悪役令嬢になりたくない
カロリーヌは王立ブライトン魔術学院に入学してからずっと不機嫌だった。
一応、表向きには貴族のご令嬢らしく振舞っていたが、家族には当然気づかれていたしモンタニエ家の執事や侍女たちに気を遣わせてしまっていることも分かってはいた。
だが納得できない!あれだけ頑張って入学試験に挑んだというのに、魔力がまだ少ないとはいえヤツがAクラスで自分がその下のBクラスだなんて!学校ですれ違うたびにニヤニヤと面白そうにこちらをアイツが見てくるので、そのたびに悔しい思いで睨みつけるのだが、実力がない自分が悪いのだ。いつか絶対に追い抜いてやる。
学院の授業が終わり、家に帰ると門に王家の紋章が入った馬車が停まっていた。遊びに来ているのだろうかと思いながら家に入ると、美しい金髪をふわふわと揺らしながら駆け寄ってくる少女。
「カロリーヌお姉さま!」
「あらセシル。お久しぶりね!」
「えぇ、最近お姉さまに会えなくてさみしかったです。今日はお兄様も来てますよ。」
にこにこと可愛らしい笑顔を向けてくる彼女は、この国の第二王女セシルだ。後ろから優雅に歩いてくる姿は第二王子のジェラルド様。二人とも王族でありながら、こうしてモンタニエ家に遊びに来てくれるのは、父がこの国の宰相を務めているからだ。幼い頃から父について王宮に遊びに行くこともあり、セシルやジェラルド様と一緒に遊んでいたのだ。
「やぁ、カロリーヌ。久しぶりだね」
「お久しぶりです、ジェラルド様。もう遠征から戻られたのですね」
「あぁ、僕は兄に呼ばれて少し早めに遠征から戻ってきたんだ。ラウルも間もなく帰ってくると思うよ。彼に話があって来たんだが、セシルがどうしても一緒に行きたいとついてきてしまったんだ」
ジェラルド様はラウルと同い年で、同じ士官学校に通っている。二人は小さなころから騎士団に入ることを夢見て、王宮で剣の稽古をしているところをカロリーヌはよく見ていた。……だけでなく、お転婆令嬢の彼女は自分もやりたい!と一緒になって木の棒を振り回していた。
「そうなのですね。わたくしも久しぶりにセシルに会えて嬉しいですわ」
申し訳なさそうにこちらを見るセシルに向かって微笑みかける。そうすると、花が開いたように笑うセシルは本当に可愛らしい。柔らかいほっぺたを、ついぷにぷにとつついてしまった。
「お姉さま、おいしいお菓子を持ってきたの。一緒に食べましょう!」
「ありがとう、では少し着替えてくるから待っていてね」
そう言ってカロリーヌは魔術学院の制服から簡単なワンピースに着替えて二人の元に行く。二人のおかげで、今日も学院ですれ違ってしまったアイツの嫌な顔を少しの間忘れることができそうだ。
「今日はお姉さまにプレゼントも持ってきたの!」
「まぁ!何かしら?」
何かを企むような表情をしているが、それすらも可愛くてしかたがない。わざと少し大袈裟にリアクションをすると、とても嬉しそうにする姿を保存しておきたい。あぁ可愛い。そして彼女が差し出してきたのはいくつかの本だった。
「これは小説かしら?」
「はい!これは今、市井で流行っている恋愛小説なんです!」
両手を組んで目を輝かせながら話す彼女だが、まさかこんなところでお目にかかるとは思わなかった。従妹に言われていた“悪役令嬢”という言葉が頭をかすめる。
ここ最近ヤツのことですっかり忘れていたが、私はどうやら恋愛小説に出てくる悪役令嬢に似ているらしいから、もしかしたら目の前の可愛らしい王女様にもそう思われているのではないだろうか。そんな不安が一瞬よぎるが、セシルはカロリーヌをとにかく慕ってくれている。それだけは間違いないと思っているから、その手で本を受け取った。
「ありがとう、セシル。後で読んでみるわね」
そう言ってテーブルに本を置いたのだが、セシルは置いた本の一番上を手に取りパラパラとめくり始めた。思ったより挿絵が多いみたいだ。
「一番のおススメはこの本なんですけれど、平民である主人公が一国の王子様と結ばれるお話なのです!その中でも王子様の婚約者である悪役令嬢が何度も二人の邪魔をするのですが、最後には苦難も身分差も乗り越えていくストーリーがとても読みごたえがあって…」
そう言って本を開きながらうっとりと天井を見上げるセシル。
出た、“悪役令嬢”。予想通りやっぱり嫌われ者じゃないか。というか、八歳の王女が読むにしてはかなり過激な内容だが大丈夫なのだろうか?しかも平民と王族が結婚なんて、王家の人間が読んでいいのか?そもそもそれ子供向けじゃなくない?色んな疑問が浮かぶが、セシルは構わず続ける。
「特にわたくしこの悪役令嬢が大好きで…!婚約者である王子様に嫌われているのがわかっているのに、何度も愛し合う二人の邪魔をするんですの。そして最終的には王子様から婚約破棄をされてしまうんです。他のお話にもこういった悪役令嬢は出てくるのですが、時には誘拐をされてそこら辺にポイっと捨てられたり、毒を飲まされて死んじゃったりするんですが、とにかく最期までめげずに戦う姿が素敵なんです!」
まさかの悪役令嬢推しだった。八歳にしてかなりトガった感性を持っている彼女を横にしてジェラルド様も動じることなく、寧ろそれを微笑ましく見ている。つまりセシルがこれらを読んでいることは把握済みで、王家も容認しているということか。あぁ、我が国は平和だ。
しかし色々と聞き捨てならない言葉が出てきた。悪役令嬢は婚約破棄、誘拐、毒殺などあらゆる手段で追いつめられる立場だということだ。
――――その夜、カロリーヌはセシルからもらった恋愛小説を読み漁った。そしてそのほとんどが予定調和な展開として悪役令嬢が断罪される。されなかったとしても、彼女はすべての話で長く想い続けた人とは結ばれないのだ。
他人事とは思えなかった。好きな人に突き放された時の気持ちが痛いほど分かるからだ。そして私が悪役令嬢と言われたときに笑っていたアイツ。きっと私の未来がこうなるだろうと思って笑ったのだろう。
目からあふれそうになる涙を堪え、袖で拭う。そして右手の拳を握った。
(私は悪役令嬢には絶対にならないわ!!)
そう決意したカロリーヌは握った拳を天に突き上げた。
そしてその翌日、カロリーヌは研修から帰ってきた上の兄ラウルをつかまえて頼み込んだ。
「ラウ兄様!わたくしにサバイバル術を伝授してくださいませ!」