私が何か迷惑をかけるとでも思っているのだろうか。
「彼に心配されることなどございませんわ。ジェラルド様にもご迷惑をおかけすることのないよう、事前に家で訓練や練習をおこなっています。そもそもクロヴィスには関係のないことですので、心配されるいわれはありません」
「…うーん。そういうことじゃないんだけど、カロリーヌはどうしてそこまでクロヴィスを嫌うのかな」
「嫌っているのはあちらです!わたくしは嫌われている人間にかかわれるほど、まだ大人ではありませんので」
ぷいっと顔を横にそむけて、これ以上クロヴィスの話はしたくないと態度で表す。向かいに座るお兄様が困ったように頬を指で掻くが、これだけは譲れない。小さい頃はあんなに仲が良かったのに、と呟くルド兄様の声は聞こえなかったふりをする。
だってそうだろう。幼い恋心を踏みにじった張本人に、どうして自分の心配をされなければならないのか。大きなお世話でしかない。それに自分の想いは絶対に叶うことはないのだ。どんなに長く想い続けても絶対に結ばれない悪役令嬢と同じように―――。