サバイバル令嬢になります(再)
翌日から体調が少し回復した私は仕事に戻り、無事に魔物討伐の為の薬が準備を完了することができた。その間、彼に会うこともなかったし婚約破棄の知らせが来ることもなかった。家族の様子からしてもレスタンクール家からの話は来てないのだろう。
それでも医療棟に足を運ぶと、嫌でも耳に入ってくる彼とミラベル様という名の第三王女の噂。ここまで広がっているのにもかかわらず何も言ってこないヤツはいったい何を考えているのだろう。魔術医が忙しいことは承知の上だが、お互いの人生にかかわることをズルズルと長引かせている現状に段々と苛立ちを感じるようになってきた。
そんな時、討伐に出た騎士団が現地で思った以上に負傷しているとの報告があり、派遣要請が出された。所長に集められた私たちは会議室に集まり、詳しい話を聞く。
「本来なら私たちが現地に赴くことはないのだが、魔物の巣窟が発見できないせいで特に騎士団での負傷者が想定よりも出ているらしい」
「魔術師団のみんなも巣窟の特定に全力を尽くしているらしいのだけど、思ったよりも時間がかかっているみたい」
所長に続き、レイラさんが言う。
話を聞いた途端にラウ兄様とジェラルド殿下のことが頭をよぎる。二人は今回の討伐で現地に行っているはずだ。幸い死者は出ていないと所長から話があったが、それでも怪我を負っていないかと心配になる。
「それで、現地に魔術医と魔術薬師を派遣してほしいとの依頼があってね。誰か一人でいいそうなのだが魔物が発生する可能性が高いし、国境沿いの山の中になるから非常に厳しい環境になる…」
誰を現地に派遣するか決めかねていることは分かった。所長とレイラさんは魔術医棟の責任者としてここに残って管理監督する必要があるし、イヴァンさんは主に研究をしているので今回の討伐に向けての準備も補佐的な役割だった。
そうなると私かエマのどちらかになるが二人とも女性だということもあり、所長もその後に続く言葉を飲み込んでしまった。
「わたくしに行かせていただけますか」
迷うことはなかった。
自分の目でラウ兄様やジェラルド殿下の状況を知ることができるし、何よりサバイバル訓練で鍛えた実績がある。そんじょそこらのへなちょこ男子よりはよっぽど野営にも慣れている。
「…大丈夫か?」
「はい、行かせてください」
「でも……」
エマが強張った表情で私を見る。
「大丈夫よ。むしろお兄様たちがどうなっているか知りたいから、行かせて欲しいの」
エマには身体の弱い小さな弟がいたはずだ。そして父親は亡くなり三人で暮らしているため、エマと交代で弟の世話をしているのだ。そんな時に辺境地へ向かわせるわけにはいかない。
今日の長時間にわたる会議のことを考えれば、所長やレイラさんが行かなくても済むように取り計らおうとしてくれたことは想像できる。それでも無理だったのだろう。
不安がないわけではない。正直言って怖い。魔物に出会ってしまったら、自分は戦えるだけの力はないだろう。けれど大切な人たちを含めた多くの人が戦っているのであれば私も一緒に戦う。
覚悟を決めた私は一週間後に討伐の地へ向かうための準備に入った。
――――――― 神様はどうしてこうも悪役令嬢に試練を与え続けるのかしら。
魔術医は先行して現地に入っているという話は聞いていた。それが何もこの二人じゃなくても…と思わずにはいられない。
「なんでここに来てんだよ…」
現地に着いて顔を見るなりヤツに言われた言葉。
それはこっちのセリフだわ!と思ったが何とか飲み込んで「お疲れ様です」とクロヴィスとその横に立つミラベル様に礼をし、今後の指示をもらうために騎士団長の元へ足を運ぶため二人の横を通り抜けた。
あぁ最悪だ。気持ちを切り替えてここに来たというのに、早くも心が折れそうになる。
「カロリーヌ!」
そのとき、この場に似つかわしくない朗らかな声が届いた。
振り返るとそこに居たのは第二王子のジェラルド様だ。
「ジェラルド様!」
「カロリーヌが来てくれるって聞いて、お迎えに来たよ」
「ありがとうございます。ジェラルド様、お怪我などは…?」
「あぁ、僕はかすり傷程度で済んでるよ。ラウルがちょっと腕を痛めて休んでるんだ」
「ラウ兄様が……!?」
酷い怪我なのだろうかと背筋が冷たくなるが、ジェラルド様が「少し傷が深いだけで今日だけ休めと言われてるんだ」と教えてくれたので、すぐに平常心に戻ることができた。
ジェラルド様に騎士団長の所まで案内してもらう道すがら、現状を教えてもらう。巣窟はなかなか見つからないが、攻撃力がそこまで強い魔獣は発生していないとのこと。ただ、思ったよりも時間がかかっているために少しずつ体力が削られて疲労が蓄積しているのと士気が下がりつつあることが懸念されているようだ。
「魔術薬師として頑張ってるみたいだね」
「覚えることが多いですし慣れるまで時間がかかってしまいますが、何とか。それよりも、この道を進めてくださったジェラルド様には感謝しています」
彼からの提案がなければ、魔術薬師としての今の私はいない。魔術医にはなれなかったが、職場のみんなもいい人たちばかりだし、仕事は大変なことも多いがやりがいがある。この道に進んで良かったと、今は胸を張って言える。
「それに、さらに綺麗になってて驚いた」
そう言ってジェラルド様は後ろに一つで高く結んでいた私の髪を取ると、さらさらとその指に滑らせた。
「へっ…!?」
急に髪を触られたものだから、思わず変な声が漏れ出た。いつも優しく穏やかなジェラルド様だけれど、こんな女性を翻弄するような仕草をすることは今までなかった。ましてや幼い頃からのお付き合いの中で、適切な距離を保っていたはずなのに急にどうしたのだろうか。こういったことに耐性のない私は、思わず身を反らせてしまった。
「ジェラルド様」
草を踏む音とともに低い声が響いた。振り返ると眉間に皺を寄せて、不機嫌な顔をしたクロヴィスが立っていた。




