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婚約解消いたしましょう




ミラベル様は見当たらないが、一人で何の用だろうか。



「やぁ、クロヴィス。君も今回来てくれたんだってね、ありがとう」


「いえ、こちらこそよろしくお願いします。ところで僕の婚約者にそういったことをするのはやめていただけますか」


「…あれ、そうだっけ?」



ジェラルド様がにっこり笑ってそういうと、眉間の皺がさらに深くなった。第二王子を相手にそんな顔をしていたら不敬ではないかと思う。



「……はい、一応」



どうやら今のところはまだ婚約者だったようだ。



「最近は別の女性が婚約者になるという噂がこんな辺境の地まで伝わってきていたから、もう二人は婚約者同士ではないのかと思っていたよ」


私の内心を読み取ったかのようにジェラルド様はそう言葉にする。



「それは……」



この前から、この煮え切らない態度は何なんだとイライラして地団駄を踏みたくなる。



「ジェラルド、魔術医と魔術薬師は着いたか?」



向かい合った美形男子二人の空間を割るようにして、背が高くて体格の良い男の姿が現れた。

森のクマさんみたいだわ、なんて呑気なことを考えてしまったことを申し訳なく思ったのはジェラルド様が彼を騎士団長と呼んだからである。

ジェラルド様が私たちを紹介すると、軽く頭を下げて言った。



「こんなところまで呼び立てて悪いな。状況はそこまで酷くはないんだが、君たちに来てもらえたことに感謝する」






それから騎士団長の案内で現場に着くと、少し開けた野営地のテントには何人もの負傷者がいた。想像していたよりも悪い状況ではなかったけれど、着いて早々に持ってきた薬に魔術を流し込んだり、傷の手当てをしたりと忙しくなった。


気になっていたラウ兄様もテントで休んでいると聞いていたけれど、見に行ったら座ったままトレーニングをしていた。相変わらずだわ。





「ご安心くださいませ!わたくしたち魔術医が来たからには必ずよくなりますから!」



男くさい騎士団の中に、ひときわ響く高い声。そしてざわめく騎士たち。さすが王女様とでも言うべきか。

それまで大した傷を負っていなかったにもかかわらず士気が下がっていた者たちも、白衣を着たお色気満載の女性を前にしたらそりゃそうなるわね…と心の中でため息をつきながら、自分は汗で顔にまとわりつく髪も泥も気にせず作業を続ける。


えぇ、魔術薬師は医療行為ができませんからね。大した役にはたってませんよ、と少し腐りながらも自分の与えられた仕事はきっちりこなす。



想定していたよりも捗ったので今日と明日の仕事を終えれば王都に帰って大丈夫だと言われた。魔術師団からの連絡によると、魔物も現れる気配は今のところないので安心していいそうだ。



「きゃあぁ!恐ろしいですわ!!」



山間部だから声が反響するのよねと思いながら、騎士が捕まえてきてくれた獣を片っ端からナイフで捌き始めた。血が髪に付いたけれど気にしない。

チラリと声の主を見ると、遠くで自分の婚約者(らしい人)の腕に絡みついてこちらを見ている。

恐ろしいなら見なければ良いのに。っていうか魔術医なら解剖学とか学んでるはずではないかしら。人間と獣は違うのかしら。



「カロリーヌちゃん、オレたちやるよ?そんなこと女の子がやらなくていいよ!」


「大丈夫ですわ。ラウ兄様に教わって慣れていますし、皆様には力を蓄えていただかないと」


「あぁ、ラウルの妹ちゃんか!」


「いつもオレに似てなくて可愛い、美人だって言ってるけど本当だなぁ!」



いつの間にか騎士の方たちが周りに集まってきていた。

怪我をしていない方たちに少しお手伝いをしてもらいながら今夜の夕食の鍋を作り終えたので、髪に付いて固まってしまった血を落とすために川へ向かうことにする。



温かい季節とはいえ山の水は冷たい。布を濡らしてちょっとずつ髪についた汚れを落としていたら、また例の婚約者(と思われる人)がやって来た。



「……何か御用かしら」



しゃがんでいる私を相変わらず不機嫌な顔をしたヤツが見下ろしてくる。



「…………なんで来たんだよ」


「わたくしが来たら何か問題でも?」


「他にいなかったのかよ?」


「わたくしが望んできたのです。あなたたちにとっては邪魔だったようで申し訳ありませんが」


「……ジェラルド様がいたからか?」



なぜここでジェラルド様の名前が出てくるのか分からないが、確かにジェラルド様とラウ兄様の状況を知りたいと思ったのもここに来た理由のひとつだ。



「そうですわね」


「……なんだよ。やっぱりオレじゃダメなのかよ」



声が小さくて何を言っているのか聞こえないが、そもそも私が来て都合が悪いのはそちらではないのか。王女様と婚約するであろうことも一度も彼の口から聞いていない。“一応”婚約者らしい私に何も言わないのは不誠実極まりない。



「だいたい!こんな山の中の魔物が出てくるかも知れない場所に、なんで女のオマエが来るんだよ!」


「はぁ!?それを言ったらそちらの王女様だって同じでしょ!」


「あ、あれは仕方なく…!と、とにかく男ばっかりの場所にオマエが来たところで何になるんだよ!」



そう言われた瞬間、頭を打ちぬかれた気分になった。

いくら嫌われているからと言っても、彼は私の仕事を否定することだけはしないと思っていた。本当は彼や彼のお母様と同じ魔術医になりたかった。でも自分の力ではなれなかった。


それでも必死で魔術薬師としてできることをやってきたのに、それをここで否定されるほどに嫌われているとは思わなかった。



やっぱり悪役令嬢って幸せにはなれない役回りなのかしら。

それでも自分の侯爵令嬢の矜持として婚約破棄だけは回避しよう。


すっと立ちあがり、彼を正面に見据える。およそ侯爵令嬢らしからぬ服装だし、髪も顔もまだ汚れたままだ。それでも私は私のために戦ってきた。








「そんなにわたくしのことが嫌いならば、婚約は解消いたしましょう。」


「…………は?」


「家同士のこととはいえ、嫌いな人間との結婚なんて苦痛でしかないでしょう。お父様にはわたくしからお話しておきます。」


「……………」





最後の最後まで口喧嘩で彼との関係は終わってしまったけれど後悔はない。

さすがにこれ以上は何も言えなくなったのか、立ち尽くす彼を置いて私はその場をあとにした。





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